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カスタマーハラスメント対策マニュアルとは?必要性や作成方法を解説
カスタマーハラスメント対策マニュアルとは、近年、社会問題化しているカスタマーハラスメント(カスハラ)に適切に対処できるようにするために、各企業で策定することが求められているマニュアルのことです。
顧客から企業に対する理不尽なクレームや嫌がらせなどのカスハラを放置すると、従業員の心身にダメージを及ぼすとともに、会社の業績も悪化するおそれがあります。
カスハラから従業員や会社を守るためには、カスハラに対する基本方針や具体的な対応手順などを会社の実情に応じてとりまとめた「マニュアル」を策定することが重要です。
しかし、マニュアルの作成方法が分からず、カスハラ対策に苦慮している企業も多いのではないでしょうか。
そこで今回は、カスタマーハラスメント対策マニュアルの作成でお悩みを抱えている経営者の方のために、以下の事項について分かりやすく解説します。
- 企業独自のカスタマーハラスメント対策マニュアルを作成する必要性
- カスタマーハラスメント対策マニュアルの作成方法
- 社内マニュアルを活用してカスハラ対策を進める流れ
企業法務に強い弁護士に相談すれば、豊富な経験に基づくアドバイスを受けて、万全なマニュアルを作成できるようになるでしょう。
1.各企業がカスタマーハラスメント対策マニュアルを作成する必要性
各企業がカスタマーハラスメント対策マニュアルを作成する必要性として、次の5点が挙げられます。
- 企業の業績悪化を防止するため
- 従業員のパフォーマンス低下や離職者の増加を防止するため
- 他の顧客への悪影響を防止するため
- 被害を受けた従業員から企業への損害賠償請求を回避するため
- 厚生労働省の「指針」によりカスハラ対策が求められているため
各項目について、具体的にみていきましょう。
(1)企業の業績悪化を防止するため
カスタマーハラスメント対策マニュアルを作成しておくことは、企業の業績が悪化するのを防止するために必要です。
顧客から理不尽なクレームや不当な要求を受けると、従業員の業務に支障をきたしてしまいます。
担当の従業員だけで解決できない場合には、その上司なども対応にあたらなければならず、カスハラへの対応に過分な手間やコストがかかってしまうでしょう。
カスハラ顧客がSNSなどで企業の悪評を拡散させた場合は、風評被害で企業の業績が悪化することも珍しくありません。
カスハラによる業績悪化を防止するためには、事前に企業としての対策をとりまとめたマニュアルを作成し、いつカスハラに遭遇しても適切に対処できるようにしておくべきです。
(2)従業員のパフォーマンス低下や離職者の増加を防止するため
従業員のパフォーマンス低下や離職者の増加を防止するためにも、カスタマーハラスメント対策マニュアルを作成しておく必要性があります。
従業員が顧客から理不尽なクレームや不当な要求を受けると、心身に大きなダメージを受けてしまいます。
従業員も人間なので、萎縮や精神的疲労、カスハラ顧客への怒りなどの感情から、パフォーマンスが低下するおそれがあります。
また、カスハラ顧客への対応で疲弊した従業員は、精神的ストレスから免れるために退職や転職を考えることも少なくありません。
従業員のパフォーマンス低下や離職者の増加は、生産性の低下に直結するため、企業の業績悪化を招く可能性も高いです。
顧客に直接対応する従業員に過度な負担をかけないようにするためには、あらかじめ社内マニュアルを作成しておき、従業員が困った際には直ちに会社として対応できる体制を整えておくべきです。
(3)他の顧客への悪影響を防止するため
カスハラを放置すると、他の顧客にも悪影響が及ぶ可能性が高いです。
カスハラ顧客への対応に手間をとられると他の顧客への対応が後回しになり、納品が遅れたり、サービスの質が低下したりするでしょう。
飲食店や小売店などの店内でカスハラ顧客が迷惑行為を働くと、その光景を見た他の顧客が「もうこの店に来るのはやめよう」と考えることにもなりかねません。
このような他の顧客への悪影響を防止するためにも、カスハラ顧客への対応方法をマニュアル化しておく必要性があります。
(4)被害を受けた従業員から企業への損害賠償請求を回避するため
カスタマーハラスメント対策マニュアルを作成することは、カスハラ被害を受けた従業員から企業への損害賠償請求を回避するためにも必要です。
企業は、従業員が健康を保持しつつ安心して就業できるようにするために配慮しなければならないという「安全配慮義務」を負っています(労働契約法第5条)。
カスハラへの対応策が不十分なまま、従業員が理不尽なクレームなどで心身にダメージを負った場合、企業の安全配慮義務違反が認められる可能性があります。
その場合、従業員は企業に対して慰謝料などの損害賠償の請求をすることが可能です(民法第709条、第710条)。
このような損害賠償請求を回避するためには、事前に企業がカスハラへの対応策をとりまとめたマニュアルを作成し、その内容を全従業員に周知・徹底しておくことが適切です。
(5)厚生労働省の「指針」によりカスハラ対策が求められているため
各企業は厚生労働省の「指針」によりカスハラ対策を求められており、その一環として、カスタマーハラスメント対策マニュアルを作成することが適切です。
ここでいう厚生労働省の「指針」とは、各企業がパワーハラスメント(パワハラ)を防止するために講じるべき措置等をとりまとめた、いわゆる「パワハラ防止指針」のことです。
参考:厚生労働省|事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針
近年、職場におけるパワハラが社会問題化したことから、労働施策総合推進法の一部改正により、各企業においてパワハラを防止するための措置を講じることが義務付けられました(同法第30条の2第1項)。
各企業が講じるべき措置等に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針は厚生労働大臣が定めることとされています(同条第3項)。
この規定を受けて厚生労働省が作成したのが、「パワハラ防止指針」です。
パワハラ防止指針は、その名のとおり、主にパワハラ防止するために講じるべき措置等に関する指針です。
しかし、その末尾でカスハラにも言及されています。具体的には、各企業が次のようなカスハラ対策をとることが推奨されています。
- 労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制を整備すること
- 被害者に配慮するための取り組みをすること
- 顧客からの著しい迷惑行為による被害を防止するための取り組みをすること
パワハラ防止指針が各企業に対して、ハラスメント対策マニュアルの作成を義務付けているわけではありません。
しかし、マニュアルを作成し、その内容を全従業員に周知・徹底することは、基本的かつ有効なカスハラ対策のひとつです。
マニュアルを作成していなければ、カスハラ被害が発生した場合、企業が安全配慮義務違反の責任を負う可能性が高いことに注意が必要です。
2.カスタマーハラスメント対策企業マニュアルの作成方法
次に、カスタマーハラスメント対策企業マニュアルの作成方法を分かりやすく解説します。
マニュアルの作成は、次のステップを踏んで進めていくのがおすすめです。
- 厚生労働省が公表したマニュアルを参照する
- 企業としての基本方針を明確化する
- カスハラの判断基準や具体例をピックアップする
- カスハラのケースごとに対応方法を定める
- 従業員からの相談窓口を設置する
- マニュアルの素案ができたら弁護士によるチェックを受ける
(1)厚生労働省が公表したマニュアルを参照する
カスタマーハラスメント対策企業マニュアルは各社の実情に応じて作成する必要がありますが、白紙の状態から作り上げることは困難でしょう。
そこでまずは、厚生労働省が公表した「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」を参照しましょう。
厚生労働省のマニュアルは、パワハラ防止指針でもマニュアル作成等のカスハラ対策が推奨されていたことを受け、各企業でカスハラ対策を進める際の参考とするために作成されたものです。
このマニュアルをそのまま自社のカスハラ対策マニュアルとして流用できる内容にはなっていませんが、カスハラに関する基礎知識や、各社のマニュアルに盛り込むべき基本的な項目などが記載されています。
各企業の担当者は、厚生労働省のマニュアルを読み込んだ上で、自社の実情に応じたマニュアルを作成していきましょう。
具体的には、厚生労働省のマニュアルのうち、主に「4.企業が具体的に取り組むべきカスタマーハラスメント対策」に掲げられた各項目について、自社の実情に応じてカスタマイズするとよいでしょう。
(2)企業としての基本方針を明確化する
マニュアルに記載する事項のひとつとして、まずはカスハラに対する企業としての基本方針を定めましょう。「当社は、このような姿勢でカスハラ対策に取り組む」という方針を明確化するのです。
企業のトップがカスハラ対策の基本方針を打ち出すことで、従業員も理不尽なクレームに泣き寝入りせず、勇気をもって適切な対処をとりやすくなります。
基本方針の具体的な内容としては、次のような事項を含めるとよいでしょう。
- カスハラは自社にとって重大な問題であること
- 従業員の人権を尊重し、カスハラから従業員を守ること
- カスハラを放置せず、組織として毅然とした対応をすること
厚生労働省のマニュアルに掲載されている例文も参考にしながら、自社の経営理念や事業内容なども考慮して、企業独自の基本方針を打ち立てましょう。
(3)カスハラの判断基準や具体例をピックアップする
次に、どのようなケースがカスハラに該当するのかを従業員に示すために、カスハラの判断基準や具体例をピックアップしましょう。
カスハラの判断基準は厚生労働省のマニュアルの中でも解説されていますが、次の3点が重要な要素となります。
- 顧客等の要求内容に妥当性はあるか
- 要求を実現するための手段・態様が社会通念に照らして相当な範囲か
- 労働者の就業環境が害されるか
判断基準はどうしても抽象的な表現になるので、従業員に分かりやすく伝えるためには、具体例を数多くピックアップすることも重要です。
厚生労働省のマニュアルには、調査によって判明したカスハラの具体例が掲載されています。
企業独自のマニュアルを作成する際には、さらに現場で発生しやすい具体例をピックアップしてみましょう。
従業員からヒアリングをして問題となりそうな事例をピックアップし、各事例がカスハラの判断基準を満たすかを確認することも有効です。
(4)カスハラのケースごとに対応方法を定める
カスハラの判断基準や具体例をピックアップできたら、ケースごとの対応方法を定めていきましょう。
「このようなお客様には、このように対応する」という従業員の行動基準を決めておくのです。
ただし、どのようなケースにおいても、1人の従業員に対応を押し付けないことが極めて重要です。
従業員が対応に困ったときには上長等に報告・相談することとし、組織として適切に対処する体制を整えましょう。
(5)従業員からの相談窓口を設置する
カスハラから従業員を守るためには、従業員向けの相談窓口を設置し、その連絡先を社内マニュアルに記載しておくことも欠かせません。
この相談窓口は、従業員が顧客への対応に困ったときだけでなく、実際にカスハラ被害に遭って心身にダメージを受けた場合などにも、気軽に相談できる窓口でなければなりません。
なぜなら、カスハラ防止対策を万全に整えたとしても、さまざまな顧客に直接対応する従業員に、ある程度の精神的負担がかかることは避けられないからです。
企業としては、従業員のメンタルヘルスに関するアフターケアも十分に行わなければ、従業員を守ったことにはならないでしょう。
(6)マニュアルの素案ができたら弁護士によるチェックを受ける
マニュアルの素案ができたら、社内だけで完結させず、弁護士による法的なチェックを受けましょう。
カスハラは、以下のようなトラブルに発展する可能性が十分にある、重大な法的問題です。
- 被害を受けた従業員から企業に対する損害賠償請求
- カスハラが犯罪に該当する場合の警察への被害届や刑事告訴
- 企業や従業員からカスハラ加害者に対する損害賠償請求
法的なトラブルの発生を防止したり、トラブルが発生した際に適切に対処したりするために、マニュアルには必要かつ十分な法的要素を正確に盛り込んでおかなければなりません。
そのため、弁護士による法的チェックを受け、必要に応じて素案に追記や修正を加えることが重要です。
できれば、顧問弁護士と契約をしておき、自社の実情を熟知した弁護士によるチェックとアドバイスを受けるのが望ましいでしょう。
3.社内マニュアルを活用してカスハラ対策を進める流れ
社内マニュアルが完成したら、それを活用してカスハラ対策を進めていく必要があります。その際には、以下の流れで進めていくことが望ましいです。
- 従業員向けの研修を実施する
- 被害を受けた従業員へ配慮の措置をとる
- 事例を蓄積してマニュアルを改訂する
- 弁護士へ相談できる体制を整えておく
(1)従業員向けの研修を実施する
社内マニュアルに記載した内容は、従業員に周知・徹底しなければなりません。そのためには、従業員向けの研修を定期的に実施する必要があるでしょう。
研修では、企業としての基本方針からカスハラの判断基準や具体例、顧客への具体的な対応基準、困ったときの相談窓口まで、分かりやすく説明することが求められます。
従業員は、「どのような場合に、どうすればよいのか」を明確に理解することで、安心して働けるようになるでしょう。
さらに従業員の安心感や対応スキルを高めるために、実例や想定事例を用いたケーススタディを行うことも有効です。
(2)被害を受けた従業員へ配慮の措置をとる
カスハラ被害を受けた従業員に対しては、精神面への配慮の措置をとることも欠かせません。
このことは、安全配慮義務違反を理由とする従業員から企業への損害賠償請求を防止するためにも必要です。
従業員への配慮の措置としては、相談窓口を設置することが第一に要求されますが、それだけでは十分でない場合もあります。
悩みを抱えた従業員が、自主的に相談してくれるとは限らないからです。
そのため、企業としては、直属の上司などが各従業員の精神的な健康状態を観察したり、定期的に各従業員と面談を行ったりして、精神状態の把握に努める必要があるでしょう。
従業員にメンタルヘルス不調の兆候が認められる場合には、産業医や産業カウンセラー、臨床心理士等に相談対応を依頼したり、専門の医療機関への受診をしたりすることを促すことも大切です。
このような配慮の措置を的確にとるためには、企業が精神医学や心理学の専門家と連携しておく必要性もあるでしょう。
(3)事例を蓄積してマニュアルを改訂する
マニュアルは一度作成したものを永続的に使用するのではなく、事例を蓄積して適宜、改訂しましょう。
検討を重ねてマニュアルを作成した場合でも、企業の運営を進めていく中で想定外のカスハラ事例が発生する可能性は高いです。
実際に発生したカスハラ事例は記録し、蓄積していくべきです。
マニュアルに記載済みの対応策では対処しきれない事例については、新たに対応策を策定する必要もあります。
このようにして蓄積した事例と新たな対応策を、マニュアルに追記するなどしてブラッシュアップするのです。
改訂したマニュアルの内容は、従業員向けの研修で周知・徹底しましょう。
(4)弁護士へ相談できる体制を整えておく
カスハラ対策を進める上で、弁護士へ相談できる体制を整えておくことも非常に重要です。
悪質なカスハラのケースでは、社内の人員のみでは対応しきれないことも少なくありません。
そのような事態に備えて、企業法務に強い弁護士によるサポートを迅速に受けることが可能な状態を、あらかじめ作っておくことです。
ただし、弁護士の多くは多忙なので、すぐには相談に応じてもらえないこともあります。
いつでも相談できる体制を整えるためには、企業法務に強い弁護士と顧問弁護士の契約を結ぶことをおすすめします。
まとめ
カスハラは、担当の従業員だけで対応できる問題ではありません。
企業としては、従業員をカスハラから守るためにも、組織としての対応策をとりまとめたマニュアルをいち早く作成し、社内に周知・徹底することが大切です。
ただし、カスハラへの対応策は複雑な法律問題を含むものであるため、社内だけで作成することは容易ではありません。
有効なマニュアルを作成するためには、弁護士のチェックとアドバイスが必要となります。
企業法務に強い弁護士に相談すれば、悪質なカスハラから企業と従業員を守ってくれるでしょう。
※この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています