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取締役の競業避止義務について|知っておきたい6つを解説
「取締役の競業避止義務」という言葉は聞かれたことのある方も多いでしょう。どのような意味でしょうか?
今回は、
- 取締役の義務の中の「競業避止義務」
についてご説明します。
大切な義務ですが、意外にわかりにくく間違いを犯しやすい問題です。
この記事が、ご参考になれば幸いです。またご自身にも、会社にも、また尊敬する取締役の先輩をサポートするなど、幅広くお役に立つことを願っています。
1、取締役の競業避止義務とはなにか
(1)取締役にはなぜ高度な義務が課されるのか
取締役は、株主総会の決議によって選任されますが、その意義は、会社から経営を委任された「経営のプロ」です。会社の利益を上げるべく、その会社の業務を執行します。
もし、取締役になんら制約なく業務執行させた場合、その影響は全て会社に反映、ひいては会社の所有者である株主の利害に関係してくるわけです。
こうした取締役特有の立ち位置から、法律上、一般の労働者とは違う、特別な義務が課されています。
つまり、取締役は、法令及び定款並びに株主総会の決議を遵守し、株式会社のため忠実にその職務を行わなければならないとされ(取締役の忠実義務会社法355条)、そこから派生される義務が「競業避止義務」や「利益相反取引の規制」となるわけです。
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(2)競業避止義務の定義
取締役は、自己又は第三者のために株式会社の事業の部類に属する取引(競業取引)をしようとするときには、株主総会において、当該取引につき重要な事実を開示し、その承認を受けなければならない、とされています(会社法356条1項1号)。
取締役会が設置されている会社なら、株主総会ではなく、取締役会で重要事実を開示して承認を受け、また当該取引後、遅滞なく、当該取引についての重要な事実を取締役会に報告しなければなりません(会社法365条)。
取締役は、会社の業務執行に関して、強大な権限を有しています。企業の営業秘密をはじめとする重要な情報にも通じているでしょう。
取締役としての地位を利用すれば、会社を犠牲にして、自己又は第三者の利益を図ることができてしまうので、これを防ぐという趣旨です。
このような競業取引についての規制を「競業避止義務」と呼んでいます。
以下では、取締役会設置会社における競業避止義務を解説します。
2、取締役の競業避止義務を知る前に|何が「競業取引」に当たるのか
では、「競業取引」とはなんでしょうか。
競業取引とは、「市場と商品が会社の事業と重複してしまう取引」と考えるとわかりやすいでしょう。
もう少し詳しく言うと、会社が実際に行っている取引と目的物(商品・役務の種類)および市場(地域・流通段階等)が競合する取引をいいます。
定款に規定されている事業であっても、実際に行われていない事業の場合なら、競業避止義務に違反しないと考えられています。
(1)現実に重複する取引
「製パン会社の取締役が、その会社の販売地域で、パン屋を開業する」というのが典型的な例です。
(2)将来重複してしまう可能性がある取引
上記①の製パン会社が販売していない地域で、取締役がパン屋を開業する場合はどうなるでしょうか。
その製パン会社が、将来、当該地域への店舗展開を考えているのなら、競業取引に当たる可能性があります。
東京地裁昭和56年3月26日判決がこの例です。
(3)「取引」の意義
例えば、ある物品の製造・販売を目的とする会社であれば、その原材料を購入する取引も競業となり得ます(最高裁昭和24年6月4日判決)。
(4)その他の事例
以上の(1)から(3)は競業取引に該当すると判断された例です。
現実には、競業取引に当たるかどうか、はっきりしないものもあります。
例えば、次のような例です。
(例1)会社が工場設置予定地として購入する予定を知りながら、取締役がその土地を自分で購入すること
会社の事業遂行の維持・便益のために行われる補助的行為については、競業取引に当たらない、という考え方もありますが、取締役としての忠実義務に違反する、という可能性があります。
(例2)同業他社の取締役に就任すること
役員就任そのものは「取引」ではありませんので、形式的には「競業取引に該当しない」と言えそうです。
しかし、取締役就任時点で、当該会社の事業内容によっては、将来の競業取引が十分に予想される場合もあります。
「競業取引が現実に行われてから初めて問題になる」などと軽く考えない方が良いです。
3、取締役の競業避止義務|競業取引を行う場合の規制
競業取引を行う場合、取締役は具体的にどうすべきなのか。
法律上の規制をみていきましょう。
(1)取締役会での事前の重要事実開示と承認・事後報告
取締役が競業取引を行う場合には、前述の通り、取締役会で事前の重要事実開示と承認を得る必要があります。
重要な事実とは、取引内容のうち、会社の利益と相反する可能性のある部分です。
たとえば、取引の相手方、目的物、価格、期間等です。
取引後も、遅滞なく、重要な事実を報告する必要があります(会社法会社法365条2項)。
取引後の報告を怠ったり、虚偽の報告をすれば、罰則の対象となります(会社法976条23号)
(2)違反行為に対する制裁
取締役会の承認を得ずに競業取引を行った取締役は、会社に対して、損害賠償責任を負います。
取締役解任の正当事由にも該当することになります。
仮に、承認を得ていたとしても、取締役としての任務を怠って会社に損害を生じさせた場合は、損害賠償責任を負います。
損害賠償の損害額は、競業取引によって取締役が得た利益と推定されます(会社法423条2項)。
それ以上の損害がある場合は、その損害額が賠償の対象となり得ます。
なお、競業取引は、取締役と会社以外の第三者の取引です。
取引の当事者でない会社や株主が、当該競業取引そのものの無効を主張することはできません。
会社や株主は、取締役が行っていることに気がついた場合、当該取締役に対する損害賠償請求や違法行為差止請求、取締役解任等で対応することになります。
4、取締役を退任した場合に競業避止義務はあるのか
取締役の競業避止義務は、取締役在任中の問題なので、退任後には関係はなく競業は原則として自由と考えられます。
とはいえ、会社としては、退任取締役に自由に同種の事業を行われると、会社のノウハウや顧客などを奪われかねません。
特別な事情を考慮して、退任取締役の責任を認めた裁判例をもあります。
また、退任後の競業避止義務について、契約や誓約書の提出を求めた場合はどうなるか、ということも考えておく必要があります。
(1)特別な事情を考慮して、退任取締役の責任を認めた裁判例
- 在任中から顧客を移転し、従業員の引き抜きをしているなどの先行する行為がある場合(千葉地裁松戸支部判平20・7・16金法1863号35頁)
- 退任後に大量の従業員を引き抜く場合(東京高判平16・6・24判時1875号139頁)
などの特段の事情がある場合には、在任中の委任契約に伴う付随義務として負う競業避止義務に違反することがあるとされたものがあります。
取締役は、在任中は会社との間で委任契約関係にあるわけですから、退任したからといって何でも好き放題やってもいいということではありません。
(2)退任後の競業避止義務について契約や誓約書の提出を求めた場合
会社が、退任取締役との間で、秘密保持や競業禁止を定めた契約を締結する、あるいは、退任取締役から誓約書を差し入れてもらうことがよく行われます。
この契約・誓約書は、原則として有効です。
とはいえ、次のような諸要素を考慮したうえで、場合によっては無効になることがあります。
すなわち、この契約や誓約書が合理性を欠き、職業選択の自由(憲法22条1項)を不当に侵害するものであると判断されると、公序良俗(民法90条)に反し、無効になる と考えられています(東京地裁平成16年9月22日決定参照)。
【考慮すべき諸要素】
- 会社の正当な利益の保護を目的とすること
- 取締役の退任前の社内での地位
- 競業が禁止される業務、期間、地域の範囲
- 会社による代償措置の有無等
ここでは、考慮すべき諸要素の題目だけを並べました。
具体的な事例で、どのような結論になるかは、最終的には裁判所が判断することになりますので、このような事情があれば、絶対に大丈夫、と安易に予測することはできません。
(3)他社を退職した役員・社員等を採用する場合の注意
たとえば、高度な技術や有力な顧客を抱える他社の役員・社員を自社の役員・社員としてヘッドハンティングする場合等でも、同様の問題を考える必要があります。
競業他社から従業員や役員を雇い入れる場合には、当該役職員が、他社に対して、競業避止義務を負っていないか、を確認する必要があります。
競業避止に関する契約や合意がある場合は、まず、禁止されている範囲を確認しましょう。
同時に、前職で、具体的にどのような業務(技術分野、営業取引先)に従事していたかを採用・就任前に聴き取り、書面化しておきましょう。
特に、技術情報の場合は、自社の技術担当者も同席して、具体的に前職で開発した技術内容について聴き取ります。
このようにして、雇入れ・就任リスクをできるだけ排除するようにすべきです。
5、社外取締役にも競業避止義務があるのか
社外取締役も、通常の取締役と同じく、会社に対する義務を負います。
これを理解していないと、思いがけず、巨額の賠償責任を負う、といったことも起こりかねません。
社外取締役の義務の中でも、特に重要な義務が、競業避止義務です。
複数の会社の社外取締役を掛け持ちするよう場合、十分に注意すべきです。
競合取引が生じる場合の取締役会での事前開示・承認や事後の報告等は、通常の取締役と全く同じです。
6、取締役の競業避止義務をふまえて|社員はどのように行動すべきか
以上は取締役の競業避止義務についての説明でしたが、現在、取締役でない人でも、退職して起業するとか、別の会社の取締役に就くなどといったこともありうるでしょう。
そのような場合の注意点をいくつか挙げます。
(1)競業取引は慎重に判断する
取締役が、競業取引に該当し得る取引をしたい場合、事前に、取締役会に事実を開示して、承認を得るべきでしょう。
どのような取引が競業取引にあたるのかは、前述の通り、判断の難しいケースもあります。
取締役自身が、「これぐらいなら大丈夫だろう」と思って、黙って自己判断で取引を進めるのは避けるべきです。
前述の通り、手続を踏んでいても、現実に、会社に損害が生じた場合、損害賠償の責任を負うことがありますので、取引の実態をよく把握して、本当に取引を行うかどうか慎重に考えるべきです。
(2)「名ばかり取締役」は責任免除の理由にならない
知り合いの経営者に頼まれた、取引先から頼まれたといった理由で、ご自身、あるいは自社の社員などに、社外取締役に就任して欲しいと頼まれることもあるかと思います。
極端なケースでは、「見栄えのために、名前だけ貸してくれ」といった無責任な依頼もあるようです。
取締役に就任するということは、会社と委任契約の関係に立つことになります。
名前だけの取締役だからといって、取締役が法律上負う義務を免除されるわけではありません。
まとめ|悩んだときは弁護士に相談を
以上ご説明したのは、取締役の競業避止義務についてのごく基本的な論点です。
最近では、兼職・起業などが活発に行われています。
その分、取締役の競業避止義務の問題が出てくる可能性も大きいと思います。
疑問点があれば、速やかに弁護士に相談して、具体的な解決策のアドバイスを得るようにしてください。
この記事がそのための手がかりとして、お役に立てれば幸いです。
※この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています