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差押えの基本ルール|差押えを執行するための必要事項と4つのポイント
債務者財産の「差押え」は、どのように行うのだろう。
貸付金や売掛金等の不良債権化は、事業を行う際に、不可避のリスク・トラブルのひとつといえます。取引先等からの支払いが遅れている場合には、さまざまな方法や手続きで債権の回収が行われますが、相手方の財産の差押えは、債権回収の最終手段といえるでしょう。
「差押えを執行さえすれば債権は回収できる」というイメージをもっている人も多いかもしれませんが、実際には様々な必要事項や用件が立ちはだかり、満足できる回収とはならないケースも珍しくありません。
そこで今回は、
- 差押えについて基本的なルール
- 差し押さえがうまくいかない具体例
等について、ベリーベスト法律事務所の弁護士が解説していきます。ご参考になれば幸いです。
債権回収の方法について詳しく知りたい方は、以下の記事もご覧ください。
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1、差押えとは
まずは「差押え」という手続そのものの基本から確認しておきましょう。
差押えとは、義務の履行期がすぎても履行されない状態にある債権を満足させるために、債務者の財産を売却するための前提措置として、その財産の管理処分権(自分の財産を自由に使用・売却・処分できる権限)を債務者から奪い上げる手続のことをいいます。
(1)差押えの効力
差押えは、その後に控える換価の準備作業としての意味合いを持つ手続です。そのため、差押えがなされた場合には、当該財産の所有者の所有権(自己の財産を自由に占有・処分できる権限)が制限されることになります。
たとえば、差押えされた財産についてなされた次のような行為は、当該差押えには対抗することができません。
- 売却等の所有権の移転行為
- 担保権の設定
- 用益権の設定
しかしながら、財産が差し押さえられた場合であっても、所有者によるその財産の利用までがすべて制限されるというわけでありません。
たとえば、不動産を差し押さえた場合であっても、当該不動産の買受人に引き渡す日時までは、債務者が差押え不動産で生活することを禁止することはできません。
もっとも、債務者による不動産の使用は「通常の用法」による場合に限られ、不動産の価値を減少されるような用法で利用することは認められません。
(2)差押えを行うことのできる機関
差押えは、債務者の財産権(所有権)を強制的に制限する措置といえます。
したがって、誰でも差押えをできるというわけではなく、次の2つの機関にのみその権限が与えられています。
- 裁判所(執行官)
- 公租公課の徴収権限のある行政機関
差押えを行う最も代表的な機関は、裁判所(執行官)です。
裁判所による差押えは、債権者の申立てに基づいて裁判所が差押えを認める決定を下した場合にのみ行われます。借金の滞納が原因で、裁判所による差押えが行われることを典型例としてイメージされるかもしれませんが、売掛金、立替金、損害賠償等の金銭の支払いを怠ってしまった場合に行われる差押えは、すべて裁判所による差押えです。住宅ローンのように、担保の設定された債務を滞納した場合の差押え(担保権実行手続)も裁判所が行うものです。
また、行政機関にも、税金や社会保険料(国民健康保険料・国民年金保険料)といった当該機関が徴収する公租公課が滞納された場合には、滞納者の財産を差し押さえる権限が認められています。なお、行政機関による差押え(滞納処分)は、裁判所を経る必要がなく、行政機関独自の判断で行うことができる点にも特徴があります。
(3)債権者が自分自身で債務者の財産を差し押さえることは可能か?
借金を取り扱った映画やドラマ・マンガ等では、債権者が、「借金の返済ができないのなら」と債務者の自宅等から財産を引き上げていくようなシーンが描かれることがあります。
しかし、実際には、このような行為は法律では認められていません。債権者であること(および借金等の返済期限が過ぎていること)が間違いないという場合であっても、債権者自らが、債務者の財産に実力行使をすることは許されていません(自力救済の禁止)。
そのような行為は、債務者の財産権を不当に侵害する行為となり、損害賠償の対象となるので、絶対にすべきではありません。
2、差押えを行うための流れ・要件
次は、債権等の回収のために、差押えを行うときの手続の基本的な流れや、差押えを認めてもらうための要件について解説していきます。
(1)差押えを行うときの手続の流れ
裁判所の決定に基づいて差押えが行われるときの基本的な流れは次のとおりです。
- 債権の期限到来
↓
- 債務名義の取得
↓
- 債務者の財産調査
↓
- 執行文付与の申立て
↓
- 裁判所への申立て
↓
- 差押え開始決定
↓
- 差押えの実施
↓
- 差押え財産の換価(債権者による取立て)
↓
- 債権者への配当
(2)差押えを認めてもらうための要件
上で示した流れを踏まえた上で、裁判所に差押えを認めてもらうための要件について整理しておきましょう。
①債務名義の取得
差押え(強制執行)を申し立てるためには、「債務名義」と呼ばれる書類が必要となります。
債務名義とは、権利関係(当事者名・権利義務の具体的内容)を特定できる情報が記載され、公証された文書のことで、具体的には、民事執行法22条に列挙されたものを指し、その典型例は「確定判決」です。
したがって、当事者間に契約書等の文書があったとしても、それだけで差押えの申立てをすることはできず、民事訴訟を提起して、原告勝訴の確定判決(や仮執行宣言付き判決)等を得る必要があるのが原則です。
民事訴訟よりも簡易・迅速に債務名義を取得したい場合には、督促手続(支払督促)という簡易裁判所の手続を利用することもできます。督促手続は、債権者からの申立て内容が債務者に送達されてから2週間以内に異議の申立てがなく、仮執行宣言付支払督促に対しても、2週間以内に異議の申立てがなければ、債権者の申立て内容で債務名義を取得することができるため、民事訴訟よりもはるかに早く簡単に債務名義を取得できる制度として多くの利用があります。ただし、債務者が異議を申し立てたときには、その督促手続は通常の民事訴訟に移行してしまうことに注意が必要です。
また、当事者間に権利関係だけでなく、不履行の際に即座に差押えを行うことについて合意がある場合には、その旨を記載した契約書を公正証書にすることで、債務名義を取得することもできます。
②執行文の付与
債務名義は、その作成の時点で、債権者と債務者との間にどのような権利関係があったかということを記載している書類に過ぎません。そのため、債務名義があるというだけでは、差押えを行って良い状況にあるかどうかを判断することはできません。
そこで、差押えの申立てを行う際には、債務名義に記された権利が強制執行を行うことができる効力(執行力)があることを公的に証明するために、執行文の付与という手続を行う必要があります。
執行文の付与は、債務名義を作成した機関に申立てを行います。つまり、債務名義が確定判決である場合には、その判決を言い渡した裁判所、公正証書の場合には公証人(公証役場)ということになります。
③差し押さえる財産の特定
裁判所に差押えを申し立てる際には、差押えの対象となる財産を特定して行う必要があります。わかりやすくいえば、「何でも良いから差し押さえて欲しい」といった申立てをすることは許されず、他の財産と区別できるまで対象を特定した上で、申立てをする必要があるということです。
しかし、他人である債務者の財産を債権者が詳細に把握することは、実際には簡単なことではありません。たとえば、取引関係のある債務者であれば、その取引に用いている銀行口座は把握しているケースも多いといえますが、その口座に預金が残っている保証もないからです。預金残高が0円の口座(預貯金債権)を差し押さえても、当然債権は1円も回収できないからです。
債権者が、調査を行っても債務者の財産を知ることができないという場合には、「財産開示手続」を申し立てることで、差押えに必要な債務者の情報(不動産・勤務先・銀行口座の情報等)を入手することができます。昨年4月から施行された改正民事執行法では、財産開示手続がより使いやすくなり、財産調査についての債権者の負担はかなり緩和されたといえます。
3、差押え対象財産についての基本ルール
債務者の財産の差押えは、債権者が特定した財産を対象に行われます。
しかし、債務者が保有している財産であれば、何でも自由に差し押さえられるというわけではありません。
以下では、差押えの対象となる財産の対象・範囲に関する基本的なルールについて解説していきます。
(1)差押え禁止財産
法律は、債務者の生活を保障する目的で、一定の財産の差押えを禁止しています。
たとえば、民事執行法131条では、下記の財産の差押えを禁止しています。
- 債務者等の生活に欠くことができない衣服、寝具、家具、台所用具、畳及び建具
- 債務者等の1か月の生活に必要な食料及び燃料
- 標準的な世帯2か月の必要生計費を勘案して政令で定める額(66万円)の金銭
- 農業・漁業・技術者・職人・自営業者が業務に欠かせない器具等(商品以外の種・肥料・家畜等も含む)
- 実印その他の印で職業又は生活に欠くことができないもの
- 仏像、位牌その他礼拝又は祭祀に直接供するため欠くことができない物
- 債務者に必要な系譜、日記、商業帳簿及びこれらに類する書類
- 債務者又はその親族が受けた勲章その他の名誉を表章する物
- 債務者等の学校その他の教育施設における学習に必要な書類及び器具
- 発明又は著作に係る物で、まだ公表していないもの
- 債務者等に必要な義手、義足その他の身体の補足に供する物
- 建物その他の工作物について、災害の防止又は保安のため法令の規定により設備しなければならない消防用の機械又は器具、避難器具その他の備品
また、給料や退職金についても1/4を超える部分については、差押えが禁止されていますし、年金・生活保護費についても同様に、差押えが禁止されています。
(2)超過差押えの禁止
動産や債権を差し押さえる場合には、債権額および執行費用の合計額を超える財産を差し押さえることも禁止されています。これを超過差押えの禁止といいます。
たとえば、100万円の債権に対して1000万円の財産を差し押さえるようなことを認めてしまうことは、債務者・他の債権者との関係で公平でないと考えられるからです。
(3)無剰余差押えの禁止
動産執行の場合には、超過差押えだけではなく、費用を差し引いたら赤字になる差押えも禁止されています。これを無剰余差押えの禁止といいます。
(4)超過売却の禁止
超過売却とは、たとえば、複数の不動産を差し押さえた場合に、そのうちの1件を換価した時点で、債権(および執行費用)を満足させられたときには、他の差押え物件の売却を禁止するというものです。差押えは、あくまでも債権の満足を目的とするものであり、債権額以上の換価を強いることは債務者にとって過大の負担を強いる(必要以上の財産権侵害となる)といえるからです。
4、差押えが失敗してしまう3つのケース
読者の方には、「債務者の財産さえ差し押さえれば、債権は確実に回収できる」と思っている人も多いかもしれません。
しかし、実際には、差押えを申し立てても、債権を十分に回収できないという場合も珍しくありません。
以下では、差押えによる債権回収が失敗してしまう典型的な5つのケースについて解説していきます。
(1)債務者の財産が把握できない(差押えの空振り)
差押えの要件のところでも解説したように、債務者の財産を特定しなければならない負担は、債権者が財産を差し押さえるときの大きな障害となることがあります。また、預貯金口座を特定できていたとしても、その残額が足りず、差押えが空振りに終わってしまうというケースはあります。
また、改正前の財産開示手続では、債務者の不誠実な対応に対する罰則が軽い等の問題があったために、「財産開示手続を使っても、財産特定に必要な情報を得られない」というケースも珍しくなかったところです。
しかし、財産開示手続が抱える諸問題は、昨年4月から施行された改正民事執行法においてかなり改善されたといえますので、今後は「債務者の財産がわからない」ということによる差押えの失敗は減っていくものと思われます。
(2)費用負担が高額になる場合
債務者の財産を差押えて換価(売却)する際には、一定の費用がかかる場合があります。当然、この費用が高額になってしまえば、回収できる債権額も減ってしまうことになります。
特に、不動産の差押えにおいては、費用がかさんでしまったことによって、回収できる債権額が大幅に減ってしまうケースも珍しくありません。不動産を差し押さえる場合であっても、不動産の中に設置されている家具・家電等の動産は差押えの対象外となり、その搬出・管理・維持に多額の費用がかかってしまうことがあるからです。
(3)満足できる価格で換価されなかった場合
動産・不動産を差し押さえることによる債権回収は、差し押さえた財産の売得金の額によって、最終的に回収できる金額も変わってきます。したがって、当初の見込みよりも安い金額でしか換価できなかったということもあります。
また、債権執行の場合でも、第三債務者の資産状況等によっては、その取立てにリスク・コストが生じる可能性もあります。中小企業が有する売掛金債権を差し押さえるケース等では、第三債務者の連鎖倒産等にも注意しておく必要があるでしょう。
(4)他の債権者と競合してしまった場合
差押えを受ける債務者には、他の債権者がいるという場合も珍しくありません。そのような場合には、こちらが申し立てた差押えの手続に、他の債権者も差押えをしてくる可能性があります。
他の債権者と平等に取り扱われることになるので、他の債権者と差押えが競合することによって、回収可能額が大幅に減ってしまう可能性があります。
抵当権が設定されている債権の場合には、差し押さえた財産の売得金は、その設定順位にしたがって、優先的に返済をうけることができます。ただし、次順位以下の抵当権者がいる場合には、物件売却のために、その抵当権を抹消してもらうためのコスト(交渉やいわゆるはんこ代を負担するコスト)がかかってしまいます。
(5)債務者が自己破産・個人再生を申し立てた場合
債権者から財産の差押えを受けることは、債務者にとっても大きなプレシャーとなります。そのため、差押えを受けたことをきっかけに、債務者が自己破産や個人再生といった債務整理手続に踏み切るというケースもないわけではありません。
差押えを行った債務者について、自己破産・個人再生が開始された場合には、すでに行われていた差押えはすべて停止となってしまい、その債権への配当も自己破産・個人再生の手続にしたがって進められることになり、回収可能額は大幅に減ってしまいます。
ただし、担保権に基づいて財産を差し押さえていた場合については、自己破産・個人再生が開始された場合でも影響を受けません。担保権の実行(差押え・換価)は、債務者の自己破産・個人再生にも優先するとされているからです。
まとめ
債権者にとって、未払いになっている債権を回収することは当然の権利といえます。しかし、最終的な債権回収方法ともいえる債務者財産の差押えも、本文中で解説してきたように万能な方法ではありません。事前の調査や差押えのタイミングを誤れば、差押えのために費やしたコストが無駄になってしまう可能性もあるといえます。
弁護士にご相談いただければ、任意の支払いにむけた債務者とのさらなる交渉の可能性から、財産の調査も含めて、幅広い視点から、それぞれのケースに適した債権回収の方法をご提案させていただくことが可能です。
※この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています