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不妊治療と仕事の両立のために企業が考えるべき4つのこと
不妊治療と仕事の両立は、とても大変なことです。
しかし、企業としては、この両立をどのように実現させてあげたら良いか、不妊治療と仕事との狭間で悩む方も多いのではないでしょうか。
そこで今回は、
- 不妊治療の実態
- 不妊治療と仕事の両立のために必要なこと
- 助成制度や相談窓口
等について、ご説明したいと思います。ご参考になれば幸いです。
ワークライフバランスについて知りたい方は、以下の記事をご覧ください。[nlink url=”https://best-legal.jp/work-life-balance-19972/”]
1、不妊治療と仕事の両立を考える前に〜不妊治療の実態
はじめに、「不妊」とは、「生殖年齢の男女が妊娠を希望して、一定期間*避妊することなく通常の性交を継続しているのに妊娠しないこと(*日本産婦人科学会は、一定期間を「1年」と設定しています。)」であると一般的に設定されています。
そして、「不妊」の方々が、妊娠するための医療行為を受けることを「不妊治療」と言います。
そこで、まずは、不妊治療の流れについて解説していきます。
(1)検査と原因治療
不妊治療のスタートは検査を受けることから始まります。
不妊の原因を特定しなければ、有効な医療行為は行えませんし、そもそも医療行為が必要ではない場合もあるわけですから、検査を受けてみることはとても重要です。
男性の精管閉塞や女性の子宮や卵巣の異常、ホルモン異常等が検査によって判明すれば、治療していくことになります。
これらの治療には保険が適応されることも多々ありますから、気になる方はお近くの専門医に相談すると良いでしょう。
(2)不妊治療
①一般不妊治療
一般不妊治療には次の3つの方法があり、医師は、ケースごとの実情に応じて助言やサポートを行います。
単独または組み合わせて妊娠を試みることになります。
- 「タイミング法」:排卵日を診断して性交のタイミングを合わせるものです。
- 「排卵誘発法」 :内服薬や注射で卵巣を刺激して排卵をおこさせる方法です。
- 「人工授精」:精液を注入器で直接子宮に注入する方法です。排卵日の前後に子宮内に精子を注入する方法です。
②生殖補助医療
一般不妊治療を超えて治療する場合には、次のような方法がとられます。
費用はまちまちですが、NPO 法人Fineの調査では1回あたり30万円から50万円が多いようです。
「特定不妊治療」として国費等の助成もあります。
- 「体外受精」:卵子と精子を取り出して体の外で受精させてから子宮内に戻すものです。採卵を伴うため、女性側の身体的な負担が重いものです。
- 「顕微授精」:体外受精のうち、人工的に卵子に注射針などで精子を注入するなどして受精させるものです。
- 「凍結胚(卵)を用いた治療」:体外受精した胚(卵)を凍結しておき、タイミングをみて融解させて移植するものです。体外受精で複数の受精卵を得て凍結保存しておくことがよく行われます。これで、複数のお子さんを授かる例もあります。
③不妊治療の通院日数の目安
主だった不妊治療についての通院日数の目安は次のようになっています。
治療内容 |
月経周期ごとの通院日数の目安 |
日程調整可否 |
|
検査 |
女性 |
男性 |
|
4日~ (1回の所要時間30分~120分) |
半日~1日 |
可能 |
|
人工授精 |
2~6日 1回あたりの通院時間は数時間 (通常6回程度まで) |
0~半日 ※手術を伴う場合には1日必要 |
決められた日の通院が望ましい |
体外受精 |
4~10日:1回あたり数時間 + 2日:1回あたり半日~1日 (回数、頻度は人による) |
0~半日 ※手術を伴う場合には1日必要 |
決められた日の通院が望ましい |
出典:厚生労働省「仕事と不妊治療の両立について」サイトの「研修資料」等
(不妊治療専門相談センター相談員向けの研修資料を、広く一般の方にもお使いいただけるようにされています。「企業内の研修等でお役立てください。」と記載されています。)
2、不妊治療は仕事へどう影響するのか〜不妊治療の特性
(1)不妊治療の特性
一般不妊治療においても生殖補助治療においても、排卵の周期に合わせて通院し、卵子の成熟状況を確認しながら治療するのが基本です。
ピンポイントに「この日一日休めば」治療が終わるというわけにはいかず、何度も通院することになりますし、排卵誘発剤や排卵促進剤などの副作用などで、頭痛・吐き気・ほてり・腹痛などの症状が出ることも多いとされています。
このように、不妊治療の特性は、
- 通院が何度も必要になる
- 通院日を自分の都合で選択できない
と言われています。
不妊治療の特性から、仕事に支障が生じることが多いため、不妊治療を続けていくためには、会社や周囲の人たちの理解や支援はとても重要になってくるのです。
(2)不妊治療の4つの負担
不妊治療には、次のような4つの負担があるとされます(NPO 法人Fineの資料より)。
①身体的(からだの)負担
前述の体外受精は、女性の体に特に大きな負担がかかります。
②精神的(こころの)負担
妊娠できなかった結果を告げられるたびに精神的なプレッシャーは強まっていき、治療を継続していくうちに、焦り、悲しみ、自己否定・嫌悪の感情など、精神的な負担は多くなってしまいます。
その結果、周囲の人との人間関係にも問題がでることも多くみられます。
③経済的(お金の)負担
不妊治療は1回ごとに費用がかかり、毎月繰り返すと出費は積み重なって大きくなっていきます。
また、仕事に支障が生じた結果、残業代の減少や職種変更、転職などによって、収入が減少することもあるため、経済的な負担は治療を継続すればするほど大きくなっていきます。
④時間的(通院の)負担
仕事との両立の難しさ、職場での気苦労なども伴います。
また、年齢の増加に伴い、どうしても妊娠は困難になっていくので、時間の経過は精神的な負担にもなっていくのです。
3、不妊治療と仕事の両立のために〜会社としての支援策
不妊治療は、自然に生活している中で妊娠できないことに疑問を感じて始めることが多いため、不妊治療を開始するころは、会社での仕事に習熟し、大切な戦力になっていることが多いものです。
そのため、「不妊治療と仕事の両立」は、重要な戦力に力を発揮してもらいたい会社にとっても、妊娠を望む本人にとっても、とても大切な課題なのです。
厚生労働省の調査では、不妊治療やその予定の方のうち「仕事と両立している」という人は半分程度。
仕事を辞めた、不妊治療をやめた、両立できずに雇用形態を変えた、という人が35%程度にもなっています。
貴重な戦力が退社することを防ぐためにも、会社として支援策を整備するのは急務と考えて良いと思います。
(1)両立可能な勤務条件の整備(勤務時間・休暇・休業制度)
不妊治療の特性を充分に理解することは、不妊治療の支援となる制度を考える上で大切なポイントです。
厚生労働省の調査では、「両立している」という人でも「通院回数が多い」「どれぐらい時間がかかるか読めない。」「医師に指定された日に仕事が入って休めない。」等で両立が難しいと答える人が少なくありません。
そこで例えば、短い時間の通院に柔軟に対応できるよう、いつでも休憩や休暇を取りやすくして、通院を支援するような制度であることがポイントとなります。
それでは、通院を支援する制度の例を見てみましょう。
①年次有給休暇の時間単位の取得
年次有給休暇を時間単位で取得できると、毎月の通院が有給休暇の範囲内で行いやすくなります。
また申告時期についても柔軟である必要があります。たとえば「有休は1ヶ月前に申告する必要がある」といった縛りがあれば、現実には使えないからです。
「明日か明後日のどこかで半休か3時間程度休みたい」と言った要望に応えられる制度を会社の特性に合うように考えてみてはいかがでしょうか。
②始業終業時間の繰り上げ・繰り下げなど
たとえば、始業時間を繰り下げて朝に通院し、その分、終業時間を繰り下げれば、フルタイム勤務が可能になります(⇒以下が改定後の制度です)。
通院(半日年休) |
勤務 |
⇒
通院 |
勤務(通院時間分、終業を遅くする) |
③フレックスタイム制
通院が必要な日だけ始業または終業時間を変更し勤務時間を短くし、他の日に長く働くことで調整ができます。
勤務 |
通院(半日年休) |
⇒
フレックス勤務 |
フレックス勤務 |
通院 |
(この日は勤務時間を短くし、別の日にその分長く働く)
③テレワークの活用
病院と家が近いのならば、通院日には在宅勤務をすることで、通勤時間の負担も減らすこともできます。
(2)整備した勤務条件を利用しやすくすること
職場に不妊治療をサポートする制度があっても使えない人たちは少なくありません。
使いやすくするためには次のような配慮が必要です。
①プライバシーの保護
不妊や不妊治療は、その社員のプライバシーに属することです。
社員から会社に相談や報告があっても、うっかりと職場に知れ渡ってしまうことがないよう、会社として十分注意しなければなりません。
厚生労働省の調査でも、不妊治療について職場に伝えている人は4割以下にとどまります。
「知られたくない」「周囲に気づかいをして欲しくない」等が理由です。
②ハラスメントの防止
プレ・マタニティハラスメントとは、妊活に対するハラスメントを指す言葉です。
マタハラについては、政府の指針も受け各企業での取り組みも広がっています。
しかし、妊娠する前の段階でのハラスメントは、当事者が声を上げないため、ほとんど知られておらず、取り組みが遅れています。
NPO 法人Fineのホームページでは、次のような例が挙げられています。
- 「体外受精をする旨を伝えた際、上司に『1回で成功させろ』と言われた。
- 「治療で必要な休みの申請をしても、『それなら一ヶ月だけまとめて休んで、あとはいつもどおり働け』と言われた。」
- 「上司に『不妊治療をするなら、退職してからしてほしい』と言われてやむなく退職した」。
- 「ほとんどが女性の職場で、女性上司に理解が得られず、『不妊治療の病院通いは休みの日に行きなさい』と言われた。」
これらの発言は、発言者が不妊治療の特性を知って、理解してさえいればなされなかったかもしれません。
また、有給休暇については、そもそも労働者に時季指定権があります(労働基準法39条)。
労働者はいつ有給休暇を取得するかについて、自分で決めることができるという権利です。
会社には「時季変更権」(「事業の正常な運営を妨げる場合」ならば他の時季に休むように求める権利。労働基準法39条3項)はありますが、単に「休みを取ると他の人の仕事が増える」「いつも人手不足で休まれたらこまる」などの事情では、時季変更の理由にはなりません。
有給休暇は、可能な限り、労働者の希望どおりの時季にとらせるための努力をしてもなおやむを得ない事情がなければ、事業運営を妨げるとはいえないからです。
(3)助成制度の活用
不妊治療については、次のような助成制度があります。これも社員に知らせて活用を図るべきでしょう。
①厚生労働省「不妊に悩む方への特定治療支援事業」
特定不妊治療1回あたり15万円、初回に限り30万円を上限に助成するものです。
②東京都「東京都特定不妊治療費助成」
特定不妊治療のステージに応じて7万5千円から20万円(初回に限り30万円)を上限に助成するものです。
(4)その他不妊治療を目的とした休暇・休職制度、会社からの費用の助成を検討
厚生労働省のリーフレットでは、次のような企業の例が掲載されています。
参考にして、自社に合うものを積極的に採用していきましょう。
- 体外受精について最長1年間の休職を認める制度
- 失効した年休を不妊治療のために特別休暇として利用できる制度
- 不妊治療のための貸付金制度
4、不妊治療と仕事の両立は会社にとって有力な武器となる
不妊治療と仕事の両立について、まだまだ社会的理解は進んでいないのが現状です。
もっとも、両立支援の仕組みや社内の風土を整えておけば、社員の定着のみでなく、採用にも大きな武器になるでしょう。
他の会社との大きな差別化を図ることもできます。
求職者にとって、将来の妊娠出産を考えれば、支援策が整っている企業は魅力的に映るでしょう。
一流企業や官庁に勤める女性が、不妊治療と仕事との両立を目指して、不妊治療に理解のある中小企業に転職した、といった事例もあり、不妊治療の制度を整えることは、長い目で見れば会社の成長に資する結果にもなるのです。
まとめ
不妊治療と仕事の両立については、治療の特性を理解していただければ、会社としても職場の仲間としてもサポートが求められていることは理解いただけると思います。
しかし、具体的にどのように制度を設計し、どのように運用していくかなど、多くの問題が生じます。
また、社員や管理職が不妊治療の特性をよく知らないまま、ハラスメントをしてしまったことから、会社に対して損害賠償請求をされ、大きな不利益を受けることもあり得ます。
人事労務の問題に詳しい弁護士など専門家のアドバイスを受け、客観的な視点をもって、会社にふさわしい制度を作り、会社も社員も一緒になって運営していくことが望まれます。
【参考】
1、厚生労働省「仕事と不妊治療の両立について」サイト
先に紹介した様々な資料が掲載されています。
また「不妊治療連絡カード」も掲載されています。
不妊治療を受けている社員等が、会社に不妊治療中と伝えたり、企業独自の制度等を利用する際に使用する等、仕事と不妊治療の両立を行う社員の方をつなぐツールです。
「不妊治療患者が正しい情報に基づき、自分で納得して選択した治療を安心して受けられる」環境、また「不妊体験者が社会から孤立することなく、健全な精神を持ち続けられる」環境を整えることを目指している団体です。
イベント、講演活動、「不妊白書」等の報告書も発行されています。
※この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています