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カスタマーハラスメントは法律で規制されていない?法制化の動きも解説
カスタマーハラスメント(カスハラ)が社会問題化していますが、現在のところ、カスハラを直接的に規制する法律はありません。
しかし、現行法の下でもカスハラ行為は民法や刑法などに抵触することがあり、加害者の法的責任を問える可能性があります。
また、企業は労働契約法などの規定に基づき、従業員をカスハラから守るための対策を講じる義務を負っています。
そこで今回は、法的根拠を持ったカスハラ対策の構築をお考えの事業者の方のために、以下の事項について分かりやすく解説します。
- カスハラに関わる現行法の規定内容
- 政府におけるカスハラ対策の法制化に向けた動き
- 現時点で企業が講じるべきカスハラ対策の内容
従業員をカスハラから守るためにも、企業の業績悪化を防止するためにも、法的根拠を持ったカスハラ対策を構築することは重要です。
カスハラに関する法律問題については、企業法務に強い弁護士へご相談ください。
1.カスタマーハラスメント(カスハラ)とは
カスタマーハラスメントとは、簡単にいうと、顧客から企業に対する理不尽なクレームや不当な要求などの迷惑行為のことを指します。略して「カスハラ」と呼ばれることも多いです。
現在のところ、カスハラとは何かを明確に定義した法律の規定はありませんが、厚生労働省が作成した『カスタマーハラスメント対策企業マニュアル』では、カスハラについて以下のように定義されています。
「顧客等からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の就業関係が害されるもの」
この定義に該当するカスハラ行為の典型例として、次のようなものが挙げられます。
- 店内で大声を上げて恫喝する
- 従業員に土下座を要求する
- 言いがかりで金品や過剰なサービスを要求する
- 頻繁な電話や長時間の電話で苦情を述べる
- 従業員に対する暴言や暴行
- 特定の従業員に対するつきまとい
- 退去を求められても社内に居座る
カスハラを放置すると、精神的なダメージによって離職する従業員が増加する可能性があるとともに、企業としての生産性も低下して業績が悪化するおそれがあります。
企業にとって、カスハラ対策を構築することは急務といえるでしょう。
参考:厚生労働省が作成した『カスタマーハラスメント対策企業マニュアル』
2.カスハラを直接規制する法律はある?
現在のところ、カスハラを直接的に規制する法律はありません。
しかし、近年、パワーハラスメント(パワハラ)については法改正によって、防止措置を講じることが企業に義務付けられました。
パワハラについても、以前は直接的に規制する法律がありませんでした。
しかし、パワハラ事例の増加が社会問題化したことから労働施策総合推進法が改正され、従業員をパワハラから守るために必要な措置を講じることが義務付けられたのです(同法第30条の2第1項)。
この規定は、2020年6月から大企業を対象として施行され、2022年4月からは中小企業も含めて全面的に施行されています。
カスハラについても、今後、防止措置を企業に義務付ける法改正が行われる可能性が高いと考えられます。
3.企業が知っておくべきカスハラに関連する法律
現行法の下でカスハラに関連する法律として、以下の5つが挙げられます。
企業の経営者や人事労務担当者の方がカスハラ対策を検討する際には、この5つの法律の内容を把握しておくことが必須です。
- 労働契約法
- 労働施策総合推進法
- 労働者災害補償保険法
- 民法
- 刑法などの刑罰法規
(1)労働契約法
労働契約法第5条では、企業は従業員に対して、生命、身体等の安全を確保しつつ労働できるように必要な配慮をしなければならないこととされています。
この義務のことを「安全配慮義務」といいます。
企業がカスハラを防止するための適切な措置を講じないまま、従業員が顧客の不当な言動によって精神的なダメージを負った場合は、企業側に安全配慮義務違反が認められる可能性が高いです。
その場合、企業が従業員から慰謝料などの損害賠償を請求されるおそれがあります。
(2)労働施策総合推進法
労働施策総合推進法に基づき、企業にカスハラ防止措置が義務付けられているわけではありませんが、防止措置を講じることが推奨されていることに注意が必要です。
同法第30条の2第1項では、企業にパワハラ防止措置が義務付けられています。
同条3項では、企業が講じるべき措置に関する指針を厚生労働大臣が定めることとされており、厚生労働省はこれに基づき、いわゆる『パワハラ防止指針』を定めて公表しました。
このパワハラ防止指針の末尾で、「顧客等からの著しい迷惑行為」に関して企業が行うことが望ましい取り組みとして、以下の3つのことが挙げられています。
- 従業員からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
- 被害者への配慮のための取組
- 被害を防止するための取組
(3)労働者災害補償保険法
労働者災害補償保険法は、労働者が業務中または通勤中の事故(労働災害)で負った傷病等に対して必要な保険給付を行う「労災保険制度」について定めた法律です。
そして、厚生労働省が定めた「心理的負荷による精神障害の労災認定基準」には、「顧客や取引先、施設利用者等から著しい迷惑行為を受けた」こと(カスハラ)も労働災害の認定対象として掲げられています。
つまり、従業員がカスハラによって心身に不調をきたした場合には、労災に認定される可能性があるということです。
労災の認定を受けた従業員は、療養(補償)給付や休業(補償)給付などの保険給付を受けることができます。
被災した従業員が労災の申請を希望する場合、企業は申請手続きに協力しなければならないことにも注意しましょう(労働者災害補償保険法施行規則第23条第1項)。
(4)民法
民法には、不法行為者に対する損害賠償請求を可能とする規定があります(同法第709条、第710条)。
不法行為とは、故意または過失により、他人の権利または法律上保護される利益を違法に侵害する行為のことです。不法行為が原因で損害が発生した場合には、加害者に対してその賠償を請求できます。
カスハラ行為によって企業の業績が悪化した場合は、減収分などについて損害賠償請求をすることが可能です。
また、カスハラ行為によって精神的損害を受けた従業員も、慰謝料などの損害賠償を請求できる可能性があります。
(5)刑法などの刑罰法規
カスハラ行為は、以下のように刑法などの刑罰法規に抵触することがあります。
- 脅迫罪(刑法第222条)…大声で従業員を怒鳴りつけた場合など
- 侮辱罪(刑法第231条)…店内で特定の従業員を誹謗中傷した場合など
- 強要罪(刑法第223条)…従業員に土下座による謝罪を強要した場合など
- 恐喝罪(刑法第249条)…言いがかりで金品を要求した場合など
- 暴行罪(刑法第208条)…従業員に暴力を振るったり、物を投げつけたりした場合など
- 傷害罪(刑法第204条)…暴行の結果、従業員が負傷した場合
- 威力業務妨害罪(刑法第234条)…店内での恫喝や執拗なクレームの電話などで業務遂行に支障をきたした場合
- 信用毀損罪(刑法第233条)…SNSなどで企業や従業員に関する悪評を拡散した場合など
- 建造物侵入罪(刑法第130条)…言いがかりをつける目的で社屋に立ち入った場合など
- 不退去罪(刑法第130条)…社屋からの退出を求められても従わず居座った場合など
- ストーカー規制法違反(同法第2条、18条、第19条)…従業員に対するつきまといや待ち伏せを行った場合など
- 軽犯罪法違反(同法第1条5号)…店内でわめく、暴れるなどして他の客に迷惑をかけた場合
このようなカスハラ行為で困ったときは、警察に相談することをおすすめします。
4.カスハラ対策の法制化に向けた動き
パワハラ対策が法制化されたのと同じように、カスハラ対策の法制化に向けた動きも、既に見受けられます。
ここでは、2024年現在の動向をご紹介します。
(1)政府の動き
カスハラが社会問題化している状況を重く見た政府は、自民党内にプロジェクトチーム(PT)を設置し、対策強化に向けて動き出しました。
PTはカスハラへの総合的な対策を検討し、『カスタマーハラスメントの総合的な対策強化に向けた提言』をとりまとめ、2024年5月、岸田首相に申し入れました。
そして、6月にとりまとめられた2024年度の「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」にも、カスハラ対策強化の方向性が盛り込まれています。
今後は、法制審議会などで主に以下の論点について審議が行われ、労働施策総合推進法の改正案が作成されていくと考えられます。
- カスハラの定義づけと具体的な事例のピックアップ
- カスハラ対策マニュアルの作成を各企業に義務付け
- 相談体制の整備を各企業に義務付け
- カスハラ予防に向けた従業員研修を各企業に義務付け
政府は2025年の通常国会にも改正法案を提出する意向であることから、数年中にパワハラ対策と同様にカスハラ対策が法制化される可能性があります。
(2)東京都のカスハラ防止条例の制定へ向けた動き
カスハラ対策の法律制定に先立ち、東京都は全国初のカスハラ防止条例の制定に向けて動き出しています。
2024年4月には都の検討部会で条文のたたき台が示され、そこではカスハラについて「就業者に対する暴行や脅迫などの違法行為、または暴言や過度な要求などの不当で就業環境を害する行為」と定義付けされました。
企業や店舗を利用する人だけでなく役所の窓口を利用する人なども含め、あらゆるサービスを受ける人を対象として、カスハラを「何人も行ってはならない」と禁止する方針です。
事業者に対しては政府の方針と同様に、カスハラ対応マニュアルの作成や相談体制の整備などを求めることとされています。
2024年5月22日には、労働団体や経済団体などとの会議で条例案の内容が了承されました。
都は同年秋の条例制定を目指すこととしています。
東京都のカスハラ防止条例が制定されれば、国の法律が改正される前に、多くの道府県で同様の条例が制定されていく可能性があるでしょう。
5.現時点で企業が講じるべきカスハラ対策
現行法の下でも、従業員を守り、企業の利益を維持するためには、企業としてのカスハラ対策が急務となっています。
各企業において、速やかに以下の対策を進めていきましょう。
国の法改正や都道府県条例が制定されると、概ね同様の対策が求められるはずです。
(1)カスハラ対策マニュアルの作成
カスハラ被害を防止するためには、まず、カスハラの定義や判断基準を明確にし、具体例を自社の業界に特有の事例も含めてピックアップすることが欠かせません。
そして、自社のカスハラに対する基本方針や顧客への対応のルールなどと一緒に、従業員に対して分かりやすく示すことが必要です。
そのためには、各企業においてカスハラ対策マニュアルを策定する必要があります。
マニュアルの内容を検討する際には、厚生労働省が作成した『カスタマーハラスメント対策企業マニュアル』を参照しながら、各社の実情に応じて必要な事項を盛り込んでいくとよいでしょう。
(2)従業員向けの相談窓口の設置
顧客への対応を現場の従業員のみに任せていては、悪質なカスハラには対応しきれないでしょう。
精神的なダメージを負った従業員が離職したり、企業に対して安全配慮義務違反を理由として従業員から損害賠償請求をしたりされるおそれもあります。
そのため、従業員が顧客対応に困ったときや精神的な悩みを抱えたときに、すぐ相談できる窓口を社内に設置しておくべきです。
相談を受けた上司や担当者などが、速やかに現場へ急行して顧客とのトラブル解決を図ったり、従業員のメンタルに配慮した措置をとったりすることができる体制を整えておく必要もあります。
相談窓口の連絡先と連絡方法は、企業のマニュアルにも記載しておきましょう。
(3)従業員向け研修を定期的に実施
相談窓口も掲載したカスハラ対策マニュアルを作成したら、その内容を従業員に周知・徹底する必要があります。そのために、従業員向け研修を定期的に実施しましょう。
日々の業務で発生したカスハラ事例を記録して蓄積していき、定期的な研修でケース・スタディを行うことも、顧客対応のスキルを高めるために有効です。
(4)弁護士に相談できる体制の整備
カスハラ対策の構築は、弁護士の助言を得ながら整備していったほうがよいでしょう。
それでも、悪質性の高いカスハラに遭遇すると、自社の人材のみでは対応しきれないこともあると考えられます。
そんな事態に備えて、弁護士へすぐ相談できる体制を整備しておくことも重要です。
弁護士は企業の代理人として、カスハラ顧客との交渉や、必要に応じて損害賠償請求、警察への通報や刑事告訴などの法的措置も行うことも可能です。
個々の事案に対応しながら、カスハラによるトラブルを予防する体制の改善や損害拡大の防止に努めていきましょう。
問題が発生してから外部の弁護士を探していては、対応が間に合わないおそれがあります。
必要に応じて適時に弁護士のサポートを受けられるよう、弁護士とは顧問契約を結んでおくことをおすすめします。
まとめ
カスハラは現行法の下でもさまざまな法律に抵触しますが、今後は法改正や都道府県条例の制定により、企業にカスハラ対策が義務付けられると考えられます。
カスハラを放置していると、従業員にも企業にも深刻な被害が生じるおそれがあります。
法改正や条例の制定を待たず、各企業は速やかにカスハラ対策を進めることが重要です。
企業法務に強い弁護士へ相談すれば、カスハラに関連する現行法の規定内容を踏まえて、カスハラ対策に関する丁寧なアドバイスが期待できます。
カスハラ問題についてお困りのことがあれば、お気軽に弁護士へご相談ください。
※この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています