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契約書作成の基礎(4)債権回収、知的財産権について
1. はじめに
今回は、債権回収および知的財産の2点に関連する条項を中心に説明してまいります。
企業は、売掛金があっても安心せず、債権回収のために、最善を尽くさなければ、資金繰りに問題が生じ、経営破綻しかねません。
また、知的財産は、他社が保有する特許権を侵害するケースなどの場合、巨額の損害賠償義務を負うこともある重要なテーマです。
以下、具体的に説明してまいります。
2. 債権回収
(1)所有権
例えば、民法によると動産の売買契約を締結した場合、特定物の場合には契約成立時、不特定物の場合には目的物が特定した時期に、所有権が移転するものとされています(民法176条、最判昭和33年6月20日民集12巻10号1585頁、最判昭和35年6月24日民集14巻8号1528頁)。
しかし、売主からすれば、買主が代金滞納をしている状況では、買主が第三者に転売をすることにより、目的物の引き揚げをすることができなくなってしまいます。
そのため、売主は、契約上、代金完済がなされるまでの期間、目的物の所有権は、売主に留保されるようにしておくべきです[1]。
また、売主は、買主に代金滞納がある場合には、目的物を引き揚げて、換価し、売買代金に充当することができる内容の条項を盛り込んでおくべきでしょう。
もっとも、当該条項を盛り込んだとしても、買主が引き揚げを拒絶したにもかかわらず、売主が自己の所有物だからと無断で目的物の引き揚げをしたとなれば、建造物侵入罪(刑法130条)や窃盗罪(刑法235条)[2]等の犯罪に該当する可能性があります。
そのため、引き揚げをする際には、引き揚げに同意するという趣旨の同意書を買主に記載していただくことが大切でしょう。
たとえば、動産の売買契約のケースではありませんが、製品の製造委託をした相手先企業に金型やその他製造に必要な支給品や貸与品を交付していた場合に、委託先企業の財務状況が悪化しているとの情報下、ついに近々破産申立てを行う旨の情報を得たときに、これらの物は自社の所有物だからと大型トラック数台で乗り付けて勝手に持ち帰ると、上記のように建造物侵入罪や窃盗罪が成立します。
このような場合に備えて、製造委託先の財務状況の把握の外、購買ないし資材部門は日頃から仕入れ先の工場長との良好な信頼関係を築き、保つことが重要です。
そうすれば、上記のように工場に乗り込む際、事前に工場長に連絡して現場で同意書に署名してもらうこともできます。
(2)相殺
売掛金が発生した場合、債権が回収できないリスクに備えて、相殺ができるような条項を盛り込んでおくことは非常に重要です。
相殺は、民法によれば、債権者、債務者いずれの保有する債権も弁済期にあることが必要となります(民法505条)。
そうなると、債権者は、保有する債権が弁済期になければ、債務者の信用力に問題があっても、相殺をすることができず、他の債権者から先に債権回収をされるリスクを負います。
そこで、契約書では、債権者は、債権が弁済期でなくとも、債権者の債権と相手方に対する債務とを対当額で相殺することができるという条項を入れておくべきです。
企業対企業の物の売買取引における買主(売買代金支払の債務者)と売主(債権者)との間で、逆に買主が売主に対して反対債権を持つ可能性は、実はあまり高くありません。
しかし、売主が買主の親会社、子会社、兄弟会社などのグループ会社から物を買っており、そのグループ会社に対して代金支払債務を負っている場合は偶にあります。
その場合、これらグループ会社とも交渉の上、三角相殺条項を入れることも双方のグループ会社との取引状況を調査して検討すべきです。
このような三角相殺はグループ企業のリスクマネジメントにおいて広く利用されています[3]。
(3)不安の抗弁権
債務者(買主)の信用に不安を生じさせるような情報を得た場合、債権者(売主)は、目的物を出荷してもよいものか悩むことがあります。
債権者は、個別契約の解除はインパクトが強いため、解除をしなくとも納品をしなくてもよいという対応ができるのであれば、そのような対応をすべきです。
売主(債権者)は、買主(債務者)が締日と支払日との日数を増やすなど支払条件の変更を要請してきた場合、その理由を確認・調査して経営悪化の原因を把握します。
大切な顧客であれば対応を一緒に協議します。他方、債権回収リスクが高くリスクの最小化が必要と判断する場合、取引自体は継続するときは、手形の支払期日を短くしたり、手形取引を現金取引(振込)に切り替えたりします。
基本契約書の中の個別契約成立に関する条項が、買主の発注だけでは個別契約は成立せず、一定期間内の売主の異議のないことや請書などによる承認が必要な条項である場合にはこのような対応が可能です。
その他、ファクタリングや預金担保なども検討・実行します。
しかし、これ以上債権回収リスクを取れないが基本契約や個別契約を解除するまでもないという場合、納品停止の決断をしなければなりません。
そこで、債権者は、解除条項の外に、債務者の信用力に不安が生じると判断したときは、債務者から担保の提供がなければ、納品を拒むことができるといった内容の条項を契約書に盛り込むことを検討すべきでしょう。
不安の抗弁権は法律上規定がなく判例が認める要件は不明確ですから、契約書で明確に規定しておく必要があります。
3. 知的財産
(1)共同開発等により発生した知的財産権
共同開発や製造委託などでは、双方当事者がアイディアを出しながら、製品等の開発をするため、開発に際して、発明、考案、意匠、著作物などが生まれることがあります。
また、知的財産関係の法令により保護には値しないが、今後のビジネスにおいて役に立つノウハウが形成されることもあるでしょう。
以下では、知的財産権とそれ以外のノウハウ等とを合わせて、「知的財産」と表現いたします。
共同開発契約や製造委託契約の一方の当事会社の従業員のアイディアにより発明、考案、意匠、著作物が創造されたと判断ができればよいですが、双方の企業の従業員がアイディアを出し合って製品等の開発がなされることもあるでしょう。
そうすると、特許を受ける権利等はどちらの当事会社に帰属させるべきかということが問題となります。
知的財産がどちらの当事者に帰属するかは、協議によってなされることが望ましいと言えます。
ただし、開発委託契約の委託会社が受託会社の従業員または受託会社から特許を受ける権利を直ちに移転させる条項を入れるのと同様、共同開発契約でも開発費用を支出して金銭の負担をしている当事者は、交渉上優位に立つため、知的財産を取得するという内容の契約書にするドラフトを出してくることがあります。
ご存じのとおり、知的財産権の内容によっては、企業の価値を大きく左右することもあるため、安易に自社の知的財産権が他社に帰属するような契約書にサインすることは控えるべきです。
仮に、開発費用を負担する当事会社がなかなか譲歩しないようであれば、発明等に関与した企業は、知的財産は共有とする、または、sublicense & have made付きの永久無償のライセンスを受ける、などの契約内容に譲歩することを検討すべきでしょう[4]。
実際、共同開発契約では共有とする場合が少なくありません。
その際の持ち分比率は均等とする場合と、成果物に対する貢献度によって持ち分比率を決める場合とがあります。
条項の定め方としては、共同開発のテーマに関する成果物につき、各当事者が単独で開発した知的財産は各当事者に帰属し、共同で開発した知的財産は共有とする、と記載し、共有の場合の持ち分比率については、両当事者の合意のない限り、均等とするという場合と、両当事者の協議によって各当事者の貢献度によって持ち分比率を決めるという場合があります。
後者の場合には、予め契約書上、開発の分担を決め、詳細な役割分担や貢献度につき別途書面で決め、事情変更がある場合には更に書面にて確認するなど持ち分比率についての将来の紛争可能性を最小化しておくべきです。
ところで、以上の共同開発契約や製造委託契約の当事会社間の知的財産の帰属の問題とは別に、特許、実用新案、意匠に関して、従業員がなした職務発明等により特許を受ける権利等は、就業規則等に使用者に特許を受ける権利等を取得させることを定めたときは、使用者に帰属するものとされています[5]。
(2)第三者との知的財産権の紛争
例えば、製造委託契約に基づき製造させた場合や共同開発した知的財産を使用した製品を相手方から購入した場合にその製品が第三者の知的財産権を侵害しているケースがあり得ます。
このような場合に備えて、通常、売主や特許侵害を主張された技術を開発した当事者がその責任と負担で対応する旨の条項を入れます。
ただ、(1)で述べましたとおり、双方の当事者が知的財産の創造に関与した場合には、第三者との知的財産権の紛争は、双方の当事者が協力して対応することが望ましいと言えます。
完成品メーカーが製造委託者や買主である場合など、知的財産権の創造に関与していない当事者であっても、第三者から訴訟の提起をされる可能性があります。
いずれにせよ、第三者との間で知的財産権侵害に関する紛争が発生した場合、双方の当事者は協力して対応すべきです。
そこで、第三者から知的財産権を侵害しているとの請求等を受けた当事者が他方当事者に直ちに知らせた上で、法的紛争の解決に関し、協力するという内容の条項を契約書に盛り込んでおくべきでしょう。
実際には、原告の主張を分析して原告の知的財産権を侵害したと主張されている技術を開発した当事者が中心となって、知財専門の弁護士や弁理士を抱える法律事務所と協力して侵害論や原告特許の無効論などにつき調査・検討し訴訟対応します。
なお、第三者との紛争により知的財産権の創造に関与していない当事者に損害が発生した場合、他方当事者に対して、債務不履行に基づき損害賠償請求ができる旨の条項も入れるべきでしょう。
(3)著作権
ソフトウェア開発等により、著作物の創作がなされることがあります。
その際、ベンダーではなく、ユーザーが金銭を支払うことから、著作権は、ユーザーに移転するという契約にすることが多いです。
気を付けないといけない点は、以下の2点です。
①汎用的に利用する著作物
ベンダーが汎用的に利用するプログラムを用いて、ユーザー用のソフトウェアをカスタマイズしていくケースがあります。
このようなケースにおいては、ベンダーは、今後のビジネスにおいても、汎用的に利用するプログラムの利用が不可欠となります。
そのため、創作された著作物の全てをユーザーに移転するような内容の契約書になっている場合には、当該契約書は、ベンダーが汎用的に利用する著作物の著作権はベンダーに留保される内容に修正されなければなりません。
一方、ユーザーとしては、上記のように修正がなされた場合、ベンダーに留保された著作物について、ユーザーの必要な範囲で利用できるといった内容を盛り込まなければなりません。
②著作者人格権
著作者人格権は、一身専属的な権利であることから、他者に移転させることができません(著作権法59条)。
ユーザーからすれば、ベンダーから著作者人格権を主張されると支障があるため、ベンダーが著作者人格権を行使しないといった内容は、契約書に盛り込まれるべきです。
具体的には、乙は本成果物について、甲及び甲が指定する第三者に対して著作者人格権を行使しない、というような条項になります。
このように通常「甲の指定した第三者」を入れ、これにより甲自らまたは他のベンダーに依頼して自由に著作物の修正ができるようになります。
4. まとめ
今回は、債権回収、知的財産をメインにご説明してまいりました。
知的財産権については、法務担当者や知的財産の担当者がいない企業は、理解が不十分な点があるかもしれません。
そのため、安易に、相手方当事者から提示された契約書にサインすることなく、弁護士などに相談することが大切です。
[1] 契約書に所有権留保の定めがあったとしても、そのことを知らずに買った第三者が即時取得(民法192条)するリスクがあります。代金の支払完了までの間、第三者の即時取得を防止するために、目的物に売主の所有物にラベルを貼るなどの対応が考えられます。
[2] 窃盗罪とは他人の物を盗む犯罪ですが、他人の物とは他人が法律上所有する物ではなく、他人が物理的に持っている、つまり、占有している物を言います。
[3] 但し、デリバティブ取引の標準契約書であるInternational Swaps and Derivatives Association、 Inc. のISDAマスター契約基づく「倒産企業」に対する三角相相殺の主張について、一審および二審の判断を覆し認めなかった最高裁平成26年(受)第865号平成28年7月8第二小法廷判決を参照。
[4] もっとも、知的財産権等が共有状態となれば、第三者に実施許諾させる場合、ロイヤリティーの支払い等の問題も発生し、その都度、共有している企業と協議、合意が必要となります。ある企業が営業努力をした末に、第三者から実施料を取得することができるようになったとしても、他方当事会社にロイヤリティーを支払うとなれば、企業は営業努力の割に得られる利益が少額となってしまいます。そのため、発明等に関与した企業は、可能な限り、単独で知的財産権等を取得できるよう努力すべきです。
[5] 契約書の問題とは別に使用者と従業員との間で、「相当の金銭その他の経済上の利益」(特許法35条第4項)の問題があります。平成27年改正の特許法の内容をふまえた上で、使用者は、就業規則等で手続、制度を詳細に設定し、従業員と十分な協議をした上で、「相当の金銭その他の経済上の利益」を決めることが必要です。
※この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています