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財産開示手続の改正~債務者の逃げ得を許さないための6つのポイント
債権者が民事訴訟で確定判決を得ても、債権回収をするためには強制執行を申し立てる必要があります。
強制執行を申立てるためには、債務者の財産を特定する必要があります。そのために、民事執行法で「財産開示手続」が設けられています。
執行裁判所が債務者を呼び出して、自分の財産の情報を陳述させる、というものです。
ところが、債務者が裁判所の呼び出しを無視してしまえば財産調査ができず、債権者は結局、債権回収できずに泣き寝入りしていた、というのが実態でした。
このような問題を解決するために、財産開示制度の手続が大幅に改正されました。
今回は、
- 財産開示手続とは何か。どのように利用されるのか。
- 財産開示手続がどのように改正されたのか
- 実際に財産開示手続を利用するためには具体的にどのようにすればよいのか。
- 財産開示手続後に強制執行はどのように進むのか。
そのような実務的なポイントについて弁護士がわかりやすく解説します。
債権の管理回収を担当する企業実務家向けの記事ですが、養育費の支払いを請求するといった家族間の紛争解決のためにもお役に立つと思います。
債権回収全般については以下の関連記事をご覧ください。
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1、財産開示手続とは
(1)財産開示手続とは
債権者が確定判決等に基づいて債務者の財産を差押えて強制執行するには、債権者が債務者の財産の情報を調査して、どの財産に強制執行するのか決める必要があります。
財産開示手続は執行裁判所が債務者を呼び出して、自分の財産の情報を陳述させる、という制度です。
(民事執行法の該当条文抜粋)
民事執行法第四章 債務者の財産状況の調査
第一節 財産開示手続
(実施決定)
第百九十七条 執行裁判所は、次の各号のいずれかに該当するときは、執行力のある債務名義の正本を有する金銭債権の債権者の申立てにより、債務者について、財産開示手続を実施する旨の決定をしなければならない。(以下略)(期日指定及び期日の呼出し)
第百九十八条 執行裁判所は、前条第一項又は第二項の決定が確定したときは、財産開示期日を指定しなければならない。
2 財産開示期日には、次に掲げる者を呼び出さなければならない。
一 申立人
二 債務者(債務者に法定代理人がある場合にあつては当該法定代理人、債務者が法人である場合にあつてはその代表者)(財産開示期日)
第百九十九条 開示義務者(前条第二項第二号に掲げる者をいう。以下同じ。)は、財産開示期日に出頭し、債務者の財産(第百三十一条第一号又は第二号に掲げる動産を除く。)について陳述しなければならない。
(2)財産開示手続が利用される場面
財産開示手続は、強制執行が法律上認められている場合に、相手方債務者の財産の開示を求める手続です。
①強制執行のためには債務名義が必要。
強制執行が法律上認められていることを示す文書を「債務名義」と呼びます。
次のようなものです。
- ・裁判所の判決(「確定判決」「仮執行宣言付判決」)
- ・裁判所での和解や調停成立のときに作成される「和解調書」「調停調書」
- ・公証人が作成した「執行証書」(金銭の一定の額等の支払いを目的とする請求について作成されます)
法務省パンフレットの次の図解をご覧ください。
これらの債務名義に基づいて強制執行の申立てをすることが、財産開示手続の前提です。
②債務名義は企業間取引の紛争に限られない
企業や個人事業主等の商取引での債権回収のみならず、家主が借家人に賃料の支払いを求めたり、離婚した当事者が相手方に養育費の支払いを求める等様々な場合に、判決、和解、調停が成立すれば、債務名義となります。
従って、財産開示手続もこのような広範囲な事態について利用されることになります。
(図解の出典)法務省パンフレット 民事執行法とハーグ条約施行法 令和3年5月1日全面施行
2、民事執行法の改正で手続が変わった
民事執行法の改正は、2020年4月に大部分が施行され、2021年5月に全面施行されています。変更点は次の通りです。
(1)債務者の財産開示手続
①債務名義を有していれば、その種類を問わず申立てが可能になりました
これまで「公正証書」は、財産開示手続の対象の債務名義と扱われていなかったのですが、今後は、公正証書に基づく財産開示手続の申立ても可能になりました。
例えば、離婚による養育費の支払いを公正証書で定めていた場合など、公正証書を債務名義として離婚の相手方の財産開示を求めることもできるようになりました。
②財産開示手続に応じない相手に厳罰が課されるようになりました
裁判所が定めた財産開示期日に相手方が出頭しなかったとか、出頭しても嘘の陳述をした等の場合、6か月以下の懲役または50万円以下の罰金という重い刑罰が科されるようになりました。
従来は30万円以下の過料という行政罰だけで、応じなくても前科もつかなかったので、期日に出頭しないといった人が多かったのです。
財産開示手続に応じない人への厳罰化は、財産開示手続の実効性確保のため強力な武器となります。今回の一番大きな改正点と言えるでしょう。
次の法務省のパンフレットがわかりやすいと思います。
(図解の出典)法務省パンフレット民事執行法とハーグ条約施行法
(民事執行法の該当条文抜粋)
民事執行法第五章 罰則
(陳述等拒絶の罪)
第二百十三条 次の各号のいずれかに該当する者は、六月以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
(中略)
五 執行裁判所の呼出しを受けた財産開示期日において、正当な理由なく、出頭せず、又は宣誓を拒んだ開示義務者
六 第百九十九条第七項において準用する民事訴訟法第二百一条第一項の規定により財産開示期日において宣誓した開示義務者であつて、正当な理由なく第百九十九条第一項から第四項までの規定により陳述すべき事項について陳述をせず、又は虚偽の陳述をしたもの
(2)第三者からの情報取得手続(不動産、給与、預貯金、上場株式等)
財産開示手続は、債務者から財産を開示させる、という制度ですので、これだけでは、情報収集手続として十分ではありません。
債務者の財産に関する情報を、債務者以外の第三者から情報提供してもらうべき場合があります。「第三者からの情報取得手続」と呼ばれます。今回の民事執行法改正で明確に定められました。詳細については、4、でご説明します。
次のような種類があります。
㋐ 不動産に関する情報
債務者名義の不動産(土地・建物)の所在地や家屋番号
第三者は「法務局」です。(東京の場合は東京法務局)
㋑ 給与(勤務先)に関する情報
債務者に対する給与の支給者(債務者の勤務先)
第三者は、①市区町村か②日本年金機構等厚生年金を扱う団体、いずれかまたは両方。
住所地の市区町村や厚生年金を扱う団体に照会することで、地方税や社会保険等の情報から勤務先を割り出す、という意味です。
ただし、この手続きの利用は、養育費等の債権や生命・身体の侵害による損害賠償請求権を有する方に限られます。
㋒ 預貯金に関する情報
債務者の有する預貯金口座の情報(支店名、口座番号、額)
第三者は銀行や信用金庫等の金融機関です。
㋓ 上場株式、国債等に関する情報
債務者名義の上場株式・国債等の銘柄や数等
第三者は、銀行や証券会社等の金融商品取引業者です。
(参考条文)
民事執行法第四章 債務者の財産状況の調査
第二節 第三者からの情報取得手続(第二百四条―第二百十一条)(財産の種類ごとに細かく定められています。)
3、改正後の財産開示手続の具体的手順
(1)財産開示手続を申し立てる要件
ごく単純に言えば、債務名義は持っているが、十分な弁済が得られなかった場合です。民事執行法第197条で要件が定められていますが、ポイントは次の通りです。この点は民事執行法改正前後で変更されていません。(「強制執行等の不奏功等」と呼ばれます。)
債権者が強制執行や担保権の実行による配当等の手続で一部の弁済しか得られなかったとき又は債権者が把握している債務者の財産に対する強制執行をしても、一部の弁済しか得られないことの疎明があったとき。
債権者が、債務者の財産について調査をして、次のような状況であったことを疎明します。
- 不動産
居住地、所在地(本店、支店)等の不動産を調査したが、これを所有していない、あるいは所有していても無剰余である。
- 債権
法人、個人共通:預貯金口座を調査したが不明である、あるいは残額では完全な弁済が得られない。
法人、個人事業者:営業内容から通常予想される債権について調査したが、完全な弁済を得られる財産が判明しなかったこと。
個人:勤務先を調査したが不明であるか、あるいは給料等のみでは完全な弁済を得られないこと。
- 動産、その他
不明であるか、あるいは価値がないこと。
(参考)東京地方裁判所「財産開示手続を利用する方へ」
(2)債務者の財産開示手続
次の書類を整えて申立てます。
執行力のある債務名義の正本を有する債権者の例です。これらについて添付書類・証拠書類等の詳細な定めがあります。
- 財産開示手続申立書
- 当事者目録
- 請求債権目録
- 財産調査結果報告書
債権者が債務者の財産を調査したが、債権の回収ができる見込みでないことを疎明するものです。
東京地裁の記載例では、例えば次のような例文が示されています。
「債務者の本店所在地の不動産は、債務者の所有ではない。」
「債務者とは、本件売買契約以外に取引がなく、資産状況を把握していないため、所在地以外の情報を調べることができない。」
「債務者の貸借対照表によれば、固定資産は1円しか計上されていない。」
(参考)東京地裁 財産開示手続を利用する方へ 財産調査結果報告書【記載例】(法人用) PDFファイル(PDF:453KB)
(3)財産開示手続実施決定後の手続等
1. 実施決定が確定したら、1か月ほど後の日が財産開示期日として指定されます。
2. 財産開示期日の約10日前頃が、債務者等(開示義務者)の財産目録提出期限と指定されます。
3. 提出された財産目録については、債権者らは財産開示期日前でも閲覧、謄写できます(民事執行法201条)。
4. 申立人(申立人が法人の場合は代表者)や代理人弁護士等は、財産開示期日に出頭し、執行裁判所の許可を得て、開示義務者に質問することができます(民事執行法199条4項)。財産開示期日の円滑な運営のため、事前に質問書を提出することが要請されています。
5. 開示義務者が財産開示期日に出頭しなかった場合、財産開示手続は終了します。
4、第三者からの情報提供手続(新設された手続)
(1)第三者からの情報提供手続の要件と申立手続
債権者が債務名義を有しており、「強制執行等の不奏功等」(前記3(1)参照)に該当する場合に、裁判所に申し立てる事ができます。
該当する財産の種類ごとに手続が異なっており、財産の種類ごとに別事件として申し立てる必要があります。申立て手続の概要は次の通りです。
①第三者からの情報取得手続申立書
以下の財産の種類ごとに書式が異なります。
㋐不動産情報、㋑勤務先情報、㋒預貯金情報、㋓株式情報
この中で勤務先情報の情報取得を申し立てることができるのは、養育費等や生命・身体の侵害による損害賠償の債権者のみです。
②当事者目録
これも財産の種類ごとに異なります。
③請求債権目録
請求債権が「養育費・婚姻費用」、「人身損害」、「それ以外」で書式が異なります。
④不動産情報、勤務先情報について
3年以内に財産開示手続が先行して実施されていることを証する書面が必要です。
「預貯金情報」「株式情報」については、財産開示手続の先行は必要ではありません。
以上をまとめると次の図解のようになります。
わかりやすいように法務省の2つの図解を掲げておきました。
(図解の出典)法務省パンフレット民事執行法とハーグ条約施行法
(参考)法務省 裁判所の手続や公正証書で約束したお金の支払を受けられず お困りの方のために
(2)情報提供命令及び命令後の手続
①㋐不動産情報と㋑勤務先情報の申立ての場合
申立書と添付書類から要件が満たされていると判断された場合、裁判所から情報提供命令が発令され、債務者及び申立人に対して、情報提供命令正本が送付されます。債務者は1週間以内に執行抗告をすることができます。
情報提供命令が確定すると、第三者に対し、情報提供命令正本が送付されます。
②㋒預貯金情報と㋓株式情報の申立ての場合
申立書と添付書類から要件が満たされていると判断された場合、裁判所から情報提供命令が発令され、第三者及び申立人に対し、情報提供命令正本が送付されます。
すなわち、債務者の執行抗告は認められていません。
なおいずれの場合も、申立書と添付書類から要件が満たされていないと判断された場合、申立ては却下され、申立人に却下決定正本が送付されます。
(参考)東京地方裁判所 第三者からの情報取得手続を利用する方へ
5、財産開示手続後の強制執行の流れ
財産開示手続後の強制執行の流れは、通常の強制執行と変わりません。裁判所ホームページでわかりやすい説明が図解とともに掲載されています。
代表的な不動産執行手続と債権執行手続について、ごく簡単に触れておきます。
(1)不動産執行手続
①申立て
目的不動産の所在地を管轄する地方裁判所に申立てます。
②開始決定・差押え
申立てが適法と認められた場合は、裁判所は、不動産執行開始と目的不動産差押を宣言する開始決定を行います。
開始決定がされると、裁判所書記官が、管轄法務局に対して目的不動産の登記簿に「差押」の登記の嘱託を行い、債務者及び所有者に開始決定正本を送達します。
③売却の準備・売却実施
裁判所は、執行官や評価人に調査を命じ、目的不動産について詳細な調査を行います。
その後、期間入札等の手続で売却を実施します。
④入札から所有権移転・不動産引き渡し
買受希望者が入札し、最高価格で落札し、売却許可がされた買受人が代金を納付します。
所有権移転等の登記の手続は裁判所が行います。
(2)債権執行手続
債権者が、債務者の勤務先の会社を第三債務者として給料を差し押さえたり、債務者の預金のある銀行を第三債務者として銀行預金を差し押さえ、これらの取り立てで債権の回収を図る手続です。
①申立て
原則は、債務者の住所地を管轄する地方裁判所です。
(参考)裁判所ホームページ「民事執行手続」
②差押命令・差押え
裁判所は、債権差押命令申立てに理由があると認めるときは、差押命令を発し、債務者と第三債務者に送達し、差押えが行われます。
ただし、給料差押えの場合、原則として債務者の給料の4分の1(月給で44万円を超える場合には33万円を除いた金額)までの差し押さえとなります。
養育費や婚姻費用の分担金等、夫婦・親子その他の親族関係から生ずる扶養に関する権利で、定期的に支払時期が来るものについては、将来支払われる予定分についても差押えできる場合や、原則として給料などの2分の1に相当する部分までを差し押さえることができる、等の特則があります。
6、財産開示手続をはじめとする債権回収は弁護士へ相談を
以上の財産開示手続は、債権回収のための細かな技術的手続です。
本稿でご説明したのは、全体イメージを理解していただくための、ごく簡単な説明です。実際には、財産開示手続以前に、債務者との交渉等で、極力早く、しかも穏便な形で債権回収を図るのが望ましいでしょう。財産開示手続を必要とするのは、実際には相当にこじれてしまった段階です。
債務者との関係は、ちょっとしたことでこじれてしまうこともあるでしょう。債務者の財産状態等も思いがけず急に悪化することもあり得ます。
債権回収にお経験豊富な弁護士は、兆候を早めにとらえてタイムリーに適切な対応をしてくれます。ぜひ、少しでも疑問があるのなら、早め早めに弁護士と相談されることを勧めします。
まとめ
財産開示手続により、これまでのような逃げ得が許されなくなったことは債権者にとって朗報です。従来から様々な問題が起こっていたのがようやく解決に進んだものといえます。
今回は、企業の債権管理等の担当者を想定した記事ですが、本稿でも触れたとおり、養育費等の問題にも財産開示手続は、大変役に立つのです。
ぜひ、弁護士と相談して早め早めの解決を図ってださい。
※この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています