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フレックスタイム制の導入に向けて知っておくべき5項目
フレックスタイム制とは、始業・終業時間を社員が自分で決めることができる制度です。
上手に運用すれば育児・介護・病気治療と仕事の両立にも役立つため、企業としても有能な人材を揃えるためにも積極的に導入したい気持ちもあるでしょう。また、従業員の意識の向上にもつながることもいえます。
その反面、あまり導入事例を聞かないことから、フレックスタイム制の利用によるデメリットも気になるところではないでしょうか。
この記事では、
- フレックスタイム制とは
- フレックスタイム制の導入手続き
- 日本でフレックスタイム制の導入があまり進まない理由〜フレックスタイム制のデメリット
などについて、企業の人事労務部門に向けて解説していきます。
適切な導入に向けて参考にしていただければ幸いです。
1、フレックスタイム制とは何か(労働基準法第32条の3)
「働き方改革」は、働く人々がそれぞれの事情に応じて多様で柔軟な働き方を、自分で「選択」できるようにするための改革です。
労働時間については、これまで様々な柔軟化が図られてきています。
いろいろな制度があってわかりにくいと思う方もいらっしゃるかもしれません。
労働時間柔軟化の制度の全体の姿を、次のようにまとめてみました。
【法定労働時間柔軟化の制度の比較】
大分類 |
内容 |
制度名称 |
法定労働時間の枠の特則 |
法定労働時間「1日8時間・週40時間」を、一定期間の枠内で柔軟化した制度です。 期間内の法定労働時間の「合計」は変わりません。これを超えた実労働時間分の時間外手当は支払われます。 |
フレックスタイム制(個々人が始業・終業時刻を自ら決定できる) |
変形労働時間制(事業場ごとの法定労働時間を一定の期間の枠内で変形させる) |
||
法定労働時間算定の特則 |
実労働時間にかかわらず、一定時間働いたものとみなします。時間外手当もみなし時間に基づいて支払われます。 |
裁量労働制(専門業務型・企画業務型) |
事業場外労働みなし制(外回り営業等) |
(1)フレックスタイム制の趣旨
フレックスタイム制とは、社員が各日の労働時間や始業・終業時刻を自らの意思で決めることができる制度です。
3か月以内の一定期間(清算期間)の総労働時間を定めておき、その範囲内で各日の始業・終業の時刻を社員が自らの意思で決めることができます。
社員は、自分の日々の都合に合わせて、仕事の時間とプライベートの時間を自由に配分できるので、ワークライフバランスに役立つことになります。
次の図を参照してください。
(出典:厚生労働省「フレックスタイム制のわかりやすい解説&導入の手引き」以下、各種の図解は特に断りない限り、この手引きからの引用です。)
- フレキシブルタイム・・・社員がその時間帯ならいつ出社、退社してもよい時間帯
- コアタイム・・・すべての社員が勤務していなければならない時間帯(コアタイムは必ず設けなければならないものではありません)
従って、社員はコアタイム以外ならば、始業時刻を遅くしたり終業時刻を早めたりできます。
その日の都合で、始業を早める、終業を遅らせるなども自由です。
育児・介護と仕事の両立を図るとか、病気治療で通院しながら働くこともしやすくなります。
資格取得を目指して夜学に通う人とか、ちょっとした病気やケガで出社・退社時間をその日だけ変えたい、といったニーズにも応えることができます。
厚生労働省の資料では次のような図解が挙げられています。
(2)フレックスタイム制での「法定労働時間」「時間外労働」-「清算期間」単位で考える
労働基準法の定める法定労働時間は1日8時間、週40時間です。
これを超えて働く場合には労使協定(36協定)を締結し、時間外労働については割増賃金を払います。
フレックスタイム制は、この法定労働時間の枠を「柔軟化」します。
社員は始業・終業時刻を自分で自由に決めて働くことができ、一定の「清算期間」全体でみて、法定労働時間の範囲に収まればよい、として扱います。
1日8時間、週40時間という法定労働時間を超えて労働しても、ただちに時間外労働とはなりません。
逆に、たとえば、1日の標準の労働時間に達しないからといって、すぐに遅刻、早退、欠勤になるわけでもありません。
清算期間を1か月とした場合で説明します。
たとえば、4月ならば1か月の法定労働時間の総枠(総労働時間)は、171.4時間です。
この総労働時間と実際の労働時間(実労働時間)の過不足に応じて、次の図のように賃金を清算します。
(3)清算期間は3か月まで可能となった
働き方改革に伴う労働基準法改正で、2019年4月から清算期間を最長3か月とする事も可能となりました。
たとえば、8月は子供の夏休みなので勤務時間を短くしたい、その分、6月は長めに働こう、といった働き方が可能になります。
資格試験の前月は勤務時間を短くして勉強に集中しよう、といった活用の仕方も考えられます。
ただし、繁忙月にむやみに長い労働時間にすることはできません。
次のような縛りがあります。
いずれかを超えた場合には時間外労働となります。
月によって業務の繁閑差が大きいからといって、「閑散月は思い切り短時間にしておけば、繁忙月は無理に長時間労働させても時間外賃金の支払いは免れることができそうだ。」といった運用はできないことになります。
気をつけましょう。
2、フレックスタイム制導入の手続きと注意点
さて、フレックスタイム制とは何かが見えてきたところで、導入へのご興味はわいたでしょうか?
本項では、実際導入する場合どのような手続きが必要か、またフレックスタイム制導入における注意点まで解説していきます。
(1)フレックスタイム制の導入手続き
就業規則と労使協定の定めが必要です。
①就業規則に定める
就業規則で始業・終業時刻は社員が自由に決められることを明記します。
なお、既に就業規則を制定していて、新たにフレックスタイム制を導入するという場合には、
- 就業規則の変更案を作成
- 就業規則の変更について、社員の過半数を占める労働組合があるときにはその労働組合、それがないときには社員の過半数を代表する者の意見を聴取
- 所轄の労働基準監督署に、変更した就業規則の届け出
- 社員への周知
という流れが必要になります。
②労使協定で定める
労使協定で、次の内容を定めます。
なお、清算期間が1か月を超える場合には、労使協定を労働基準監督署長に届け出る必要があります。
- 対象となる社員の範囲(各人ごと、課ごと、グループごとなど様々な定め方が可能です。)
- 清算期間(3か月以内)
- 清算期間中の総労働時間(いわゆる所定労働時間です。残業時間を計算する基礎にもなります。1週間を平均して40時間以内にする必要があります)。
- 標準となる1日の労働時間(年次有給休暇を取得したときの算定の基礎となる労働時間です。清算期間における総労働時間を、期間中の所定労働日数で割った時間を基準として定めます。)
- コアタイム(任意)(社員が一日のうちで、必ず働かなければいけない時間帯です。設けなくても構いません。また、「コアタイムを設ける日、設けない日」を定めたり、日によって時間帯を変える、といったこともできます。コアタイムを設けずに、実質的に出勤日も社員が自由に決められるようにすることもできます。但し、所定休日は、予め定めておく必要があります。)
- フレキシブルタイム(任意)(社員が自分の選択で、労働時間を決定できる時間帯です。その時間中の中抜けも可能です。)
(2)フレックスタイム制の導入における注意点
フレックスタイム制の趣旨から、次のような事例は問題になります。
「始業・終業時刻を社員が自由に定めること」が、現実にできなくなってしまうからです。
【問題となり得る事例】
- コアタイムがほとんどで、フレキシブルタイムが極端に短い場合
- コアタイム(分割した場合は、最初のコアタイムの始まりの時刻と、最後のコアタイムの終了の時刻)が標準の1日の労働時間と同じようになる場合
- 始業・終業時刻の一方だけを、社員の決定にゆだねる場合
- 始業・終業時刻を社員の決定にゆだねるとしながら、「始業から必ず8時間は労働しなければならない」といった義務付けをしている場合。
3、フレックスタイム制の導入の現状と課題
(1)フレックスタイム制の導入率は決して高くない
フレックスタイム制には、前述のように柔軟な働き方をサポートするのに有力な方法と考えられています。
ところが、導入している企業は全体で4%程度、社員千人以上の大企業でも20%程度です。
しかも、その比率は最近では、むしろ低下してきています。
(出典:内閣府「男女共同参画白書平成28年版」)
(2)フレックスタイム制のデメリットを検討
フレックスタイム制のデメリット・問題点として、次のようなことがよく言われます。
- チームワーク発揮のためには、社員みんなで顔を合わせることが必要
- 働く時間帯がバラバラだと、チームの力が発揮できない。例えば、緊急時に業務の担当者がいないと対応できなくなる
- だらしない人にフレックスタイムを適用したら、出退勤がルーズになるのではないか
しかし、これらは本当に、どうしようもない問題でしょうか。
①「みんなで顔を合わせないとチームワークを発揮できない」
これは、フレックスタイム制が直接の原因ではありません。
直接の原因は、業務分担や運営方法が不明確だからでしょう。
「誰が、何を、いつまでにやるか」がはっきりしていれば、コアタイムに簡単な打合せをするだけで業務は回るものです。
さらには、テレワークでも業務を遂行できるはずです。
②「緊急時に担当の人がいなかったら困る」
これは、フレックスタイム制<従来の運用 となっている証拠です。
このように考えているようでは、フレックスタイム制を導入しなかったとても、本当の緊急事対応は期待できないでしょう。
その担当者が出張中だったら、どうするのでしょうか。天変地異が相次いでいます。急に出社できない人もいるでしょう。ご自身や家族の病気等緊急の事情で、出社できなくなることもあるでしょう。
緊急時対応の手順を定めて複数の人で共有しておくことで、代理対応が可能です。
これは、組織で業務を行う場合の基本といえます。
③だらしない人に不適切
一部のだらしない人のことだけを考えて、本当にフレックスタイムが必要な人を無視してもよい理由にはなりません。
4、フレックスタイム制を前向きに検討してみよう
フレックスタイム制のデメリットと対応を考えてきました。
デメリットと思っていることを生じさせない抜本的な方法は、フレックスタイム制を導入しないことではありません。
育児、介護、病気治療など様々な事情を抱える社員と、ともに働くことが求められています。
そのような人たちを排除し、社員間の勝ち抜き競争を煽るような時代は終わりに近づいています。
自分の時間を前向きな活動に使いたいという人も、とにかく仕事に邁進していきたい人も、共に働いていく時代なのです。
今、ダイバーシティ経営が要求されています。
むしろ、フレックスタイム制が普及してこそ、自分の会社を他の会社と差別化することもできるでしょう。
社員の定着や採用にも大きな武器になるでしょう。
組織運営・業務運営を柔軟にするためのきっかけにもなっていくでしょう。
欧米と比べて、日本の労働生産性が低いということが問題になっています。
ひょっとしたら、フレックスタイム制一つ導入できないということもその表れかもしれません。
5、フレックスタイム制でも労働時間の管理は必須!
フレックスタイム制は、社員が始業・終業時刻を自分で決められる制度ですが、「会社(使用者)が労働時間管理をしなくても良い。」ということではありません。
会社として、社員の実労働時間を把握することは、当然に必要です。
そのうえで、適切な労働時間管理や割増賃金の支払いなどを行います。
「裁量労働制」等の「みなし労働時間」と取り違えて、「労働時間管理が不要になる」と思っている方も中には見受けられますから、注意が必要です(本項の冒頭の図解を参照してください。)。
まとめ
以上はフレックスタイム制の概要を理解いただくために、ポイントだけを解説したものです。
実際の導入には、細かな技術的な問題があります。
会社にとって、社員にとって、本当にふさわしい制度なのか、よく考える必要があります。
フレックスタイム制にふさわしい人とそうでない人もいるかもしれません。
ご紹介した厚生労働省の資料にはさらに詳しいQ&Aなども作られていますが、簡単に読みこなせるものではありません。
フレックスタイム制の導入をお考えであれば、ぜひ一度、人事労務に詳しい弁護士と相談されることをお勧めします。
【参考資料】
厚生労働省「フレックスタイム制のわかりやすい解説&導入の手引き」
同 改正労働基準法に関するQ&A(2019/3掲載)
※この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています