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契約書作成の基礎 (3)目的物の滅失、品質について
1. はじめに
今回は、① 目的物が滅失した場合の責任(危険負担)、および、② 目的物の品質に関連する条項(品質保証)の2つの事項につき注意点を説明していきたいと思います。
災害等が多い昨今においては、滅失した場合の責任は重要性のが高いテーマになっていますし、また、メーカーに対する品質保証責任の要求は年々厳しくなってきていますので、契約書の条項に不備がないか確認が必要です。
2. 危険負担
(1)改正民法の影響
本年(2020年)4月1日から施行されました改正民法によると、特定物の危険負担について、民法534条は廃止され、適用場面が多いと考えられる売買の規定の中に、民法567条として、新たに規定が新設されました。
新民法567条1項は、「売主が買主に目的物(売買の目的として特定したものに限る。以下この条において同じ。)を引き渡した場合において、その引渡しがあった時以後にその目的物が当事者双方の責めに帰することができない事由によって滅失し、又は損傷したときは」、売主から買主に危険が移転するものと定めています。
つまり、売買の目的物が引渡し後に滅失または損傷した場合には買主が危険を負担し、滅失等した物の代金支払い義務を免れず支払わなければなりません。
この民法の規定は私人間の取引だけでなく、企業等の商人が行う取引にも適用されます[1]。
旧民法によれば、特定物に関し、債権者主義(債権者が危険を負担)をとっていたため、目的物が滅失等した場合、引渡しがなくても、買主(債権者)は、代金の支払義務を負っていました。
そのため、民法改正以前においては、買主は、引渡し前に目的物が滅失等した場合に売主が責任を負う内容の条項を契約書に盛り込むことが普通でした。
それに対し、改正民法によれば、引渡し後に物が滅失等した場合に買主が危険を負担しますので、引渡し前に目的物が滅失等した場合には買主は代金の支払義務を免れることとなりました。
このため、契約書に明記しなくとも、買主が代金の支払義務を負うことはなくなりました。
(2)検収完了後の危険移転
買主は、目的物の商品代金を支払う側であるため、契約書の交渉上、有利な立場になるのが通常と言えます。
そのため、買主は、可能であれば、目的物の滅失等に関する責任の移転時期を遅くするよう交渉すべきです。
具体的には、目的物の検収をして買主が合格と認めた時期以降に、目的物の滅失等に関する危険が移転するという内容が望ましいでしょう。
というのは、滅失は別として、買主が納品時に簡易な数量や外観のチェックをして受領証を交付して目的物を受領したことによって物理的に自己の支配下に置かれたとしても、その後の検収や受入検査によって損傷が発見された場合、この損傷につき当然に買主が責任を負う合理性はないからです。
このようにすることで、目的物の品質に疑義がある場合には、買主は目的物の滅失等に関する責任を回避することが可能です。
一方、売主側から考えますと、引渡し時に危険が移転すること、または、削除(民法第567条を適用)することの交渉をすることになります。
他社にない特殊な製品や技術を持っている場合には、この条項に限らず、大手企業の買主に対しても交渉すべきです。
3. 品質保証
(1)メーカーが気を付けるべき内容
メーカーと買主との取引基本契約、製造物供給契約等において、買主(注文者)は、高度の品質、管理体制等を要求してくることがあります。
メーカーは、安易に買主(注文者)が求める過剰な契約の内容に合意をすると、厳しい要求に応えるための高額な検査機器の購入や早急な技術開発費の予算化・承認の外、完成品の使用者が損害を負った場合に債務不履行責任に基づく多額の損害賠償責任を負うことになります。そのため、品質保証の内容は、重要です。
本来、法的には、目的物の性質は、特定物であれば、「その引渡しをすべき時の現状でその物」(民法483条、不特定物であれば、「中等の品質を有する物」(民法401条1項)であればよいはずなのですが、メーカーは、買主(注文者)の意向を酌んで、品質に関して過度な負担を強いられることも少なくありません。
完成品メーカーは消費者に対して製造物責任を負いますし、特に人の生命・身体に係わる自動車、オートバイ、電車の車両、旅客機等飛行機などの交通関係の製品メーカーや医療機器メーカーなどと部品メーカーとの取引では部品メーカーに対して厳しい品質管理が要求されます。
また、完成品メーカーも部品メーカーも、JISの外、国際基準の品質マネジメントシステムであるISO 9000シリーズの認証を維持し品質管理体制を整備し確実に運用しないと全く取引ができない状況にあり、且つ、欧州RoHS指令など各国の規制を遵守して人体や環境を害する化学物質の管理も厳しく行わなければなりません。
これらの要求が仕様書や注文書などに記載され、現場では遵守されています。
昨今は、このような事情もあり、取引基本契約や製造物供給契約と共に、「目的物の品質保証については、本契約に定める事項の外、甲乙間で別途締結する品質保証協定書によるものとする。」として品質保証協定書をセットで同時に締結することが主流になりつつあります。
このような状況の中で、度を過ぎるような要求がなされることもあり、各国の独禁当局の調査が入ることもあります。
そこで、以下では、買主(注文者)が通常要求してくる条項につき説明したいと思います。
なお、甲は買主や注文者、乙はメーカーを指します。
- 甲の要求を満足する品質及び性能を有していることを保証する。
この内容は、買主や注文者が品質や性能に関して満足するかどうか判断をするという主観的な内容が含まれているため、トラブルになりやすい内容です。
「〇〇に定める仕様に適合し、甲および市場の要求に満足する品質であり、性能を有することを保証する。」という条項も良く見ます。
「市場の要求」も抽象的な概念です。
メーカー側は、このような内容を盛り込むべきではなく、仮に盛り込むのであれば、具体的にどういった品質を保証するのか明確な内容を盛り込むべきでしょう。
しかし、契約書に各国法令や国内・国際規約や基準の改正や業界の技術の進歩により変化する具体的な保証内容を記載するのは困難です。
結局、品質保証の交渉の本丸は、基本契約書や品質保証協定書の条項交渉ではなく、仕様書や図面、規格書その他資料の内容についての交渉であり、そこに記載された具体的な補償内容の数値についての交渉です。
- 乙は、製品の製造に関する品質保証体制を確立、整備しなければならない。
このような条項も取引基本契約では良く見ますが、これを契約書に盛り込めば、買主(注文者)から、十分な品質保証体制が整備されていないなどとクレームをつけられ、メーカーは、体制の改善のために高額の費用負担を強いられることもあります。
そのため、メーカーの立場からすれば、品質保証体制の確立、整備等に関する内容は、契約書に盛り込まなくてもよいのであれば、盛り込むべきではないでしょう。
ただ、買主側の企業の中には、購入する製品の品質管理のためには売主の製造工場を監査して基準を満たした認定工場でしか生産・製造を許さないルールを持ち契約書の条項に入れる企業も少なくありません。
特に交通機関や医療など人の生命・身体に係わる完成品を製造する企業にとってはその責任上強く要求してくることがあります。
これに比較すると緩やかな要求である上記条項の削除を要求する交渉をする場合、メーカーとして当然なすべき品質管理体制の確立・整備すらできない会社からは購入しないとの買主側の反応に対する説得的な説明は難しいところです。
そして、買主のひな形契約書には通常、次の品質管理体制について監査条項があります。
- 甲は、乙の品質管理状況の調査をするため、乙の施設に立ち入り、調査をすることができる。
メーカーの工場の中には、製造のノウハウ等企業秘密にすべき内容も当然含まれていますので、買主(注文者)が安易に工場に立ち入ることができるような内容を契約書に盛り込むことは認めるべきではありません。
しかし、このような監査条項の削除の交渉も説得的な理由を以って行うことは難しいところです。
仮に、買主や注文者側が当該条項を盛り込むことを強く要求されてきた場合には、メーカー側は、「ただし、甲は、乙が第三者に開示をしていない機密情報、ノウハウを調査することができない。」、「乙の施設への立ち入り方法は、甲及び乙が協議の上、決定する。」、「甲は必要な範囲において乙の同意を得て」といった内容を盛り込むなどして、企業秘密となり得る情報が外部に漏れることがないよう対応すべきでしょう。
また、工場監査の際には、製造ラインのマシンの並べ方一つも企業秘密ですから製造現場のフロアーは見せたくないので、できるだけ工場長室、応接室や会議室で工場長や担当者の説明の時間を長くとり、入庫や出荷管理・検査のところを見せるようにし、製造現場のフロアーについては工場監査ルートを図面にして工場の壁や掲示板に貼ると共に、工場のフロアーに工場監査用の色のテープを張ってそのルートから監査員が出ないよう案内担当の社員らが十分に気を付けようにする必要があります。
- 目的物の保証期間は受入検査を完了した日から1年とし、甲は、当該保証期間中に生じた故障等については、乙の責めに帰すべき場合を除き、無償にて修理しまたは代替品と交換するものとする。
電子部品会社と電気製品会社との電子部品の取引基本契約書では通常1年、偶に2年ですが、車メーカーやティア1と部品メーカーとの取引では、車の耐久性が長く且つ車のビジネスの足が長いことから、3年、5年の保証期間を要求されることもあります。
また、保証期間の起算日を納品の日の外、他の製品に組み込んだ日や消費者への販売時とすることもあります。
更に、期間ではなく、車の走行距離としたり、走行距離と期間の組み合わせとしたりすることもあります。
温度、湿度、気圧、振動、衝撃、防水、粉塵、塩分などの信頼性テストの中でも、特に長時間の高熱や振動の耐性テストはしますが、製品の性質によっては車の駆動機関周辺の高熱と振動の条件下ではこのような長期の保証はできない場合もあり、取引基本契約書締結後の個別契約の交渉でも製品特性に応じた具体的且つ細かな条件交渉が重要です。
(2)保証書
完成品メーカーが販売店に製品を売る場合やメーカーから製品を購入した販売店が消費者に商品をする場合、保証書を付けて販売します。
例えば、電気製品電化製品などのメーカーは、製品に関する保証書を作成することが多く、一般的な保証書は、製品に不具合があった際に、交換、修理等を行うものです。
メーカーは、保証の範囲が広くならないように気を付けなければなりません。
以下、保証書を作成する上で、注意すべき点を説明いたします。
ア 保証内容
商法及び民法改正により、製品に不具合があった場合、買主(注文者)は、契約不適合責任(商法526条、民法566条、559条)に基づき、履行の目的物の修補、代替物の引渡しおよび不足分の引渡しを請求することができます。
メーカーは修補に多額の費用が掛からないのであれば、修補にて対応を望むことが多いはずです。
そのため、メーカーは、自らの判断により、修補、代替物の引渡しのいずれかを選択できるという保証内容にしておくべきです。
イ 保証期間
保証期間は、民法のに契約不適合責任の期間(民法566条)[2]に合わせて、1年とすることが慣習となっています[3]。
電気製品会社の電気製品の保証期間は1年ですが、より長い保証期間が慣習となっている業界もあります。
売主である企業は、各種契約で保証した各種製品の各バージョンごとに、各個別契約の保証期間の満了日が最も遅い日まで、当該製品の在庫と補修部品を品質が劣化しない環境条件下で倉庫などで保管・管理する義務を負うことになります[4]。
ウ 免責事項
保証書の免責事項は、各製品の性質に応じて個別に考えなければなりません。
以下では、保証書に記載することが多いと思われる内容を記載いたします。
- 説明書、仕様書等に定められた使用方法とは異なる取り扱いをした場合
- 目的物の設置がメーカーの指定する方法以外の方法で設置された場合
- 火災、自身、水害、暴風、地盤沈下、落雷、津波、塩害、その他天災による場合
- 急激な温度変化による変形、破損等の場合
- 輸送、移動時の落下等の事情による場合
- メーカーの指定する修理、加工以外の方法により修理、加工された場合
- 通常の用途[5]ではない使用方法による場合
- 使用者の管理方法に問題があった場合
- 通常の摩耗、経年劣化による場合[6]
- メーカーの責めに帰することができない事由による場合[7]
4. まとめ
今回は、目的物の滅失や目的物の品質に関連する内容を説明してまいりました。
民法改正の影響を受け、今後、契約書の修正を考えるべき内容が増えています。
特に、これまで取引基本契約書や保証書に盛り込んでいた内容が民法改正(それに伴う商法改正)の内容に適合しない可能性も出てきておりますので、取引基本契約書については、売主であるメーカーは買主(注文者)が準備する契約内容を、また、保証書については、買主(注文者)はメーカーの準備する保証書の内容を確認することなく漫然と署名せず、必要があれば修正を求めていくべきです。
[1] 民法第567条には商事に適用する旨の文言はありませんが(商法第1条1項)、商法に危険負担の規定がなく、確立した商慣習もありませんので(商法第1条2項)、企業の商行為にも本民法の規定が適用されます。
[2]民法第566条は買主が不適合を知ったときから1年と規定しますが、契約不適合責任は商法にも規定(526条)がありますので、民法第566条は企業間の売買には適用がありません。商法第526条2項は買主が納品の際の検収で不適合を発見できなかった場合は(民法のように知ったときからでなく)受領のときから6か月以内に発見したときは責任追及できると規定します。商人間の売買かそうでないかで、適用が商法か民法か変わってくるため、注意が必要です。
[3]製造物責任法によれば、目的物の欠陥に起因して他人の生命、身体、財産を侵害した場合には、メーカーは、目的物の引渡しから10年間、損害を賠償する義務を負います。そのため、保証書にいかなる定めをしたとしても、目的物の欠陥から何らかの損害を発生させた場合には、メーカーは、当該損害を賠償しなければなりません。
[4]JEMA(The Electrical Manufactures’ Association)では、保証期間にかかわらず、家電メーカーが消費者からの故障した家電製品の修理に応じられるよう、補修用性能部品につきその製品の製造終了からの保有期間を定めています。
[5]「通常の用途」かどうかという点は解釈の余地のある表現となっております。敢えて解釈の余地がある内容を盛り込むことで、メーカーは、協議により、買主、注文者に保証対応を諦めさせる、修理費用を一部負担させるなど、柔軟な対応が可能となります。ただし、解釈の余地がある内容だけではなく、解釈の余地が少ない免責事項を複数盛り込むことは大前提になります。
[6]保証期間を長くするのであれば、念のため盛り込んでおくべき内容でしょう。
[7]契約不適合責任が発生するためには、メーカー(売主=債務者)の責めに帰すべき事由は要求されていませんので、保証書に免責事由として「メーカーの責めに帰することができない事由」を盛り込むと、商法(526条)や民法(566条、559条)の保護する範囲よりも狭い保証内容となります。今後、買主(注文者)は、保証書につきこの免責事由を削除する交渉を考えてもよいでしょう。
※この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています