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スメルハラスメントで労災認定される?認定基準や注意点を解説
近年、職場などで強烈な臭いを振りまいて周囲の人に不快感を与える「スメルハラスメント」(略して「スメハラ」)が注目されています。
職場でスメハラを受けると、長時間にわたって嫌な臭いにさらされるため、大きなストレスを受けてしまうでしょう。
場合によっては、うつ病などの精神疾患を発症することも考えられます。
では、職場におけるスメハラが原因で従業員が病気になった場合、その従業員は労災に認定されるのでしょうか。
今回は、スメルハラスメントで労災認定される可能性はあるのか、労災の具体的な認定基準や、スメハラ被害者が労災申請を申し出た場合に会社が注意すべき点などについて、分かりやすく解説します。
1.スメルハラスメントで労災認定される?
スメルハラスメントとは、臭いが原因で周囲に不快感を与えるハラスメントのことです(以下、本記事では「スメハラ」といいます)。
まずは、スメハラで労災認定される可能性があるのかという点について解説します。
(1)基準を満たせば労災認定される
結論からいうと、スメハラでも基準を満たせば労災認定されることがあります。
労災とは、「労働災害」の略称であり、業務中や通勤中の事故が原因で生じた労働者の負傷や疾病、障害、死亡のことです。
スメハラのケースでも、業務中に嫌な臭いにさらされたことが原因で疾病を負ったと認められる場合には、労災認定を受けることが可能ということになります。
具体的な労災認定基準については、次章で詳しく解説します。
労災に認定されると、労災保険から療養(補償)給付や休業(補償)給付など、損害の内容に応じて所定の保険給付を受けることが可能です。
(2)スメルハラスメントで発症する可能性がある病気
スメハラで発症する可能性がある病気として、大きく分けると次の2種類が挙げられます。
- 化学物質過敏症による心身の不調
- ストレスの蓄積による精神疾患
化学物質過敏症とは、空気中に含まれる微量の化学物質に反応し、頭痛やめまい、吐き気、倦怠感、うつ状態や不眠など、さまざまな心身の不調をきたす病態のことです。
職場で臭いの発生源となっている人からは、芳香剤や整髪剤、柔軟剤などに含まれる化学物質が常時発散されていることもあります。
このような化学物質を、微量ではあっても長期間にわたって慢性的に吸い込み続けると、化学物質過敏症による心身の不調を発症することがあると考えられます。
また、長期間にわたって嫌な臭いに耐えて業務を遂行することでストレスを蓄積させ、うつ病や不安障害などの精神疾患を引き起こす可能性も十分にあります。
2.スメハラで発症した病気の労災認定基準
労災に認定されるためには、「業務遂行性」(仕事中に発生したこと)と「業務起因性」(仕事が原因で発生したこと)という2つの条件を満たす必要があります。
化学物質過敏症で労災の申請をした場合は、業務起因性の要件について、被害者が健康を害するほどの有害因子(有害な化学物質)にさらされたのかが大きな争点となります。
今までに化学物質過敏症で労災に認定された事例の多くは、高濃度の有害因子にさらされたケースや、相当に高い濃度の有害因子に長期間さらされたケースです。
職場におけるスメハラで、ごく微量の有害因子にのみさらされていたケースでも労災に認定される可能性はありますが、審査では主治医の意見など、医学上の専門的な見解が重視されると考えられます。
ストレスの蓄積による精神疾患については、厚生労働省が「心理的負荷による精神障害の認定基準」という通達で定めた以下の3つの基準をすべて満たす場合に、労災に認定されます。
- 労災の対象疾病に該当すること
- 発症前おおむね6か月間に業務による強い心理的負荷が認められること
- 業務以外の心理的負荷によって発症したものではないこと
以下で、この3つの条件について具体的にみていきましょう。
(1)労災の対象疾病に該当すること
労災の対象となる精神障害は、「ICD-10」(国際疾病分類)において「精神および行動の障害」として掲げられた障害のうち、器質性のものと有害物質に起因するものを除いたものとされています。
うつ病、双極性感情障害などの気分障害や、不安障害、強迫性障害などの神経性障害は、労災の対象疾病に該当します。
(2)発症前おおむね6か月間に業務による強い心理的負荷が認められること
対象疾病の発症前、おおむね6か月間に業務による強い心理的負荷が認められなければ、業務起因性が否定され、労災に認定されません。
起因性が肯定されるためには、発症前おおむね6か月間に業務上の出来事があり、その出来事およびその後の状況による心理的負荷が、客観的に見て対象疾病を発症させるおそれがあるほど強いものと認められる必要があります。
この判断は、精神障害を発症した従業員の主観を問題にするのではなく、一般的に同じ状況に置かれた人がどう受け止めるかという観点から行われます。
スメハラのケースでは、被害者がうつ病などの精神障害を発症する前おおむね6か月間に、職場で強烈な臭いにさらされ、業務に支障が出ていたか、業務を遂行するために強度の精神的ストレスを受けていたと認められることが必要です。
この事実を客観的に証明するためには、被害者本人の言い分だけを聞くのではなく、同じ職場で働いていた他の従業員の証言などが重要となるでしょう。
(3)業務以外の心理的負荷によって発症したものではないこと
上記2つの条件を満たしていたとしても、業務以外の心理的負荷によって発症したものと認められる場合は、業務起因性が否定され、労災に認定されません。
例えば、スメハラの事実が認められたとしても、被害者の離婚や金銭トラブル、身内の不幸など、プライベートな出来事が主な原因となってうつ病などを発症したと認められる場合は、労災に認定されないことになります。
スメハラ以外に特段の心理的負荷がなかったか、あったとしても軽度のものであれば、労災に認定される可能性があります。
3.スメハラ被害者が労災申請を申し出た場合の注意点
うつ病などを発症したスメハラ被害者が労災申請を申し出てきた場合、会社は次の3点に注意して対処しなければなりません。
- 企業には助力義務がある
- 事実関係の調査は慎重に行う必要がある
- 被害者から慰謝料を請求されるおそれがある
以下で、具体的にどのようなことに注意すればよいのかを解説します。
(1)企業には助力義務がある
労災申請を希望する従業員自身が申請手続きを行うことが難しい場合には、会社は、申請手続きをサポートしなければなりません(労災補償保険法施行規則第23条第1項)。
この義務のことを「助力義務」といいます。
労働災害が発生した事実を表に出したくないからといって、従業員に労災申請を思いとどまらせるように説得したりすると、「労災隠し」に該当する可能性があるので注意が必要です。
悪質な労災隠しが発覚すると、企業や事業主に罰金50万円の刑罰が科せられるおそれがあります(労働安全衛生法第120条第5号、100条第1項、3項)。
会社としては労災に該当しないと考えている場合でも、従業員の労災申請を妨害すると労災隠しに該当する可能性があるので注意しましょう。
その場合には、労災申請の手続きに助力した上で、「意見申出制度」(労災補償保険法施行規則第23条の2)を活用し、会社としての意見を労働基準監督署へ申し出ることが有効です。
(2)事実関係の調査は慎重に行う必要がある
スメハラによる被害を訴える従業員がいる場合、会社としてはまず、事実関係を調査して確認する必要があります。
労働基準監督署へ会社としての意見を的確に申し出るためにも、職場におけるスメハラ被害の再発を防止するためにも、事実関係の調査・確認は極めて重要なことです。
ただし、臭いの発生源となっている加害者本人への指摘や事情聴取は、慎重に行わなければなりません。
なぜなら、体臭や口臭等はプライバシー性の高い事項であると考えられているため、加害者を責めるつもりはなくても、言い方によっては侮辱やいじめに該当してしまうおそれがあるからです。
場合によっては、臭いを指摘したり、その原因を執拗に尋ねたりする行為がパワハラやセクハラに該当し、新たなトラブルを招くことにもなりかねません。
加害者に対応する際には、それとなく事実を聞き出したり、事業主や人事部門の担当者などが個室に呼び出すなどしてプライバシー保護に配慮した上で、慎重に話すようにしましょう。
(3)被害者から慰謝料を請求されるおそれがある
スメハラの被害者が労災に認定された場合には、被害者から会社に対して慰謝料請求をしてくるおそれがあります。
なぜなら、労災保険からは慰謝料が支給されないため、被害者は別途、加害者や会社に対して慰謝料を請求することが可能だからです。
この点、被害者が労災認定されたということは、被害者の疾病が業務に起因して発生したものであると認められたということを意味します。
そうであれば、加害者の不法行為責任に基づく損害賠償責任(民法第709条、第710条)はもちろんのこと、事業主の使用者責任(民法第715条1項)あるいは安全配慮義務違反(労働契約法第5条)に基づく損害賠償責任が認められる可能性も高いといえます。
被害者は労災の認定結果とは無関係に、加害者や会社に対して損害賠償請求ができる可能性もありますが、労災に認定された場合には損害賠償請求が認められやすいといえるのです。
そのため、労災に認定されなかったケースと比べて、被害者が会社に対して損害賠償請求をしてくるケースが多いです。
4.スメハラ問題で弁護士に相談・依頼するメリット
スメハラ問題で困ったときは、弁護士へのご相談・ご依頼を強くおすすめします。
企業法務の経験が豊富な弁護士へのご相談・ご依頼によって、次のようなメリットが得られます。
- 被害者との交渉を任せられる
- 再発防止策についてのアドバイスを受けられる
(1)被害者との交渉を任せられる
スメハラ被害者から訴えられた場合は、弁護士が会社側の代理人として被害者と交渉してくれます。
事業主や担当者などが被害者への対応に時間や手間を費やす必要はなくなります。
労災認定の有無にかかわらず、会社に損害賠償責任がないという主張が成り立つ場合には、慰謝料を支払わない方向で交渉を依頼することが可能です。
弁護士が法的な観点から論理的に交渉し、慰謝料請求を断念するように説得を図ってくれます。
一方で、穏便に解決したい場合には、適正な条件での和解を目指して交渉してもらうこともできます。
(2)再発防止策についてのアドバイスを受けられる
事業主は、従業員が安全を確保しつつ労働するために必要な配慮をすべき「安全配慮義務」を負っています。
スメハラは加害者の周囲の従業員に不快感を与えて就業環境を悪化させるものですので、事業主は安全配慮義務に基づき、再発防止策を講じなければなりません。
しかし、スメハラは近年になって社会的な注目を集めているものの、セクハラやパワハラほどに認知されている訳でもありませんし、事業主がどのような対策を講ずればよいのかについての公的な指針も策定されてはいません。
そのため、多くの会社では、再発防止のために何をすればよいのかわからないというのが実情でしょう。
その点、企業法務の経験が豊富な弁護士に相談すれば、さまざまなハラスメント問題に対処してきた経験と幅広い法律知識に基づき、スメハラの再発防止策についても有益なアドバイスを受けることができます。
まとめ
スメハラで労災に認定された事例は、現在のところ多くはありません。
しかし、かつてのセクハラやパワハラがそうであったように、今後は職場におけるスメハラを許してはならないという社会的な機運がさらに高まる可能性も十分にあります。
それに伴い、労災に認定されたり、慰謝料請求などが裁判で争われるケースも増えてくることが予想されます。
事業主は安全配慮義務を負っていますので、スメハラ問題が社会的に認識されつつある現在において、防止対策を講じておくことが重要です。
効果的なスメハラ防止対策を講じるためにも、企業法務の経験が豊富な弁護士へお気軽にご相談ください。
※この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています