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日本版司法取引とは|サラリーマンが会社に切られる時代に?
日本でも、平成30年6月から司法取引の制度が創設されました。
犯罪ものの洋画や海外ドラマをよく見る人であれば、「自分の罪を認める代わりに刑を軽くしてもらう」といった司法取引のシーンをみたことがあるかもしれません。
しかし、日本における司法取引は、取引の対象となる事件は、「他人の事件だけ」ですので、上記のような司法取引のイメージとはやや異なった制度になります。
最近では、自動車メーカー大手の日産自動車のカルロス・ゴーン元会長についての一連の事件で、検察と日産(役員・社員)との間に司法取引があったことで話題になったことから、関心がある方も多いことかと思います。
そこで、今回は、日本版司法取引制度について
- 制度導入の経緯と外国の司法取引との違い
- 司法取引制度の概要
- 司法取引制度の注意点
について解説していきます。
会社の業務のなかで「危ないことをしなければならないかも」と感じている人は、特に参考にしてください。
1、司法取引とは?
司法取引とは、刑事事件の被疑者・被告人が、捜査や公判手続きにおいて捜査機関に協力をする(便宜を図る)ことで、自己にかけられた嫌疑について有利な結論を得る(不起訴や求刑を軽くしてもらう)ことについて合意することをいいます。
外国では、司法取引が制度として認められている国がいくつかありましたが、日本でも、平成30年6月1日から、司法取引が制度として施行されることになりました。
(1)司法取引の2つの形態
司法取引には、
- 自己負罪型
- 捜査・公判協力型
とよばれる、2つのパターンがあります。
自己負罪型は、簡単にいえば、「自分にかけられた嫌疑を早期に認める(自分の事件を早期に終結させることに協力する)」ことで、「自己の事件」についての捜査期間・公判手続きの負担を軽減することと引き替えに、不起訴や求刑の軽減を得るという司法取引です。
捜査・公判協力型は、「他人の事件(標的事件)」についての捜査・公判に協力する(他人の事件の真相究明(有罪判決獲得)に協力する)ことを条件に、自分の事件(合意事件)について刑を軽減(不起訴・求刑の軽減)してもらうという司法取引です。
洋画や外国ドラマなどで見かけることのある司法取引のシーンの大半は、自己負罪型ですが、日本の司法取引では、自己負罪型は認められておらず、捜査・公判協力型のみとなっています。
(2)日本でも司法取引が創設された経緯
日本の司法取引において捜査・公判型しか認められていないのは、司法取引が創設された経緯(制度創設の理由)に大きく関係しています。
たとえば、アメリカの司法取引では、「司法(裁判所・検察官)が負う莫大な負担をいかに軽減するか」という政策的な理由が、司法取引という制度の大きなバックボーンとなっています。
「早期に罪を認め」てもらうことは、裁判所・検察官にとっての負担軽減として、とても大きなメリットがあるので、被疑者・被告人との交渉に応じる余地が生じるということになるわけです。
他方で、日本の司法取引は、裁判所や検察の負担というよりも、「重大事件や事実関係が複雑になりやすい組織犯罪・企業犯罪の真相解明」のために設けられた制度です。
したがって、制度趣旨にそぐわない自己負罪型は認めず、捜査・公判協力型のみが認められました。
2、日本版司法取引の内容
上で触れたこととも重複しますが、日本版の司法取引の内容について改めて確認しておきましょう。
日本版司法取引は、多くの人が映画などによってもっている実際のイメージ(自分の罪を認める代わりに刑を軽くしてもらう)とは大きく異なる(他人の事件について協力することで自分の事件で罪を軽くしてもらう)ことに注意しておく必要があります。
(1)司法取引の対象となるのはどんな犯罪?
日本版司法取引では、対象となる犯罪がかなり限定されています。
現在、日本版司法取引の適用が認められているのは、次の犯罪についてです。
- 刑法で規定されている一部の犯罪(競売妨害,詐欺恐喝,贈収賄,横領,文書偽造等)
- 組織的犯罪処罰法に規定されている一部の犯罪(組織的詐欺,マネーロンダリング等)
- 覚せい剤取締法,大麻取締法,麻薬取締役法(薬物など)
- 銃砲刀剣類所持等取締法
- 租税法違反(脱税など)
- 独占禁止法違反(談合など)
- 金融商品取引法違反(粉飾決算等など)
- 会社法違反(特別背任など)
- 破産法違反(詐欺破産など)
- 貸金業法(無登録営業等)
以上のとおり、日本版司法取引が適用される事件のほとんどは、「組織犯罪(暴力団・反社会的勢力が関係することの多い犯罪)」や、「企業犯罪」です。
(2)日本版司法取引は、「他人の刑事事件」のみが対象となる
日本版司法取引は、「捜査・公判協力型」のみが認められているので、司法取引の対象となるのは、「他人の事件(実務では「標的事件」と呼んでいます)」が対象となるということです。
誤解を恐れずに、わかりやすくいえば、「他人を売る」ことを条件に、自分の罪を軽くしてもらうという仕組みということになります。
(1)で紹介した適用犯罪と重ねて整理しなおせば、
- 組織犯罪のメンバーが、組織犯罪の全容糾明に協力することで自分の罪を軽くしてもらう
- 会社が、経営陣(従業員)の犯罪行為に関わる証拠を提出することで、会社の刑事処分を軽くしてもらう
といったことが、日本版司法取引が適用される典型的なケースということです。
(3)必ず弁護人(弁護士)が関与しなければならない
日本版司法取引は、「他人の事件の捜査・公判」という場面が取引の対象となるので、取引を持ちかけられる被疑者・被告人の地位は、自己負罪型に比べて、かなり不安定であるといえます。
たとえば、被疑者・被告人は、捜査・公判に協力しないことで、「自らが無罪となる」可能性が残されています。刑事事件では「推定無罪の原則」があるので、検察が犯罪事実を立証できない限り、刑罰を科されることはないわけです。
これを前提にすれば、検察が「標的事件について正直に全容を供述してくれたら、あなたの罪も軽くなりますよ」と利益誘導して、「被疑者自身にとって不利な証言を自白させる」ことは、「黙秘権の侵害」にあたると考えられる場合もあるでしょう。
このような被疑者・被告人の不安定な地位を保護するために、司法取引においては「刑事弁護人」を必ず介入させる(被疑者・被告人が司法取引に応じるべきか否かを正しく判断できる条件を整える)必要があります。
3、司法取引において協議・合意されるべき事項
司法取引の中身は、検察官と被疑者・被告人との「協議」と「合意」です(日本版司法取引のことを「協議・合意制度」と呼ぶこともあります)。
(1)協議の進め方
司法取引の手続きのほとんどは、「協議(交渉)」です。
司法取引における協議を行うのは「検察官と被疑者または被告人および弁護人」となっています(刑事訴訟法350条の4)。
つまり、上でも解説したように、「検察官と被疑者・被告人」のみで、司法取引(協議)が行われることはありません。
また、被疑者・被告人は、自らが希望するときには、必ず司法取引(協議)に加わることができます(検察官と弁護士のみで、司法取引を行うことは、基本的には想定されていません)。
協議の流れは、
- 捜査期間内(検察官と司法警察官)もしくは、被疑者・被告人と弁護人との間の相談
↓
- 協議の打診(検察側、被疑者・被告人側のいずれもが協議を打診できる)
↓
- 合意を得るための協議
↓
- 双方の合意
↓
- 合意内容の履行
となります。
(2)同意されなければならない事項
司法取引では、その制度の目的・本質から、同意の対象となる事柄が事前に定められることになります。
①被疑者・被告人側が同意しなければならない事項
被疑者・被告人側は、司法取引に応じたときには、以下の点について、同意をしなければならないことになります。
- 検察官,検察事務官または司法警察職員の取調べに際して真実の供述をすること。
- 証人として尋問を受ける場合において真実の供述をすること。
- 検察官,検察事務官または司法警察職員による証拠の収集に関し,証拠の提出その他の必要な協力をすること。
②検察官側が同意しなければならない事項
検察官側は、司法取引においては、次のうちのいずれかについて同意をする必要があります。
- 公訴をしないこと(不起訴処分にする)
- 公訴(起訴)を取り消すこと
- より軽い罪で起訴すること
- すでに起訴された事件については、軽い罪に変更すること
- より軽い量刑で求刑をすること
- 即決裁判手続・略式命令といった公訴よりも簡易な手続きで処理すること(実刑判決を回避できる手続きで処理すること)
③合意事項が守られないときはどうなる?
司法取引の当事者が合意事項を守らなかったときには、司法取引の前提が崩れるので、それ相応のペナルティが科されます。
検察側が合意事項を守らなかったとき(減刑しなかった、不起訴処分とせず起訴した)には、
- 裁判所が司法取引の内容に基づいて、公訴を棄却する
- 被疑者・被告人が提出した証拠を合意事件(自分の事件)や標的事件(他人の事件)での証拠として用いることができない
といった対応が執られることになります。
とはいえ、検察側が合意を反故にするということは、基本的には想定されていません。
検察側の事情で、合意内容が実行されない場合としては、
- 不起訴合意に基づき不起訴処分にしたが、検察審査会において、起訴相当、不起訴不当の議決がなされた」
- 検察審査会の再審査によって起訴相当の議決があった場合
が考えられます。
この場合には、合意が失効することになり、派生証拠(被疑者・被告人の提供した証拠)の利用が禁止されます。
他方、協力者となる被疑者・被告人が「嘘の供述をした」、「虚偽の証拠を提出した」といった場合には、「5年以下の懲役」が科されることになります。
(3)協議が成立しなかった(合意できなかった)場合はどうなる?
司法取引は、あくまでも任意の話し合いですから、「被疑者・被告人側が提供できる証拠(供述内容)が、検察官側にとって有益な証拠とはいえない」ような場合には、協議がまとまらない(合意に至らない)ということも考えられます。
合意が成立しなかった場合には、検察官は、被疑者または被告人の供述等を証拠とすることはできません(刑事訴訟法350条の5第2項)。
4、日本版司法取引が適用されたケース
ここでは、これまで日本版司法取引が適用された2つの事件について紹介します。
(1)三菱日立パワーシステムズ事件
この事件は、タイでの火力発電所建設に関係して、三菱日立パワーシステムズによる外国公務員に対する贈賄が問題となった事件です。
東京地検特捜部は、同社の元幹部3人を不正競争防止法違反(外国公務員に対する贈賄)で在宅起訴しましたが、同社については、捜査協力した見返りとして「不起訴」としたものです。
なお、起訴された3人のうち2人については、起訴内容を認めたことで有罪判決が言い渡されています(東京地裁2019年3月1日)。
(2)カルロス・ゴーン事件
昨年大きな話題となった、日産元会長のカルロス・ゴーン氏に関する一連の事件も、同氏の起訴内容を裏付ける証拠を、日産(社員)が提供することで、司法取引による合意があったケースです。
もっとも、カルロス・ゴーン氏に関する一連の事件(およびそれについての日産側の諸問題)については、公判前の段階ですから、司法取引の内容には明らかになっていないものもあるでしょう。
今後の行方が注目されます。
(3)当初の想定ケースと実際の適用事例とのギャップ
これまで司法取引が適用された2つのケースについては、「制度を作る段階で想定されていたモデルケース」とは食い違いがあることに注意しておく必要があります。
司法取引は、そもそもは、「組織犯罪の黒幕」を処罰することを目的に制定された制度です。
したがって、司法取引が適用されるケースとして当初想定されていたのは、いわゆるオレオレ詐欺のような犯罪において、捜査期間に謙虚された「末端の構成員・協力者(受け子(お金を受け取りに行く係)・出し子(お金を引き出しにいく係)」に飴をぶらさげる(減刑という恩恵を与える)ことで、「黒幕逮捕」に直結する情報を引き出すというようなケースでした。
しかし、ここまで適用された2件が、企業の経済活動について、法人への処罰を免れるために、個人(代表者・従業員)の罪を問うというケースであったことから「司法取引はトカゲのしっぽ切り」に利用されるというイメージが強くなってしまいました。
さらに同種の適用事例が増えることで、ますまずこのような風潮が強くなるおそれもあるので、司法取引の今後には注目していく必要があります。
5、司法取引に関して注意しておくべきこと~不安なことがあるときには弁護士にご相談を!
上でも触れたように、日本版司法取引については、三菱日立パワーシステムズ事件の際に「トカゲのしっぽ切り」的な報道が広く行われたこともあり、企業にお勤めの人の中には、「自分もそうなるのではないか」と不安に感じている人もいるかもしれません。
(1)「会社のためを思ってやった・・・」は通用しなくなる
近年は、特に「法令遵守」が強く求められるようになっています。
その意味では、「これまでグレーだった領域」が、徐々に「アウトの行為」となっていくことが容易に想像されます。
その意味で、司法取引が導入されたことで、「わたしは会社のためにやったのだ」というケースであって、会社全体の利益のために、会社から犯罪行為を告発される(カルロス・ゴーン事件の構図のような)ケースは、確かに増えていくかもしれません。
しかしながら、会社に属している立場としては、「拒否できない無言の圧力があった」というケースもあるかもしれません。
このような場合には、「内部通報制度」を利用することで、「違法な行為への荷担圧力」を拒否・回避することが可能です。
自分が担当する業務の流れの中で、「そんなことをしたら問題になる」と感じることがあったときには、「自分の身は自分で守る」という意味でも、できるだけ早い段階で、弁護士に相談することが望ましいといえます。
[nlink url=”https://best-legal.jp/whistleblower-19107″]
(2)日本版司法取引では減刑の基準が明確ではない
万が一、自分自身が罪に問われる状況に陥った際にも、「司法取引に応じれば、罪が軽くなる(不起訴にしてもらえるかもしれない)」と安易に考えることは危険です。
日本型司法取引には、「どの程度罪が軽減されるのか」ということについての「明確な基準」がまだ完備されていないからです。
この点は、減刑についてかなり詳細な実務基準(ガイドライン)が完備されているアメリカのケースとは大きく異なります。
つまり、司法取引に応じたが「確かに、相場の量刑よりは軽いけど、自分が思っていたよりも罪が軽くならなかった」ということもあり得るということです。
自分が被疑者・被告人となり、司法取引を持ちかけられた(持ちかけようと考える)ときには、自分の弁護人と、よく相談・協議をして、合意事件(自分の事件)について正しい見通しを立てた上で慎重に判断することが何よりも大切です。
まとめ
日本版司法取引は、他人の事件に「検察の協力者」として関与をするという仕組みである点で、「自分自身だけの問題で完結できる」アメリカなどの司法取引(自己負罪型)とは、大きく異なります。
本来は、組織犯罪の撲滅(主犯の訴追)を目的に作られた法律ですが、企業犯罪への適用が2件続いたことで、「私も会社に売られてしまうかもしれない」と不安に感じている人も多いかもしれません。
社員の業務執行については、司法取引は、「内部通報(企業の内部統制)」とセットで理解する必要があります。
つまり、「司法取引で会社に売られてしまうリスク」は、「会社の悪事を通報できる権利の保障」とセットであるということです。
今後、法令遵守がより強く求められている社会となることが予想されるなかでは、「自分の身を守れるのは自分だけ」となるのかもしれません。
危ないと感じること、問題があると感じる業務を担当しなければならないときには、万が一のことを回避するためにも、中立・公平な専門家である弁護士の助言を活用することをおすすめします。
※この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています