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懲戒解雇―伝家の宝刀は正しく使おう
あなたは人事部の責任者。経営者が、労働者の不適切行為に頭にきて、「あんな奴はさっさと懲戒解雇にしろ」と怒鳴り立てています。どうすればよいでしょうか。
よくお考えください。
懲戒解雇は、会社の懲戒処分として、最も重いものです。伝家の宝刀です。伝家の宝刀は、正しく使わないといけません。使い方を誤れば、当該労働者への著しい影響のみならず、深刻な紛争を招きかねません。この記事で、伝家の宝刀の適切な使い方を、もう一度考え直してみてください。
あなたが人事のプロフェッショナルとして、経営者に冷静沈着で適切なアドバイスができるよう、この記事がお役に立てれば幸いです。
1、懲戒解雇とは
(1)懲戒解雇の意味
懲戒解雇の意味を、改めて整理してみましょう。
まず、懲戒処分全体について簡単にまとめた上で、懲戒解雇についてご説明します。
①懲戒処分の事由
一般に、懲戒処分の事由としては、次のようなものが該当するとされています。イメージを掴んでおいてください。
「職務懈怠」
「業務命令違反」
「職務規律違反」
「会社物品私用」
「私生活上の非行」
「二重就職・兼業規制」
「会社秘密漏洩・会社批判」
②懲戒解雇は懲戒処分の中で一番重い
会社には、企業秩序維持のための懲戒権が認められています。これは、あくまで労働契約の定めによるものであり、会社が恣意的に行使できるものではありません。
懲戒解雇は、懲戒処分の1つであり、その中で最も重いものです。
懲戒処分の種類を軽いものから順に表にまとめました。懲戒処分のイメージと、その中での懲戒解雇の位置付けを理解してください。
種類 |
意味 |
備考 |
1.戒告(かいこく) 譴責(けんせき) |
労働者の将来を戒める。 戒告は始末書なし。 譴責は始末書あり。 |
労働者への直接的経済的不利益は課されない。人事考課などへの影響がありうる。 |
2.減給(げんきゅう) |
本来の賃金額を減額する。 |
減給の額には制限あり (労働基準法91条)。 |
3.出勤停止(しゅっきんていし) |
一定期間の出勤を停止させる。賃金は払われないし、在職期間の算定から除外されることも多い。 |
7日以内、30日以内など短期間が通常。 |
4.降格(こうかく) |
役職・職位、職能資格、資格等級等を低下させること。 |
本人の能力低下等により、人事処分として行われることもある。 |
5.諭旨解雇(ゆしかいこ) |
会社が労働者に解雇を勧告し、労働者に解雇を受け入れてもらう(諭旨解雇)こと、または退職願いを提出させて、退職扱いとする(諭旨退職)こと。 |
退職金は減額支払いされる場合も多い。 懲戒解雇に当たる場合に、温情として諭旨解雇とすることも多い。 |
6.懲戒解雇(ちょうかいかいこ) |
懲戒処分としての解雇であり、最も重い処分。退職金は全部または一部が支給されず、解雇予告手当も支給せず即時解雇されるのが通例。 |
|
③懲戒処分は厳格な対応が求められる
前述の通り、懲戒処分は労働契約に根拠を持ち、会社の秩序維持のために、会社が厳格な手続を踏んで行うものです。就業規則の明確な定めが必要であり、事実の確認や本人の弁明の機会など適正な手続を踏む必要があります。
なお、「就業規則」は、個別の労働契約の最低限の基本的な内容を定めたものであり、労働契約の根拠となるものです。就業規則に定めのないままに懲戒処分を行うことは、許されません。
④他の解雇との違い〜懲戒解雇の意味
懲戒解雇は、単に「勤務成績が良くないので、クビにする。」という普通解雇とは全く異なります。会社秩序を乱す非違行為があり、会社として、もはや許しがたい、という意味なのです。
諭旨解雇とも異なります。諭旨解雇は、「会社秩序維持のために、雇用は継続できない。」という点では懲戒解雇と似ていますが、それでも、その旨を労働者に説明して、労働者に解雇を受け入れることを勧めるものです。
懲戒解雇は、労働者からの退職の申し出すら受け付けず、会社の意思として断固として辞めてもらう、ということです。世間を騒がせるような重大事案ならば、会社として断固とした対応が必要でしょう。逆に、そのような重大事件なのに曖昧な対応をしていると、社会から批判を浴びるリスクを抱えることになります。懲戒解雇という毅然とした対応は、会社が社会への責任を果たすためと考えておく方が良いでしょう。
(2)懲戒解雇の要件
このような懲戒解雇については、厳しい要件をクリアする必要があります。
①労働契約法上の要件(合理的な理由・社会通念上の相当性)
懲戒解雇は、労働契約法第15条(懲戒の要件)、第16条(解雇の要件)を同時に満たす必要があります。「客観的に合理的な理由」及び「社会通念上の相当性」です。これを欠く場合には、会社側の権利濫用として、「懲戒は無効」「解雇も無効」となります。
具体例は後述しますが、まずは条文を確認しておいてください。
(参考)労働契約法
(懲戒)
第十五条 使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。
(解雇)
第十六条 解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。
②就業規則上の懲戒解雇事由に合致すること
懲戒処分全般の問題ですが、懲戒処分が労働契約に基づくものである以上、その基本となる就業規則の懲戒解雇事由の要件を満たしていなければなりません。
これについて、次の点も考慮しておく必要があります。
(その1)懲戒事由そのものの合理性
懲戒の事由の内容について、労基法上の制限はありません。しかし、その懲戒事由そのものに合理性がない場合には、その事由に基づく懲戒処分は、懲戒権の濫用と判断されることがあります。
(その2)ケース・バイ・ケースの判断も必要
懲戒事由の内容が合理的であっても、ケースによっては、客観的合理性や社会的相当性がないとして、懲戒解雇は無効と判断される場合もあります。例えば、「経歴詐称」は、一般には懲戒事由に該当しますが、個別の事情を考慮し、裁判所で懲戒解雇は不適切と判断されたことがあります。
(その3)罪刑法定主義類似の原則
就業規則上の懲戒事由に該当する事由であっても、当該行為が行われた後に制定された就業規則の懲戒事由であれば、処分することはできません。また、過去に懲戒処分の対象とされた事由について、重ねて懲戒処分することはできません。罪刑法定主義類似の厳しい規律が求められるとされています。
(その4)包括的条項の取り扱いは慎重に
多くの会社では、個別具体的な要件のほかに、「その他前各号に準ずる不適切な行為があったとき」といった包括的な条項を定めていることも多いでしょう。就業規則を定めたときに想定していなかった問題なども、この条項で対応することができます。
しかし、これは、「誰の目から見ても明らかに『前各号に準ずる不適切行為』にあたる場合に限定される」と考えておくべきでしょう。会社の恣意的な判断は許されません。
(3)懲戒解雇の事由の立証責任は会社にある
懲戒解雇の事由に該当することの立証責任は会社にあるとされています。
紛争になったときに、会社の側でしっかりと立証できなければ、解雇無効ということになりかねません。
(4)慎重かつ毅然とした経営判断が求められる
懲戒解雇には、慎重な経営判断が必要です。それでも、場合により毅然と対応する必要があります。
①懲戒解雇は労働者への著しい不利益となり、紛争を招きかねない
懲戒解雇は、労働者本人の生活基盤を揺るがせ、プライドを傷つけるもので、労働者にとっては、再就職の妨げになるといった不利益も生じます。深刻な紛争を招くこともあります。
経営者の恣意的な対応は許されません。
②それでもやるべきときは、毅然として対応する
それでも、懲戒解雇にせざるを得ないのは、例えば、社会的な非難を浴びるような事態などで、会社として厳しい処分をしなければ、社内外に示しがつかない、という場合などです。
製品・サービスの不備で、生命・身体の危険をもたらすような問題、顧客情報やインサイダー情報の不適切な取り扱いで、社会的な批判を浴びる、等がわかりやすいでしょう。最近の例では、年配者をだまして、保険商品を買わせた日本郵政保険販売事件が典型的な例でしょう。
このようなときに、曖昧な対応していると、社外から厳しい批判を浴びるだけではなく、役職員から会社経営者に不信感が持たれるでしょう。
2、懲戒解雇の手順
懲戒解雇は、懲戒処分の中でももっとも重いものです。前述のような「合理性・社会通念上の相当性」「就業規則の定め」を満たすだけでなく、適正な手続が求められます。
懲戒解雇が最も重い懲戒処分である以上、手続の不備があると紛争のタネになります。
(1)弁明の機会の確保
懲戒処分全体の問題でありますが、対象労働者に、弁明の機会を与える必要があります。
これは、手続をしっかりと踏むという意味にとどまりません。事実確認という点からも、欠かせない手続です。その非違行為に、実は黒幕がいるかもしれません。上司のハラスメントが原因で、問題が起こったのかもしれません。そのような事実調査が必要です。
(2)就業規則等の手続規定に従う
就業規則で、労働組合との協議とか、懲戒委員会(賞罰委員会)の開催などが定められているなら、その手続を踏まなければなりません。
(3)本人への処分通知
処分内容は、本人に必ず文書で通知します。適正な手続としても、また、後日のための証拠という意味もあります。
3、懲戒解雇を不当に行うことの会社のリスク
懲戒解雇は、安易に行うものではありません。次のようなリスクを考慮して、慎重に行うものです。
(1)会社の管理不行き届との世間からの評価
労働者が懲戒解雇に該当するような事件を起こしたなら、本人自身の問題というだけでなく、会社が本人の育成に失敗した、あるいは、会社の業務管理などの不備で不祥事を引き起こしてしまった、等とも見られかねません。
(2)深刻な紛争の懸念
前述の通り、懲戒解雇は、本人の生活基盤を揺るがせ、プライドを傷つけるものです。本人が不当解雇として会社を相手どった紛争になる懸念は、極めて大きいものです。マスコミなどで報道された場合には、会社にも深刻なダメージを生じかねません。
前述(1)とも共通しますが、本当にそこまでして懲戒解雇にする必要があるのでしょうか。諭旨解雇や自己都合退職、あるいは、配置転換といった代替手段で対応できないかということは、慎重に判断すべきです。
なお、例えば、訴訟で、解雇権濫用として解雇無効となると、解雇時に遡って賃金全額を支払うことになり、2年分3年分の賃金支払いが必要になることさえあります。
4、懲戒解雇が認められた事例・認められなかった事例
懲戒解雇が認められた事例と認められなかった事例を簡単にご紹介します。
要するに、ケース・バイ・ケースだということをイメージしていただければ良いでしょう。
(1)よく問題になる事例
①職務懈怠
②業務命令違反
③職務規律違反
④会社物品私用
これらの事案は、経営側からすれば、我慢ならないかもしれませんが、程度問題であり、懲戒解雇にするには、よほど頻繁に繰り返されるとか、悪質な場合に限られると考えた方が良いでしょう。これらの事案なら、戒告、譴責、減給、出勤停止、降格等の処分で足りることも多いでしょう。頻繁に繰り返される悪質な場合でも、例えば、諭旨解雇ではだめなのか、等と慎重に考えるべきです。
(2)私生活上の非行
会社と無関係の業務外の非行であり、懲戒解雇が認められないことも多いようです。
ただし、会社の業種等とも関係します。
電鉄会社の駅務員が、他社の電車内で女性客に痴漢行為を行って、罰金刑にされました。会社では、降格処分等を行いました。その半年後に、当該駅務員が再び痴漢行為を行いました。そこで、会社は、本人を懲戒解雇にしたうえ、退職金も不支給としました。
裁判では、乗客の迷惑や被害を防止すべき電鉄会社の職員の繰り返しの破廉恥行為として、懲戒解雇はやむを得ないとしました。
(ただし、退職金については、全額不支給は適切でないと判断しています。この点は後述します。)
(小田急電鉄事件・東京高判平成15年12月11日)
(3)二重就職・兼業規制
会社の業務への支障が、現実に生ずるかどうか慎重に判断されます。形式的な就業規則違反だけでは、認められない事も多いようです。とりわけ、近時は兼業・副業を広く認める動きがあります。形式的に兼業・副業をしていたというだけでは、懲戒解雇は難しいと思われます。
(4)会社秘密漏洩・会社批判
会社秘密の漏洩や会社への批判などは、経営者としては我慢ならないことでしょう。
しかし、これも程度問題と考えておくべきです。
明らかに悪質なデマによる批判ならば、厳しい処分もやむを得ないでしょう。
しかし、逆に、会社が不祥事を隠蔽しようとしていて、労働者がそれをマスコミなり、SNS などに漏らした場合、むしろ正当な行為と見られる可能性もあります。公益通報者保護法との関係にも注意して、慎重に判断すべきです。
また、情報の持ち出しで注意すべきは、弁護士との相談です。弁護士には、法律上、秘密を守る義務があります。
労働者が、自らを守るために弁護士との相談のために会社秘密などを持ち出した、というなら、処分することは難しいでしょう。
5、懲戒解雇と退職金等の関係
ここで、懲戒解雇と退職金等の関係を整理しておきましょう。
懲戒解雇だからといって、「退職金不払い・解雇予告手当除外」とは限らないのです。
(1)懲戒解雇では退職金は支払わなくて良い?
懲戒解雇だから、退職金不支給とは限りません。
退職金は論功行賞という意味だけでなく、賃金の後払い的性格を併せ持つものと考えられており、この賃金後払いの部分については、懲戒解雇であっても、支払うべきだと考えられることがあります。次のような裁判例があります。
「賃金の後払い的要素の強い退職金について、その退職金全額を不支給とするには、それが当該労働者の永年の勤続の功を抹消してしまうほどの重大な不審行為があることが必要である。」(小田急電鉄事件・東京高判平成15年12月11日)
(2)懲戒解雇では解雇予告手当は支払わなくて良い?
会社が、労働者を解雇する場合には、30日前に予告するか、それに代わる解雇予告手当を払う必要があります。懲戒解雇に該当する場合には、解雇予告手当を払わなくても良いのですが、その場合には、労働基準監督署の認定を得る必要があります(労働基準法第20条、19条2項)。
実務的には、懲戒解雇でも、解雇予告手当を払うことは、よく行われています。労基署の認定を受ける時間をかけたくないといった理由です。
「解雇予告手当さえ払いたくないなら、労基署の認定を得て、予告手当を除外すればよい、それが嫌なら解雇予告手当ぐらい払いなさい。」と理解しておいてください。
6、懲戒解雇は実行する前に弁護士に相談を
以上の通り、懲戒解雇にあたっては、考慮すべき事項が様々あります。
そもそも懲戒解雇は、唯一の選択肢ではありません。様々な選択肢を考慮して、事案にふさわしい対応を考えるべきです。
経営者が、頭から湯気を立てて怒っていても、人事労務の担当者としては、ともかく、まずは労務問題に詳しい弁護士との相談を勧めてください。
懲戒解雇で対応を誤れば、会社に大きなリスクが生ずるのです。専門家のアドバイスが必須です。
懲戒解雇に関するQ&A
Q1.懲戒処分の事由とは?
一般に、懲戒処分の事由としては、次のようなものが該当するとされています。
「職務懈怠」
「業務命令違反」
「職務規律違反」
「会社物品私用」
「私生活上の非行」
「二重就職・兼業規制」
「会社秘密漏洩・会社批判」
Q2.懲戒解雇の手順とは?
- 弁明の機会の確保
- 就業規則等の手続規定に従う
- 本人への処分通知
Q3.懲戒解雇を不当に行うことの会社のリスクとは?
- 会社の管理不行き届との世間からの評価
- 深刻な紛争の懸念
まとめ
会社が、自らの労働者を懲戒解雇にするのは、社内外に対して毅然とした対応を示さなければ、会社としての姿勢が疑われる場合、と考えておいてください。
労働者の将来を著しく損なう不利益が生じても、止むを得ない。そこまでしなければ、会社としての社内秩序が保たれず、社会に対して申し開きができない。それが懲戒解雇の意味なのです。
そこまでの覚悟をもって、懲戒解雇やむなしと本当に判断されたのでしょうか。そこまで経営者は、真剣に考えたのでしょうか。
経営者が、「懲戒解雇だ」と怒り狂っているときにこそ、人事労務担当者は、専門家と連携して、経営者に冷静なアドバイスをするよう心がけてください。
※この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています