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収益認識に関する会計基準の強制適用が迫る|法律実務への影響

2020年2月20日
収益認識に関する会計基準の強制適用が迫る|法律実務への影響

売上高や営業収入など、呼び方は業種によっても異なりますが、収益は損益計算書のトップラインであり、企業の営業活動からの成果を示す極めて重要な財務情報です。
しかし、日本では昭和24年に公表された企業会計原則において「売上高は、実現主義の原則に従い、商品等の販売又は役務の給付によって実現したものに限る。」旨の規定があるものの、収益認識に関する会計処理の包括的な基準というものはありませんでした。

 

その一方で、国際的には国際会計基準審議会(IASB)と米国財務会計基準審議会(FASB)が共同して収益認識に関する包括的な会計基準に関する整備を進め、2014年にはIFRS第15号(米国会計基準においてはTopic 606)が公表され、IFRSと米国会計基準により作成される財務諸表においては、収益認識については概ね同一の当該基準が適用されるようになっていました。
このような中で日本の会計基準を国際的な会計基準に近づける試み、いわゆるコンバージェンスが収益認識についても必要となっていました。

 

こうした中で企業会計基準委員会(ASBJ)は、2018年3月30日、「収益認識に関する会計基準」及び「収益認識に関する会計基準の適用指針」を公表しました(以下では、「収益認識に関する会計基準」を「収益認識基準」といい、「収益認識に関する会計基準の適用指針」を「収益認識適用指針」といい、両者をあわせて「収益認識基準・適用指針」といいます。)。
収益認識基準・適用指針は、2021年4月1日以後に開始する連結会計年度及び事業年度の期首から強制適用されるものですが、早期適用として任意に適用することも認められています。
この記事では、収益認識基準・適用指針の適用に際して法的解釈が問題となりうる場面について解説します。

 

1.収益認識基準の基本的な考え方

収益認識基準の基本的な考え方

(1)考え方の5つのステップ

収益認識基準・適用指針が公表される以前、日本では収益認識に関する会計処理の包括的な基準というものはありませんでした。
収益認識基準・適用指針ができたことによって、収益認識における基本原則となる考え方が明確化され、会計処理は一定の制約を受けることになります。

収益認識基準・適用指針の考え方では、次の5つのステップを経て、契約から生じる収益を認識するものとされています。

ステップ1:顧客との契約を識別する。
ステップ2:契約における履行義務を識別する。
ステップ3:取引価格を算定する。
ステップ4:契約における履行義務に取引価格を配分する。
ステップ5:履行義務を充足した時に又は充足するにつれて収益を認識する。

 

このように収益認識基準・適用指針の考え方には、「契約」や「履行義務」のような法的概念が導入されています。
もちろん会計基準において法的概念が会計処理の基礎になることは珍しいことではありません。
例えば、「資産除去債務に関する会計基準」においては、資産除去債務の定義付けの中で、「当該有形固定資産の除去に関して法令又は契約で要求される法律上の義務」との表現が用いられており、法律上の義務か否かについて法令や契約の解釈が問題点となり得ることがわかります。
しかし、収益については経営者にとっても投資家にとっても極めて重要な財務指標であり、それだけに収益認識の考え方における法的解釈を要する法的概念の存在は影響が大きいと考えられます。

(2)具体的な適用例

上記の5つのステップの具体的な適用例について、収益認識適用指針の設例を元に説明します。設例の前提条件は下記のとおりです。

①当期首に、A社はB社(顧客)と、標準的な商品Xの販売と2年間の保守サービスを提供する1つの契約を締結した。
②A社は、当期首に商品XをB社に引き渡し、当期首から翌期末まで保守サービスを行う。
③契約書に記載された対価の額は12,000千円である。

上記設例につき、どのように適用されるかを見てみましょう。

ステップ1:上記①にいう1つの契約を識別します。
ステップ2:商品Xの販売と保守サービスの提供の2つの履行義務を識別します。
ステップ3:取引価格を上記③の対価の額から12,000千円と算定します。
ステップ4:契約における履行義務である商品Xの販売と保守サービスの提供について、それぞれの独立販売価格に基づいて、取引価格12,000千円を配分します。ここでは商品Xの取引価格を10,000千円、保守サービスの取引価格を2,000千円として配分するものとします。
ステップ5:履行義務の性質に基づいて収益を認識します。商品Xの販売は引渡しの一時点で履行義務を充足するものと判断し、引渡し時に収益を認識します。一方、保守サービスの提供は一定の期間にわたり履行義務を充足するものと判断し、当期及び翌期の2年間にわたり収益を認識します。

したがって、このように収益認識基準・適用指針を適用した場合、当期において認識する収益は11,000千円となります。

2.法的解釈が問題となると考えられる部分

それでは、収益認識基準・適用指針においては、どのような部分で法的解釈が問題点となるのでしょうか。
この記事の執筆時点では収益認識基準・適用指針に関する実務の蓄積も少ないですが、いくつかの考えうる点について、以下で解説します。

(1)ステップ1における「契約」との関係

①「契約」の意義

まずステップ1では「顧客との契約を識別する。」ことが要求されています。
「契約」については、「法的な強制力のある権利及び義務を生じさせる複数の当事者間における取決め」として定義されています(収益認識基準5項)。
このように収益認識基準・適用指針における「契約」の定義は収益認識基準5項において定められているものであり、法律上の契約であることがただちに収益認識基準・適用指針における「契約」に当たるわけではありません。
とはいえ、定義の中に「法的な強制力」という文言が含まれていることからもわかるように、法的概念が用いられていますし、法律上の契約であれば通常は「契約」に当たると考えられます。

②契約の内容が明確か

収益認識基準・適用指針との関係では、契約が書面で成立したか口頭で成立したかは問われません。
したがって、収益認識基準・適用指針を適用するうえで、顧客との契約について必ず契約書を作成しなければならないというような制約はありません。
ただし、契約は収益認識基準・適用指針の中心的概念であり、契約条件の内容は収益認識の各ステップに大きな影響を与えます。
このため、口頭での契約の場合に契約条件の内容が不明確となり、収益認識の会計処理に疑義が生じないかは注意が必要と考えられます。

書面で契約が成立した場合でも契約条件の内容が不明確であれば、同様の問題が生じる可能性はあります。
弁護士による契約書レビューを受けていない契約書の場合には、これを機に契約書レビューを受けることを検討してみてはいかがでしょうか。
また、弁護士による契約書レビューを受けた契約書であれば、契約条件の内容は明確になっているとは思われますが、今後は社内での契約書レビューにおける観点の一つとして、会計処理への影響も考慮することが望ましくなることも考えられます。
社内においても法務担当部門と経理担当部門とが適切に連携を取り合うことが必要でしょう。

③契約の結合について

また、収益認識基準27項には、同一の顧客と同時又はほぼ同時に締結した複数の契約について、単一の契約とみなして処理する場合がある旨の、契約の結合に関する規定が置かれています。
ここで言う「同一の顧客」には、当該顧客の関連当事者を含むものとされていますから、単に契約の相手方が別であるというだけでは、契約の結合がないとは断定できません。
この点の判断のためには、法務担当部門から経理担当部門に対して、契約の相手方同士が親会社と子会社の関係にあるかなど、情報が提供される必要があるでしょう。

(2)ステップ2における「履行義務」との関係

ステップ2では「契約における履行義務を識別する。」ことが要求されています。
「履行義務」については、顧客との契約において、次のいずれかを顧客に移転する約束をいうものと定義されています(収益認識基準7項)。

①別個の財又はサービス(あるいは別個の財又はサービスの束)
②一連の別個の財又はサービス(特性が実質的に同じであり、顧客への移転のパターンが同じである複数の財又はサービス)

履行義務をどのように別個のものとして、どう細分化して識別していくかは、収益認識基準・適用指針の適用に際しての実務上の問題であると考えられます。
顧客との契約の中で顧客に移転するものとされている、財又はサービスを識別するに当たって、まず契約上顧客に移転するものとされている財又はサービスの見落としがないようにしなければなりません。
契約書などに記述された内容が不十分・不明確であった場合、識別すべき履行義務について見落としをする危険が考えられます。

(3)ステップ5との関係

①途中終了時の対価を収受する権利

上記の他に、ステップ5との関係で、一定の期間にわたり充足される履行義務について、履行完了部分についての対価を収受する強制力のある権利の有無が問題点となる可能性があります。
例えば、一定期間にわたってコンサルティング・サービスを提供する契約のような場合に、途中で業務提供が終了したときに対価を収受する権利があるかが問題となります。

この点、契約書の中で途中終了時の対価を収受する権利について明確に定められていれば、それによることになると思われます。
しかし、実務の中では、契約期間途中での終了はややイレギュラーな事態であるためか、契約書において途中終了時の取扱いについての定めが置かれていない場合も見受けられます。
もとよりお金の支払いにも関係することですから、契約書において定めておくことが望ましいと考えられます。

②法律や判例の考慮

また、収益認識適用指針13項において、履行完了部分についての対価を収受する強制力のある権利の有無の判断に当たっては、法律や判例を考慮せよということが明文上規定されています。
法律の解釈はもちろんのこと、判例については前提となる事案の違いなども踏まえる必要がありますので、法律専門家の利用が必要になる場面ではないかと思われます。

3.まとめ

収益認識基準・適用指針に関する実務は今後蓄積されていくと思われますが、収益という極めて重要な財務指標に関することですので、注視が必要です。
特に顧客へのポイント付与、製品保証、返品権付きの販売等の、収益認識における個別論点となるような取引を、ビジネスモデルとして持っている企業においては尚更です。
収益認識基準・適用指針の考え方における各ステップにおいて法的解釈が問題となるような場面が想定されるため、収益認識基準・適用指針の適用に当たっては、公認会計士や税理士などの会計専門家の利用に加えて、弁護士のような法律専門家の利用も必要となる可能性があるのです。

 

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※この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています

弁護士・公認会計士森田 雄介
大阪大学法学部卒業、立命館大学法科大学院修了。司法試験合格後、司法修習を経て、地方公共団体において勤務し、入札・契約関連の業務に従事する。その後、公認会計士試験(論文式)合格を経て、大手監査法人において勤務し、財務諸表監査、内部統制監査、IPO支援等の業務に従事する。2019年6月にベリーベスト法律事務所に入所。多様な業務経験と弁護士・公認会計士のダブルライセンスをバックグラウンドに、多角的な視点からのアドバイスを心掛けており、個人向け・法人向けを問わず幅広い業務を手掛ける。
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