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うつ病での労災認定によるデメリットとは?回避する方法も解説
従業員のうつ病も、業務に関連して発病した場合は労災に認定される可能性があります。
労災認定を受けた従業員にとっては一定額の保険給付を受けられるといったメリットが得られますが、会社にとっては当該従業員から慰謝料を請求されたり、労働保険料が上昇したりする可能性があるなどのデメリットが生じることがあります。
だからといって、当該従業員の労災申請に協力しなければ、労災隠しを疑われるなどのリスクを負うことにも注意が必要です。
そこで今回は、うつ病になった従業員から労災申請の申出を受けた経営者の方のために、以下の事項について分かりやすく解説します。
- 従業員のうつ病で労災認定を受けたときに会社に生じるデメリット
- 従業員の労災申請に協力しない場合のリスク
- うつ病での労災認定によるデメリットを回避する方法
労使紛争や労働問題に強い弁護士に相談すれば、労災認定によるデメリットを踏まえて会社がとるべき対処法について個別具体的なアドバイスが得られるでしょう。
1.従業員がうつ病で労災認定を受けた場合の企業側のデメリット
従業員がうつ病で労災認定を受けた場合に生じる企業側のデメリットは、以下の4つです。
- 慰謝料請求の可能性が高まる
- 労働保険料が上昇する可能性がある
- 解雇できなくなる
- 企業イメージが低下する恐れがある
(1)慰謝料請求の可能性が高まる
労災に認定されると、当該従業員から会社に対して慰謝料請求が行われる可能性が高まります。
当該従業員に対しては労災から療養(補償)給付や休業(補償)給付などが支給されますが、精神的苦痛に対する損害賠償金である慰謝料は支払われません。
そのため、慰謝料の支払いを求める従業員は、別途、会社に対して損害賠償請求を行うことがあります。
会社に慰謝料の支払い義務が生じるのは、当該従業員のうつ病発症と業務との間に因果関係があり、かつ、会社に使用者責任(民法第715条第1項本文)または安全配慮義務(労働契約法第5条)違反が認められる場合です。
うつ病で労災に認定されたということは、発病と業務との因果関係が労働基準監督署で認められたことを意味します。しかし、裁判所は労働基準監督署の判断に拘束されるわけではありません。
また、労災認定の判断は、会社に使用者責任や安全配慮義務違反が認められるかどうかとは無関係に行われます。
それでも、従業員の立場から見れば、「労災に認定されたのであれば裁判所でも慰謝料請求が認められるだろう」と考えがちです。
実際にも、労災認定を受けたケースでは裁判所での損害賠償請求も認められることが比較的多い傾向にあります。
そのため、従業員がうつ病で労災に認定された場合は、認定されなかった場合に比べて、当該従業員から慰謝料を請求される可能性が高まるといえるのです。
(2)労働保険料が上昇する可能性がある
従業員が労災認定を受けると、会社(事業主)が支払うべき労働保険料が上昇する可能性があります。
労働保険料は労災保険料と雇用保険料で構成されていて、合計額は「従業員に支払う賃金総額×(労災保険率+雇用保険率)」によって算出されます。
このうち、労災保険料分は事業主が全額負担することとされています。
労災保険の「メリット制」を採用している会社では、従業員が労災認定を受けると次年度以降の「労災保険料率」が上昇し、その結果、会社(事業主)が支払うべき労働保険料が増額されることがあるのです。
メリット制とは、直近3年間における労働災害の発生状況に応じて、労災保険料率が+40%から-40%の範囲で増減される制度のことです。
労働災害の発生率が低ければ次年度以降の労働保険料が減額されるというメリットが得られる反面で、労働災害の発生率が高ければ次年度以降の労働保険料が増額されるというデメリットが生じる制度となっています。
常時20人以上の従業員を雇用している会社はメリット制を採用している可能性があるので、社内で確認してみましょう。
メリット制を採用していない会社では、従業員が労災に認定されても労働保険料が増額されることはありません。
(3)解雇できなくなる
うつ病で労災認定された従業員が、治療のために仕事を休むこともあるでしょう。
その場合、休業期間中および休業期間終了後30日間は原則として当該労働者を解雇することはできません(労働基準法第19条第1項本文)。
ただし、以下の場合には例外的に解雇することが認められます(同項但し書)。
- 療養開始後3年を経過しても傷病が治らない場合に、打切補償として当該従業員に1200日分の給与を支払った場合
- 当該従業員が労災から傷病補償年金の支払いを受けている場合
- 自然災害などやむを得ない事由のために事業の継続が不可能となった場合
当該従業員の休業期間中は、休業4日目以降、労災から休業(補償)給付と休業特別支給金を合わせて休業1日につき給付基礎日額の80%が支払われます。
休業初日から3日目までの賃金相当額と、休業4日目以降に労災でカバーされない20%の賃金相当額については、会社から休業損害として支払う必要があるでしょう。
(4)企業イメージが低下する恐れがある
従業員が業務上のストレスでうつ病になり、労災認定を受けたことが広く社会に知られてしまうと、企業イメージが低下する恐れもあります。
社会的に注目を集めている大企業などでは、労働災害が発生した事実を報道されてしまうこともあるでしょう。
当該従業員が慰謝料請求の民事訴訟を起こした場合には、報道される可能性が高くなります。
報道されなかったとしても、インターネットが発達した昨今ではSNSなどで事実を拡散されるケースが少なくありません。
このようにして企業イメージが低下してしまうと、事業の収益や新規従業員の採用などにも悪影響が及ぶことにもなりかねません。
2.うつ病による労災申請に協力しないとどうなる?
労災認定によるデメリットを回避したいと考えたとしても、うつ病による労災申請を希望する従業員に会社が協力しなければ、以下のリスクを負う可能性があります。
- 労災隠しを疑われる
- 刑事罰を科せられる可能性がある
(1)労災隠しを疑われる
従業員が「うつ病になったので労災に申請してほしい」と申し出ているにもかかわらず会社が無視をすると、労災隠しを疑われる恐れがあります。
うつ病になった従業員が、精神状態が優れないなどの理由により自分で労災申請の手続きを行うことが難しい場合には、会社(事業主)がその手続きをサポートしなければならないという「助力義務」が課せられています(労災保険法施行規則第23条第1項)。
この義務に違反して労災申請に協力しなければ、労災隠しをしているのではないかと疑われる可能性が高いということです。
「労災隠し」とは、労働災害によって従業員が死亡または休業した場合に会社が労働基準監督署へ提出しなければならない「労働者死傷病報告書」を故意に提出しなかったり、虚偽の内容を記載して提出したりすることをいいます。
会社には助力義務があるのですから、従業員が労災申請を希望した場合には、その手続きをサポートするようにしましょう。
会社として労働災害の認定基準を満たさないと考えている場合は、後述する「意見申出制度」によって会社としての意見を労働基準監督署へ申し出ることができます(労災保険法施行規則第23条の2第1項)。
その上で、最終的な判断は労働基準監督署に委ねることになるでしょう。
(2)刑事罰を科せられる可能性がある
実際に労災隠しをしてしまうと、会社側が刑事罰を科せられてしまう恐れがあります。
労災隠しは「労働安全衛生法違反」という犯罪に該当し、50万円以下の罰金という刑罰も定められています(労働安全衛生法第100条第1項、3項、第120条第5号、第122条)。
会社としても従業員のうつ病が労災の認定基準を満たす可能性が高いと考えているにもかかわらず、当該従業員に対して「労災申請をするな」などと強要したりすると、労働安全衛生法違反の罪に問われる恐れがあるので注意しましょう。
ただし、会社としては労災の認定基準を満たさないと考えている場合に、当該従業員に対して「自分で申請するように」とアドバイスするだけであれば、労働安全衛生法違反の罪に問われる可能性は低いと考えられます。
3.うつ病での労災認定によるデメリットを回避する方法
うつ病での労災認定による会社にとってのデメリットを回避する方法として、以下の3つのことが挙げられます。
- 事実関係の調査を尽くす
- 意見申出制度を利用する
- 示談による解決を図る
(1)事実関係の調査を尽くす
まずは、会社としても事実関係の調査を尽くしましょう。
当該従業員から慰謝料を請求される可能性があることも考えると、会社としては労災の認定基準を満たすかどうかだけでなく、慰謝料の支払い義務が生じるかどうかを判断するための事実も調査しておくと良いでしょう。
具体的には、以下の3点について調査することになります。
- 業務が原因でうつ病を発病したのか
- 業務以外の原因でうつ病を発病したのではないか
- 会社に使用者責任や安全配慮義務違反が認められないか
当該従業員がうつ病の原因として職場でのハラスメントや人間関係によるストレスなどを訴えている場合には、関係者からの聴き取りが事実調査の中心となるでしょう。
当該従業員本人はもちろんのこと、同じ職場で就業していた従業員や役員からも丁寧に事情を聴き取ることです。
できれば、当該従業員の家族からも事情を聴きたいところです。家庭での生活状況まで調査できれば、業務以外の原因でうつ病を発症した事実が発覚することもあるからです。
うつ病の原因として長時間労働や過大なノルマなどを訴えられている場合は、タイムカードや業務日報などの記録を確認し、当該従業員の労働時間や業務内容を把握することが重要です。
さらに、うつ病の発症原因の特定は医学的な判断なので、当該従業員から医師の診断書を提出してもらうことが必須です。
可能であれば、当該従業員の同意を得た上で、主治医から話を聴くことも有効です。
また、職場で各種ハラスメントの発生を防止する措置をとったり、被害者からの相談窓口を設けたりしていたか、長時間労働や過重労働により従業員が心身に不調をきたさないように労務管理をしていたかなど、会社としての体制もチェックしておきましょう。
(2)意見申出制度を利用する
事実調査の結果、労災の認定基準を満たさないと考えられる場合は、「意見申出制度」(労災保険法施行規則第23条の2第1項)を利用して、会社としての意見を労働基準監督署へ申し出ましょう。
具体的には、会社側で労災申請書を作成しますが、事業主証明欄は白紙のままにして、具体的な事情を記載した「証明拒否理由書」と一緒に労働基準監督署へ提出すること(同条第2項)をおすすめします。
会社が助力義務を果たさず、当該従業員自身に労災申請の手続きをさせると、労働基準監督署における審査では当該従業員の意見が中心的に考慮されることにもなりかねません。
それに対して、会社が労災申請に協力するとともに意見申出制度を利用すれば、労働基準監督署での審査に会社としての意見を反映させることができます。
こうすることにより、労災の認定・不認定について、より適切な判断を求めることが可能となります。
(3)示談による解決を図る
最終的には、当該労働者との示談による解決を目指した方がよいでしょう。
当該従業員のうつ病が労災の認定基準を満たさず、慰謝料の支払い義務も発生しないと考えられる場合でも、できる限り話し合いによって納得してもらう方が得策です。
そうすることで、裁判を起こされることによる労力やコストの負担、企業イメージの低下などのリスクを回避できます。
うつ病の発症について会社の責任があると考えられる場合には、誠意をもって当該従業員と話し合い、慰謝料などの賠償金の額を取り決めるようにしましょう。
一般的に裁判を起こされるよりは、示談を成立させた方が慰謝料などの賠償金額を低めに抑えることが可能となります。
ただ、うつ病になった従業員との話し合いがスムーズに進まず、労使双方が感情的になってしまうケースも少なくありません。
そのため、示談交渉は労使紛争や労働問題に強い弁護士に依頼するのがおすすめです。
経験豊富な弁護士が冷静かつ論理的に当該従業員と交渉することで、円満な示談成立が期待できます。
4.従業員のうつ病による労災申請を弁護士に相談するメリット
従業員のうつ病による労災申請で困ったときは、労使紛争や労働問題に強い弁護士へのご相談を強くおすすめします。
さまざまな労働問題を解決に導いてきた実績が豊富な弁護士に相談するだけでも、労災に認定されるかどうかの見通しや、労災申請の手続き上の注意点などについて個別具体的なアドバイスが受けられます。
弁護士に対応を依頼すれば、事実調査から労災の申請手続き、当該従業員との示談交渉までを任せることができます。
労災申請の際には、弁護士が充実した内容の「証明拒否理由書」を作成して労働基準監督署へ提出してくれるので、より適切な判断を求めることが可能となります。
労災の認定結果にかかわらず、当該従業員との示談交渉を弁護士に任せることで円満な解決が期待できます。
万が一、裁判を起こされた場合には複雑な手続きを弁護士に一任することが可能です。
うつ病による労災の問題で弁護士に相談するメリットは大きいといえるでしょう。
まとめ
うつ病になった従業員が労災認定されると会社にはいくつかのデメリットが生じることもありますが、労災隠しをしてはいけません。
会社には助力義務が課せられているので、当該従業員が希望した場合には労災の申請手続きに協力し、その上で意見申出制度によって会社としての意見を労働基準監督署へ申し出ることが重要です。
労働問題に強い弁護士に相談すれば、会社としてのデメリットを回避しつつ、適切な解決に導いてくれるでしょう。
※この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています