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裁判例からみる残業代の支払義務のない管理職の判断要素
1.はじめに
多くの企業では、一定以上の役職のある労働者を「管理職」と扱い、管理職手当、役職手当等の手当を支払う一方で、残業代を支払わないという扱いをしていると思われます。
しかしながら、企業が管理職と扱っていても、法律上、残業代の支払い義務を負う可能性があり、裁判所や労働基準監督署によってそのように判断された場合には、企業は思いもよらない支出を余儀なくされることになります。
今回は、労働基準法上、残業代を支払う必要がなく、裁判でもよく争われます「管理監督者」について紹介します。
2.管理監督者とは
労働基準法(以下「労基法」といいます。)は、第4章において、労働時間(労基法第32条)、休日(労基法第35条)、時間外、休日及び深夜の割増賃金(労基法第37条)等についての詳細な規定を定め、原則として時間外労働の賃金を支払うという規定になっています。
管理監督者はその例外的な制度であり、「事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者」(労基法第41条第2号前半)のことをいいます。
同条柱書は、「この章、第六章及び第六章の二で定める労働時間、休憩及び休日に関する規定は、次の各号の一に該当する労働者については適用しない。」と規定しているので、上述した時間外労働の規制が適用されず、時間外労働に対して賃金を支払わなくてもよいことになります。
なお、管理監督者であっても、深夜の業務に対しては深夜の割増手当の支払いをしなければならない場合があります。
3.裁判例でみる管理監督者
(1)裁判例での判断要素
では、「事業の種類にかかわらず監督若しくは管理の地位にある者」(労基法第41条第2号前半)とはいかなる地位の者のことを指すのでしょうか。
条文の文言からは明らかではありませんが、下記のように、これまでの管理監督者性が争われた裁判例では、単に役職名が就いていたり、会社内で管理職として扱われていたりしても、管理監督者に該当しないとされているものが多々あります。
管理監督者の該当性について、その判断基準を明らかにした最高裁判所の判例はまだありませんが、これまでの裁判例では、概ね、下記の要素を考慮して判断をしています。
ア 経営方針の決定への参加ないしは、労働条件の決定その他労務管理について経営者との一体性をもっていること(経営者との一体性)
Ex.当該労働者の組織上の位置付け、人事考課への関与の程度、採用や解雇への関与の程度等
イ 自己の勤務時間に対する自由裁量を有すること(労働時間の裁量)
Ex.出社時刻や退社時刻が決められているか等
ウ その地位に相応しい処遇を受けていること(賃金等の待遇)
Ex.役員と同様または近い賃金の支払の有無等
このように、裁判例において、管理監督者の該当性は、実際の業務内容や賃金の額等、実態に即して判断されています。
そのため、一般従業員と同じ賃金体系・時間管理下におかれているような、いわゆる名ばかりの取締役、部長等は管理監督者には該当しません。
(2)管理監督者と認められた裁判例
(大阪地判平成31年4月12日)
ア 事案の概要
原告Xは、被告会社Yと労働契約を締結して就労を開始し、一旦退職した後、Yに復職しました。
復職後、Xは、Yの取締役会において執行役員に選任され、Yの執行役員に就任しました。
その後、XはYを退職し、Yに対し、労働契約に基づく賃金請求として、時間外労働、法定休日労働及び深夜労働に係る割増賃金等の支払を求めました。
イ 判旨の概要
上記裁判例は、Xが管理監督者に該当するかについて、3(1)アないしウの要素を総合的に考慮するとした上で、それぞれの要素について下記の事情を指摘し、結論として、Xの管理監督者性を認めました。
(ア)経営者との一体性
ⅰ 経営者との一体性を肯定する事情
- Xは、Yに入社する前から複数の会社経営や管理職としての経験を有していたことを前提に、Yの取締役を補佐し、管理職の立場となることを期待されて採用された。
- Xは、Yに再入社する際、「総務人事部長」の肩書の付与を約束され、実際に約束が守られ、正社員になり、かつ、給与が増額された。
- Xは、Yにおいて、代表取締役、取締役副社長に次ぐ第3の地位にあった。
- Xは、一時的に、Yにおける第3の地位に見合う株主としての地位(発行済み株式1万7200株のうち100株)を与えられていた。
- Xは、営業企画部長又は執行役員兼営業本部長として、Yにおいては業務部門と共にその両輪をなすともいうべき営業部門を統括していた。
- Xは、Y代表者らと共に週1回の経営会議に参加し、営業部門を統括する立場として、Yの経営に関する重要事項について個別具体的意見(事業計画上の売上目標の修正、従業員のインセンティブ報酬の変更及び降格人事、JRを利用した長距離便の新規事業等の提案等)を述べていた。
- Xは、コールセンターにおいて、決裁者であり、第一次的な顧客対応を行う電話オペレーターとは業務が異なっていた。
- Xは、コールセンターにおいて、単に従業員のシフトを作成するにとどまらず、タイムカードによる勤怠管理を行い、休暇承認や給与支給額の決定過程において決裁者の一員を務めていた。
- Xは、親会社の経営陣によるYの将来へ向けた事業計画に関する会議にYか ら唯一参加し、Yが関係取引先等に送付した挨拶状に取締役と共に氏名を記載されるなど、対外的にもYの経営陣の一員として行動していた。
ⅱ 経営者との一体性を否定する事情
- Xが基本的にYのコールセンター内で執務しており、タイムカードやXが業務に使用していたパソコンの電源を切ったログの記録上その執務時間が相当に長時間に及んでいたことがうかがわれる。
- Xに人事権の中核である採用及び解雇の権限は与えられていない。
- Xは取締役ではなく取締役会に出席していない。
(イ)労働時間の裁量
ⅰ 労働時間の裁量を肯定する事情
- Xは、コールセンターの他の従業員とは異なり、シフト表等により具体的な勤務時間を定められておらず、Y代表者から、執行役員なのでいつ退勤してもよいと言われたこともあった。
- Xは、Yから交付されたタイムカードに出勤時には打刻していたものの、退勤時には打刻していなかった。
- Xがコールセンターで行っていた決裁業務は、Xが不在の時には他の者に行わせることが可能であった。
- Yの執行役員の規定には、執行役員が欠勤等をする場合に、Y代表者等に連絡をして業務に支障がないよう努める旨の規定があるが、管理監督者でも執務を予定していた時間帯に急きょ不在となれば、業務上の支障がないよう努めるのは必要なので、執行役員の規定が直ちに管理監督者としての労働時間管理の裁量を否定するものではない。
- 上記の「努める」という文言は、一般の従業員が、就業規則により遅刻等について事前連絡を義務付けられ、繰り返し遅刻等をすると懲戒処分の対象となり、遅刻等が皆勤手当の不支給事由ともなることと比較すると、執行役員が厳格な労働時間管理を受けないことを基礎付ける。
ⅱ 労働時間の裁量を否定する事情
- Yの執行役員の規定によると、執行役員が欠勤等をする場合に、Y代表者等に連絡をして業務に支障がないよう努める旨の規定があり、「遅刻」や「早退」等の文言が使用されている。
(ウ)賃金等の待遇について
ⅰ 賃金等の待遇が相応であることを肯定する事情
- Xは、当初月額50万円(年額600万円)、執行役員就任後は月額60万円(年額720万円)の賃金又は報酬が支給されていた。
- Yにおいて、管理監督者ではない者として扱われている課長等の賃金(年額約400万円強)とXの賃金等と比較するとXの賃金等は相当に高額である。
- Xの執行役員就任後の賃金等は、Y代表者の報酬(年額720万円)と同額であった。
ⅱ 賃金等の待遇が相応であることを否定する事情
特になし。
(3)管理監督者と認められなかった裁判例
(東京地判平成24 年7月27日(労判1059号26頁。ロア・アドバタイジング事件))
ア 事案の概要
被告会社Yは役員らを除く「課長」職以上の地位にある従業員を「役職者」、「課長代理」以下の地位にある従業員を「非役職者」として扱い、後者の「非役職者」だけを時間外労働手当の支給対象としていました。
原告Xは、Yの企画営業部セールスプロモーション課の課長として入社し、「企画営業部」部長に昇格しましたが、その後、同部部長代理に降格され、自主退職しました。
Xは、YがXを「管理職」として扱い、時間外労働手当等を支払っていないとして、未払い賃金の支払および遅延損害金ならびに付加金を請求しました。
イ 判旨の概要
上記裁判例は、労働者が管理監督者に該当するかについて、3(1)アないしウの要素を総合的に考慮するとした上で、それぞれの要素について下記の事実を認定し、結論として、それぞれの要素に該当しないと判断しました。
(ア)経営者との一体性
ⅰ 経営者との一体性を肯定する事情
- Xが所属していた企画営業部は重要な組織単位を構成している。
- Xが上記の部の第2位の地位にあり、部長代理を含め7名の部下を有していた。
- Xが本部長の社長に代わって、営業会議、拡販会議幹部会を開催、取り仕切り、各種申請書類に対する実質的な決裁権限を有していた。
- Xが部下従業員に対する労務管理に一定の権限を有していた。
ⅱ 経営者との一体性を否定する事情
- 企画営業部のトップは形式的にも実質的にも本部長の社長である。
- Xは役員会のメンバーではない。
- Xは、企画営業部の人事、決算等の重要事項の最終決定に関与することは許されていなかった。
- 上記の当然の結果として、企画営業部の人事考課、賞与の査定、昇任・昇格について実質的に決定していたのは役員会ないしは社長であって、Xは、意見聴取ないしはその意向打診を受けるにとどまっていた。
- 勤務実態はその所定労働時間(午前9時30分から午後6時30分)の多くはX独自の手法(ソリューション型の営業活動)を用いた営業活動に費やされていた。
- Xが管理的業務を行うのは主として早朝(始業時刻前)ないしは深夜時間帯に限られていた。
(イ)労働時間の裁量
ⅰ 労働時間の裁量を肯定する事情
特になし。
ⅱ 労働時間の裁量を否定する事情
- Xは、タイムカードによる規制・管理下にあり、ほとんど毎日、午前7時から8時ころまでに出社し、午後11時すぎころ退社するという勤務を繰り返した。
- Xが通院のために始業時間に間に合わないときには、半日有給休暇制度の利用を促された。
- 直行直帰や出張にあたってもタイムカードに直接記入し、提出することが求められ、打刻忘れを放置しておくことは許されなかった。
- Yはタイムカードの打刻は専ら従業員の健康管理を目的とするものであったという主張(以下「Yの主張」という。)をしていたが、Xの時間外労働はほとんど毎月のように100時間を超えており、いわゆる過労死の認定基準を優に超えるものであった。
それにも関わらず、Yは、Xに対し、「早く帰るように」と声掛けする程度で、Xの時間外労働時間数を減少させるための具体的方策を講じていなかったばかりか、これを検討しようとした形跡すらないので、Yの主張は認められないとした。
(ウ)賃金等の待遇
ⅰ 賃金等の待遇が相応であることを肯定する事情
- Xは、企画営業部の部長時には8万円、部長代理時には5万円の役職手当および付加手当12万7000円の支給を受け、賞与も社員の中でトップの金額を支給されていた。
- 平成21年度の年収は、役員を除き最高額の支給を受けており、次順位者の年収を100万円近く上回っていた。
ⅱ 賃金等の待遇が相応であることを否定する事情
- Xは企画営業部長という枢要ポストに就いており、従業員18名中最高額の給与が支給されているのは当然である。
- 企画制作部長(役員)や企画推進室長が役職手当のほかに20万円を超える取締役手当の支給を受けていることとXの手当を比較すると同じ役職者として些か見劣りする支給状況であった。
4.上記裁判例からみる管理監督者と認められるためのポイント
(1)経営者との一体性
当該労働者が管理職として期待されて採用されていたか、その労働者の社内でのポジションが代表取締役等の役員と同等又は近いものであったか、所属していた事業部が会社にとって重要なものであったかがポイントになります。
また、当該労働者が、会社の労務管理を行い、他の従業員の勤怠を管理していたか、給与の決定権や採用、解雇の権限の有無等もポイントになります。
さらに、会社内の重要な会議への参加の有無もポイントになり、そこでの発言権や決定プロセスの関与の度合いの程度も考慮されます。
(2)労働時間の裁量
上記裁判例では、タイムカードの打刻により勤怠管理をしていましたが、管理監督者と認めた裁判例では、他の労働者と異なりシフト表がなく、しかも、退勤時はタイムカードを打刻していなかったこと等を重視し、労働時間の裁量が認められています。
一方、管理監督者と認めなかった裁判例では、タイムカードの打刻を指示しており、労働者の出退勤も一定の決まった時間であったこと等から、労働時間の裁量が認められませんでした。
このことから、労働時間の裁量を認めるには、当初からタイムカードでの打刻する必要がないことや、勤務時間は当該労働者自身で決めていい旨を説明しておくことが重要と考えられます。
(3)賃金等の待遇
管理監督者と認めた裁判例の当事者の賃金は、執行役就任後は代表取締役と同額でした。
一方、管理監督者と認めなかった裁判例の当事者は、他の労働者よりも高額の給与でしたが、それは職務が重要で部下もいることが理由であり、役員等と比べると20万円以上低額でした。
賃金等の待遇について、代表取締役と同程度にしないと管理監督者に該当しないというわけではありませんが、通常、管理監督者は会社の中でも上位のポジションであることを考慮すると、他の従業員と比べて給与が高額であることでは足りず、役員等の報酬と近似している金額であることが必要と考えられます。
5.まとめ
管理監督者と認められた裁判例における労働者の地位は執行役員ですが、執行役員であることから管理監督者と認めたわけではなく、労働者の具体的な業務内容と責任の範囲、労働時間の裁量、待遇を具体的に検討していることがご理解頂けたかと思います。
また、当該裁判例では、労働者は採用や解雇する権限を有していませんでしたが、役員との会議に出席しているなど会社の業務決定に強く関与し、他の社員と異なり決裁権限を一定程度有し、待遇も代表取締役とほとんど変わらなかったので、管理監督者と認めたといえます。
一方、管理監督者と認めなかった裁判例は、重要な会議に参加し一定の決裁権限を有していたものの、最終決定には関与できず、会社は労働者の長時間労働を是正しようとせず、待遇については従業員の中ではトップであったものの、役員等との比較では些か見劣りするものでしたので、管理監督者と認めなかったといえます。
このように、管理監督者の該当性は、個別具体的な事情を考慮して決まりますので、残業代の支払義務のない管理職での採用等を検討されている方は、管理監督者の裁判例に精通した専門家に一度ご相談することをお勧め致します。
※この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています