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コーポレートガバナンス改革と役員インセンティブ報酬制度の税務・会計の総整理-
各種ストック・オプション、株式交付信託、株式制限付株式(リストリクテッド・ストック)、リストリクテッド・ストック・ユニット、業績条件付/業績連動型株式(パフォーマンス・シェア)、パフォーマンス・シェア・ユニットなど
1.はじめに - 昨今の日本のコーポレートガバナンス改革の要請およびその背景
(1)我が国でのコーポレートガバナンス改革の要請
我が国では、平成26年(2014年)2月のスチュワードシップ・コードの公表、同2014年6月の会社法の一部を改正する法律の成立(翌2015年5月施行)、平成27年(2015年)6月の東証のコーポレートガバナンス・コードの制定・施行、平成29年(2017年)5月のスチュワードシップ・コードの改訂、平成30年(2018年)6月のコーポレートガバナンス・コードの改訂、同改訂に合わせて公表された金融庁の「投資家と企業の対話ガイドライン」の確定により、日本企業に対するコーポレートガバナンス改革が強く求められています。
東証は、上記のとおり、平成30年(2018年)6月、コーポレートガバナンス・コードを改訂し、その改訂の要点は7項目に整理できます(我が国のスチュワードシップ・コード、コーポレートガバナンス・コード(ダブルコード)と改訂会社法の概観と動向、および、規範(コード)としての性質)。そして、平成30年(2018年)12月末までに東証に提出されたコーポレートガバナンスに関する報告書によると、特にコンプライ率が低い項目の一つが「経営幹部の客観性・透明性ある報酬決定プロセスの設計」であり、7つの改訂要点のうちの「持続的成長に向けた健全なインセンティブとして機能する経営者の報酬決定プロセスの設定」です。
また、上記のコードの制定・確定に加え、第2次安倍内閣による平成28年(2016年)6月2日に閣議決定された改訂「日本再興戦略2016 - 第4次産業革命に向けて」(「日本再興戦略」 2016)において、「コーポレートガバナンス改革による企業価値の向上」につき、「コーポレートガバナンス改革は、引き続き、アベノミクスのトップアジェンダであり、今後は、この改革を「形式」から「実質」への深化させていくことが最優先課題である。」と明言し、「実効的なコーポレートガバナンス改革に向けた取組の深化」として「持続的な企業価値の向上」と「中長期的投資の促進」を挙げ、その中で、「インセンティブ報酬の導入」を含む項目につき実務等に関する指針等を同年度中に策定する、としています(同戦略pp145-146)。
(2)コーポレートガバナンス改革の要請の背景
このような政府、金融庁、経産省、東証などが実効的なコーポレートガバナンス改革を求め、その中で「持続的成長に向けた健全なインセンティブとして機能する経営者の報酬決定プロセスの設定」を要求している背景はどのようなものでしょうか。
投資家、特に海外の機関投資家から、諸外国と比較して日本企業の業績や企業価値の向上に向けた仕組み作りの取り組みが不足しているとの厳しい指摘がなされています。特に、取締役等の役員の自社持ち株比率が低い[1]、業績や企業価値(株主価値)の向上を条件とした、または、連動させたインセンティブ報酬がないまたは構成比率が低い、という点が指摘されています。
株主としては、株価変動による損益を共通にすることにより経営者と価値観を共有したいと考えるのは自然であり、経営者は、株価が上がろうが、下がろうがそんなことは自分の損得には関係ないという経営者は信頼できないという株主の思いを理解し、株主と真摯に対話をする必要があります。そして、このような株主と経営者との価値観の共有の手段として、役員の自社株保有要請や業績・株主価値と連動するインセンティブ報酬、株式報酬制度による役員の自社株保有割合の上昇などのコーポレートガバナンスの要請が出て来ていることを理解しなければなりません。
さらに、経済産業省の「コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針(CGSガイドライン)」(平成29年(2017年)3月31日策定、翌平成30年(2018年)9月28日改訂)では、経営陣の報酬のあり方として、「経営陣の報酬体系を設計する際に、業績連動報酬や自社株報酬の導入について、検討すべきである。」とし、「中長期的な企業価値向上への動機付け」、「経営陣と株主との価値共有」をその効果として挙げています(同ガイドラインpp38-46)。
他方、上場企業では危惧することはないでしょうが、経営陣が多くの株式を持つことによって「経営者支配」の懸念を生じさせないように配慮することも、コーポレートガバナンスや会社法の要請です。
2.総論 - 役員報酬の設計と株式報酬の種類および検討事項(インセンティブ効果、税務、会計処理、役員報酬の社内手続、要件)
(1)役員報酬の設計 -基本報酬、短期インセンティブ報酬および長期インセンティブ報酬
役員報酬を設計する場合、基本報酬、短期インセンティブ報酬(short-term incentive. STI)および長期インセンティブ報酬(long-term incentive. LTI)の構成割合については、全体としては財源の確保の課題がありますが、具体的には各役員の担当業務の責任・リスク評価に応じて、個別に決定します。また、短期および長期の各インセンティブ報酬につき、その中の各種類の報酬の構成割合を決定します。これらの報酬設計を行うためには、以下の(3)導入に際し検討すべき事項を検討し、企業として役員報酬の決定についての方針をしっかりと定めておく必要があります。
短期インセンティブ報酬(STI)は、1年またはそれよりも短期の期間を対象期間(通常1年)として利益や業績達成度に応じた報酬を支払う仕組みです。短期インセンティブ報酬は、利益分配方式(プロフィット・シェア方式)と業績達成方式(ターゲット方式)に分けることができます。其々、利益が上がれば、または、業績目標を達成できれば、多くの報酬が支給されますので、各年にインセンティブが働きます。
例えば、利益分配方式の場合、財務・経理や法務の担当役員の場合は会社の利益を分配しても業績連動性には問題がないでしょうが、事業部担当の役員や顧客や地域別の営業担当役員などの場合は自分の担当業務のパフォーマンス(業績)が悪くても会社の利益の分配を全く同じように受けることはコーポレートガバナンスの観点から業績連動性にやや問題があります。このような点は報酬設計において工夫することにより対応することが出来ます。
一方、長期インセンティブ報酬(LTI)は、1年以上の期間を対象期間とする仕組みです。日本企業では中期計画に合わせ通常3年としています。一年では達成できないプロジェクトや業績に結び付くまで時間の掛かるマーケティング効果など、企業の長期の業績向上や長期的な成長について役員に動機付けすることができます。長期インセンティブ報酬(LTI)は、大きく分類すると、現金によるディファード・ボーナス(deferred bonus)と株式によるキャピタル・アプリシエーション・プログラム(capital appreciation program)に分けられ、いずれかを選択できるプランの設計もできます。後者の株式によるキャピタル・アプリシエーション・プログラムが主です。この株式による報酬方式については、3.各論 - 株式報酬制度で各株式報酬につき説明します。各株式報酬はそれぞれメリット、デメリットや特徴がありますので、そのうちどれとどれを選択しどの割合で構成するかを決めます。
(2)株式報酬の種類[2]
長期インセンティブ報酬のうち株式を支給する報酬方式は、コーポレートガバナンスの観点から中長期的な株価の向上という株主の視点に沿うものです。
株式報酬制度は役員に付与する権利の観点から、以下の3つに分類できます。
(1)ストック・オプション(自社株購入権・新株予約権 → 株式)
(2)株式交付信託(ポイント→ 株式)
(3)株式制限付株式と業績条件付/業績連動型株式(株式)
そして、上記(1)ストック・オプションは、税制適格か否か、および、有償か否かの観点から以下のように分類できます。
① 税制適格ストック・オプションと税制非適格ストック・オプション
② 一円ストック・オプション(株式報酬型ストック・オプション)と
有償ストック・オプション
これらの株式報酬制度については、それぞれ3.各論において具体的に説明します。
(3)導入に際し検討すべき事項
役員へのインセンティブ報酬の導入を検討する際に検討すべき事項として、インセンティブ効果、税務、会計処理、役員報酬変更の社内手続などがあります。役員報酬の設計をする際は、これらの事項をしっかり検討して方針を決定し、報酬構成を決めなければなりません。
1)インセンティブ効果
役員へのインセンティブ報酬を導入するのは、コーポレートガバナンスの観点から 経営陣に会社の短期・中長期の業績および株価の向上に対してモチベーション(動機付け)を与えるのが目的です。コーポレートガバナンスの観点から、各種報酬制度のインセンティブ効果の特徴(3.各論)を踏まえて報酬制度の設計をします。
例えば、ストック・オプションのうち、有償ストック・オプションは、予め定めた価額(権利行使価額)で株式を取得できる権利であり、株価がこの価額を上回らないと価値がありませんので(値上がり益還元型)、業績を高めて企業価値・株価を向上させるというインセンティブが強く働きます。但し、株価が権利行使価額を大きく下回り株価回復が困難なような場合、インセンティブは殆ど働きません。
一方、1円または無償ストック・オプションは権利行使価額が1円または無償に設定されていますので、株式価値の全額またはほぼ全額を取得できます。よって、値上がり益を増やすこと(株価向上)へのインセンティブはそもそも比較的強くありません。
その他の各報酬制度の特徴を把握して、自社の役員報酬の方針に沿って、報酬制度の組み合わせや構成割合を決めて役員報酬を設計して行きます。
2)税務
平成28年度および29年度税制改革以前は、企業が役員へのインセンティブ報酬を導入しようとしても、税制面での制約がありました。具体的には、損金参入可能な給与は、以下のものに限定されていました。
① 定期同額給与(一か月以下の一定期間ごとに同額で支給するもの。法人税法(以下、法法)34条1項1号)。
② 事前確定届出給与(納税地の所轄税務署長への事前の届出に従って所定の時期に確定額を支給するもの。同項2号)。
③ 利益連動給与(利益に連動して支給する給与で、当該事業年度の利益に関する指標とする等、所定の要件を満たすもの。同項3号)。[3]
その他、所定の要件を満たすストック・オプション等に限定されていました。
しかし、平成28年度および29年度(2016年および2017年)税制改革により、インセンティブ報酬の設計が容易になりました。其々の改正内容は以下のとおりです。
1) 平成28年度(2016年)税制改革
a) 譲渡制限株式について事前確定届出給与の要件を満たす場合、損金算入が認められました(法法第34条1項2号イ)。
b) 利益連動給与が損金対象となる対象指標が追加されました。改正前は「利益に関する指標」との法文でしたので、営業利益、経常利益、税引前登記純利益や当期純利益などの純粋な利益指標に限定されると解されていました。これが「利益の状況を示す指標」とされて指標の範囲が広がり、ROE、ROA、EPS、EBITDA[4]などの財務指標を使用することができるようになりました(同項3号)。但し,「当該事業年度の利益」に限定されていました。
2) 平成29年(2017年)税制改革
各種インセンティブ報酬について損金算入の要件につき、以下のとおり整備されました。
a) 譲渡制限付株式やストック・オプションなどの株式報酬については、事前確定届出給与または業績連動給与(以前の利益連動給与の名称を変更)の要件を満たす場合、損金算入が認められました(法法第34条1項2号ロ、ハ)。
b) 特定譲渡制限付株式やストック・オプションに関する課税の特例の対象を非居住者役員に拡大しました。また、直接の完全子会社だけでなく、通常の子会社の役員にも拡大しました(同項2号ロ、ハ、7項)。
c) 業績連動給与(パフォーマンス・キャッシュ)については、平成28年改正で可能となった財務指標などに加え、「株式の市場価値の状況を示す指標」が加わり、TOPIXや日経平均株価などを使用できるようになり、また、利益を示す指標や株式指標など他の指標と併せて「売上高の状況を示す指標」を使用することもできるようになりました(同項3号イ、5項)。
d) 業績連動給与については、以前は「当該事業年度の」として単年度での利益連動の場合に限定されていましたが、複数年の業績連動や株価連動も対象とし、損金対象となる指標を拡大しました。パフォーマンス・シェアー(業績目標の達成度に応じて株式を付与)についても同様です(同項3号本文、イ)。
e) 退職給与については、業績連動の場合には業績連動給付の要件を満たすときは損金算入が認められます(同項3号)。[5]
以上、会社側における損金算入という税務面につき説明しました。各インセンティブ報酬の税務については、以下の3.各論の中で会社側および役員側の税務を具体的に説明します。
3)知る前契約・計画
後述の3.各論において各役員インセンティブ報酬制度ごとに税務の説明をします。その中で、一円ストック・オプション、株式交付信託、株式制限付株式(リストリクテッド・ストック)、リストリクテッド・ストック・ユニット、業績条件付/業績連動型株式(パフォーマンス・シェア)、パフォーマンス・シェア・ユニットなどにつきましては、株式を売却して譲渡価額が手に入る前、つまり、オプションを行使して株式を取得したとき、信託銀行がポイントに応じて役員に株式を付与したとき、譲渡制限付株式の譲渡制限が解除され譲渡可能になったときなどの時点で課税されます。従いまして、直ちに株式を売却して納税資金に充てることができませんので、事前に納税資金を準備する必要があります。また、役員ですので、インサイダー取引規制に注意しなければなりません。インサイダー取引規制とは、一言で言いますと、会社の未公表の重要事実を知った会社関係者等に対して、その会社の株式の売買を禁止するものです。インサイダー取引を行った者には、5年以下の懲役または500万円以下の罰金或いは双方が併科され(金取法197条の2、13号)、インサイダー取引により得た利益は没収されます(同法198条の2、1項1号)。
退職後も1年以内であればインサイダー取引規制の対象となります(金融商品取引法(以下、金取法)166条1項本文第2文)。
このような場合、いわゆる「知る前契約・計画」(金取法166条6項12号、有価証券の取引等の規制に関する内閣府令59条1項14号)を締結して「重要事項」の公表前に株式を売却するという方法は検討に値します。[6]
一人で作成する場合を「知る前計画」といい、複数人の合意として作成する場合を「知る前契約」と言います。一人で作成できますので、知る前計画の方が簡便です。知る前契約・計画によってインサイダー取引規制の適用除外となる売買となるための要件は、以下のおとりです。
① 未公表の重要事実を知る前に作成した契約書・計画書に基づく売買である。
② 未公表の重要事実を知る前に、契約書・計画書の写しを証券会社に提出している。
③ 契約書・計画書に、売買の対象銘柄、売買の別、期日、期日ごとの数量または総額が特定されている、または、本人に期日や数量等を決定する裁量の余地のない方式が定められている。
事前に納税資金を準備できない、または、準備していなかったという場合には、上記の方法を検討して下さい。
4)会計処理
ストック・オプション(SO。自社株購入権)の会計処理については、企業会計基準委員会(ASBJ)[7]が平成17年(2005年)12月17日に公表しました「ストック・オプション等に関する会計基準」(以下、SO会計基準)および「ストック・オプション等に関する会計基準の適用指針」(以下、SO会計指針)が定めています。各種インセンティブ報酬の会計処理については、以下の3.各論の中で、其々具体的に説明します。
また、以下の会計処理についての説明は、紙面の都合上簡略な説明に留めます。現在の各インセンティブ報酬制度についての会計処理の最新の考え方や課題については、
令和元年(2019年)5月27日公表の日本公認会計士協会の会計制度委員会報告第15号「インセンティブ報酬の会計処理に関する研究報告」を参照下さい。[8]
5) 開示
内閣は、平成21年(2009年)12月11日、株式や新株予約権の第三者割当等を行う際の金融商品取引法上の開示書類の拡充を行うため、「企業内容等の開示に関する内閣府令(以下、開示府令」等の改正を行いました。上場企業において経営陣の判断で株主の権利が希釈化されたり、支配権の所在が恣意的に選択されることにつき、コーポレートガバナンスの観点から、市場の公正性・透明性を確保し、投資家の信頼を確保する必要があるからです。
役員に株式や新株予約権を付与することは第三者割当に当たりますから、開示が必要となります。しかし、同改正ではストック・オプションは適用除外とされました(金融商品取引法施行令2条の12、開示府令2条)[9]。冒頭の上記1.で説明しましたように、より強いコーポレートガバナンスや投資家の要請があるからです。
役員に対して譲渡制限付株式(リストリクティド・ストック。RS)をインセンティブ報酬として付与する企業が増えていることから、今年(令和元年、2019年)6月21日、「金融商品取引法施行令の一部を改正する政令」や開示府令の改正が公布され、以下の条件を満たす譲渡制限付株式は、ストック・オプション同様、届出不要となります(この事項については、令和元年(2019年)7月1日施行)。
① 交付対象者が発行会社等の役員等に限られていること。
② 発行する株式の譲渡制限に期間が設けられていること。
6)役員報酬変更の社内手続
多くの会社では、事業年度の開始から3か月以内に(法法第34条1項1号、同法施行令(以下、法法施行令)第69条1項1号イ)、株主総会(会社法第361条1項[10])で決議[11]して役員報酬を変更し、同期同額給与として損金算入しています(法法第34条1項1号)。最も簡便だからです。それでは、様々なケースの手続を具体的に見て行きましょう。
1) 事業年度開始3か月以内に変更する場合
会社設立時または事業年度開始から3か月以内であれば同期同額給与の役員報酬の変更ができますから(法法施行令第69条1項1号イ)、株主総会等で役員報酬の変更を決議し議事録を作成し代表取締役印を押して保管します。大手外国企業の日本子会社に多い合同会社の場合は社員の同意書等を作成し署名を取り保管します。というのは、税務調査に入られた際の証明のためであり、損金算入を否認され追徴課税などの付帯税が課されないようにするためです。
しかし、多くの会社では、株主総会では役員報酬の総額のみを決議し、個々の取締役の報酬は決定せずに、取締役会[12]に委任する方法を取っています。これは個々の取締役の報酬額を知られたくない、つまり、世間に公表したくないからです。会社法は取締役のお手盛り(自分の報酬を自分(取締役会)で決められるとすると高い報酬額を決める)防止の趣旨で取締役会ではなく定款や株主総会で決めると規定しているので、このような慣行は形式上これに反しますが、判例は総額が株主総会で決められれば会社法に違反せず適法としています。
株主総会の決議によって各取締役の報酬額の決定を委任された取締役会は、報酬総額の範囲内で各取締役の報酬を配分する義務があります。しかし、さらに取締役会の決議によって各取締役の報酬額の決定を代表取締役に一任し、代表取締役が人事担当取締役らと協議して決めるという慣行があります。
取締役会で各取締役の報酬額をはじめから議論するのは現実的ではないとしても、このような慣行に対しては、代表取締役に他の取締役らの報酬を決定できるという強大な権限を与えてしまうと、代表取締役の業務執行を監督するという取締役会の監督機能が果たせなくなるという批判があります。
コーポレートガバナンスの観点から考えると、議案は代表取締役が人事担当取締役らと協議して決めるとしても、株主が株主総会において各取締役の報酬額につき承認するのが基本的には望ましいと言えます。また、会社法の趣旨は単にお手盛り防止だけではなく、「将来の会社の利益を生み出すための役員のインセンティブとしての意味も考慮すべきであり」また、「個々の取締役の配分決定における構造的な利益相反の観点から」も[13]、または社外取締役を構成員とする委員会や社外取締役の同意などを取ることによる監査機能を発揮させるべきです。
本年(2019年)1月31日、企業内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令が公布・施行され、報酬額の決定方針、業績連動報酬、役員の報酬等に関する株主総会の決議など開示項目が大幅に拡充されました。役員ごとの報酬の個別開示については、1億円以上の役員に限るという点で変更はありませんでした。しかし、欧米では金額基準ではなく、役職や上位〇名という基準を採用しており、今後、改正による開示基準の変更の可能性があります。
なお、健康保険や厚生年金に加入している会社が多いと思います。保険額表で調べたり、社会保険労務士などに相談するなどして、標準月額報酬の等級の上下変動を確認して下さい。届出や書類の提出等が必要になる場合があります。
2) 事業年度開始3か月経過後に変更する場合 - 特別の事情がないとき
事業年度開始3か月経過後に役員報酬を「増額」する変更をする場合、特定の理由がないと損金算入が認められません。つまり、期末までの増額分については、会社は支出があるのに税金を払わなければなりません。
例えば、3月末決算の会社で10月から役員報酬を75万円から100万円に増額した場合、10月から翌年3月までの役員報酬のうち増額分の25万円(x6月=150万円x役員の数)は損金算入できません。
逆に、期中に役員報酬を「減額」する変更をした場合、特別の事情がなければ、減額する前の役員報酬(期首から減額前までの役員報酬)の減額分については損金算入できません。つまり、同額である範囲でのみ損金算入ができます。
上記の例にある会社の場合で、10月から役員報酬を100万円から75万円に減額した場合、期首の4月から減額前の9月までの役員報酬(各月100万円)のうち減額分の25万円(x6月=150万円x役員の数)は損金算入できません。
3) 事業年度開始3か月経過後に変更する場合 - 特別の事情があるとき
では、期中に役員報酬の変更をしても損金算入が否認されない特定の理由を見て行きましょう。
a) 就任・退任等の場合
まず、次の場合には役員報酬を変更しても損金算入できます。
- 従業員が新しく役員に就任したとき
- 役員から従業員に戻ったとき
- 社外から役員を入れたとき
- 役員が退任したとき
これらは、役員でなくなった場合や新たに役員となった場合ですから、明らかに特別の事情があるときに当たります。
b) 役職の変更等の場合
役職無しの取締役が常務取締役になったり、常務取締役が専務取締役になったり、または、これらの逆の場合です。しかし、報酬変更のためだけに「職制上の地位の変更」をして職務内容の変更をしない場合には損金算入を否認されます。一方、役職の変更がなくても「職務内容の重大な変更」があれば、損金算入できます(法法第34条1項1号、法法施行令69条1項1号ロ)。
例えば、社長が疾病等により職務の一部を執行できなくなったために報酬を減額した場合などは、この場合に該当するとして変更前の報酬支払額全額を損金算入できる可能性があります。逆に、疾病が回復して完全復帰した場合も同様です。
c) 会社の業績悪化の場合
法法施行令第69条1項1号ハは、「業績悪化改定事由」につき、「経営の状況が著しく悪化したことその他これに類する理由」と規定しています。この理由につき、法人税基本通達9-2-13は、「法人の一時的な資金繰りの都合や単に業績目標値に達しなかったことなどは含まれないことに留意する」と規定しています。
従って、このような社内の事由だけでは足りず、株主、取引先銀行、その他債権者、取引先など「第三者である利害関係者との関係上」役員給与を減額せざるを得ないという事情が必要です。
これを具体例として説明すると、以下のような場合(国税庁Q&A。平成20年12月、平成24年4月改訂)です。
i) 株主との関係上、業績や財務状況の悪化についての役員としての経営上の責任から役員給与の額を減額せざるを得ない場合
ii) 取引銀行との間で行われる借入金返済のリスケジュールの協議において、役員給与の額を減額せざる得ない場合
iii) 業績や財務状況または資金繰りが悪化したため、取引先等の利害関係者からの信用を維持・確保する必要性から、経営状況の改善を図るための計画が策定され、これに役員給与の減額が盛り込まれた場合
その他、合併した場合や買収した・された場合、双方の会社の給与水準は異なりますから、特別の事情があると言えるでしょう。また、不祥事が発覚した場合、それに伴い行政処分などを受けた場合などは、特別の事情がある場合に当たります。良くテレビで見る不祥事を起こした会社の社長等の記者会見で、社長と専務取締役および常務取締役の給与をそれぞれ3か月20%カットします、と言って頭を下げるような場合です。
以上は会社の法人税についての損金算入の視点からの検討事項です。役員給与の合計額が高くなり過ぎると純利益が少なくなりますし、これが低過ぎると法人税の納税額が増えます。これと共に、役員としては報酬額が多い方が良いでしょうが、これが高過ぎると役員個人の納税額や社会保険料の支払額が増えます。これらの点については細かい配慮が必要です。
関連記事:収益認識に関する会計基準の強制適用が迫る|法律実務への影響
3.各論 - 株式報酬制度
役員の株式報酬制度を会社がまず役員に付与する「権利の種類」という観点から分類すると、以下の3つに分けることができます。付与する権利は、其々、「ストック・オプション」(自社株購入権・新株予約権)、「ポイント」、および、「株式」です。
(1)ストック・オプション
(2)株式交付信託
(3)株式制限付株式(リストリクテッド・ストック)と業績条件付/業績連動型株式(パフォーマンス・シェア)
そして、(1)ストック・オプションは、二つの観点(税制適格か否か、および、有償か否か)から以下のように分類することができます。
① 税制適格ストック・オプションと税制非適格ストック・オプション
② 一円または無償ストック・オプション(株式報酬型ストック・オプション)と有償ストック・オプション
株式報酬制度においては、時系列で言いますと、通常、以下のイベントがあります。
① ストック・オプションの「新株予約権」や譲渡制限付き「株式の付与」および「信託設定」
② ストック・オプションの「権利確定」や(株式交付信託の)「ポイント割り当て」[14]
③ ストック・オプションの「権利行使」や「信託受益者の確定」および「譲渡制限の解除」
④ 株式の売却
いずれも最後は株式を保有し、売却することになるのですが、インセンティブ効果、税務や会計処理の検討は、これらのイベントの時期ごとに検討するので、上記時系列のイメージを持ってもらうため、以下では、例えば、①付与、②権利確定、③権利行使、③譲渡、というように単語ごとに数字を振ることにします。
(1)ストック・オプション
ストック・オプション(stock option)とは、株式会社の経営者や従業員が自社株を一定の行使価額[15]で購入できる権利(自社株購入権、新株予約権)であり、この権利を経営者や従業員に付与する制度も同様にストック・オプションと呼びます。従業員に付与するものは特に従業員ストック・オプション(employee stock option)と呼びます。
ストック・オプションの手続の時系列的説明。
① ストック・オプション(自社株購入権、新株予約権)の付与
② ストック・オプションの権利確定
③ ストック・オプションの権利行使 → 株式の発行
④ 株式の売却
ストック・オプションは、上記のとおり、税制適格か否か、および、有償か否かの観点から、①税制適格ストック・オプションと税制非適格ストック・オプション、および、②一円(無償)ストック・オプション(株式報酬型ストック・オプション)と有償ストック・オプションに分類できます。以下、それぞれにつき説明していきます。
1)税制適格ストック・オプション
税制適格ストック・オプションは、平成10年(1998年)税制改革により導入されたストック・オプション税制の適用があるストック・オプションです。
後述します一定の要件を満たしたストック・オフション(税制適格ストック・オプション)の付与を受けた者に対する課税は、ストック・オプションの①付与時、②権利確定時や③権利行使時ではなく、③権利行使によって(発行)取得した株式の④売却時まで繰り延べられます。
1) インセンティブ
ストック・オプションは株式を予め決められた権利行使価額で取得できる権利です。このような(有償)ストック・オプションのインセンティブ報酬を「値上がり益還元型」と呼びます。というのは、ストック・オプションの権利行使価額と権利行使により取得した株式の株価との差額である値上がり益がストック・オプション付与対象者の利益だからです。そのため、ストック・オプションを付与された経営者には権利行使価額を上回る株価にするように企業価値を高めるインセンティブが強く働きます。
一方、株価が権利行使価額を大きく下回り、企業価値を向上させて権利行使価額を上回る可能性がないような状況ではモチベーションはなくなります。
以下の3) 税務で説明しますように、税制適格ストック・オプションの場合、権利行使の年間合計額が1,200万円以下であることが要件ですので、インセンティブが働く程度は制限されています。また、大口株主(上場会社の場合、10%超保有する株主)は除外されていますので、税制適格ストック・オプションはオーナー経営者には付与できません。[16]
2) 税務
まず、上記1)のとおり、税制適格ストック・オプションに当たる新株予約権を付与された役員に対する課税は、④株式の売却時まで繰り延べられます。
つまり、①付与された税制適格ストック・オプションを③権利行使して株式(上場株)を取得し、その④株式を(市場で)売却すると、譲渡益(譲渡価額と権利行使価額の差額、キャピタルゲイン)が税率20%の申告分離課税の対象となります(租税特別措置法(以下、租法)37条の11)。
税制適格ストック・オプションに当たる要件は、以下のとおりです(租法29条の2、1項、2項、租税特別措置法施行令(以下、租令)19条の3)。
(1) 金銭の払い込み無しに発行された新株予約権であること。
(2) 権利行使が付与決議日から2年を経過した日から10年を経過する日までの間に行われること。
(3) 権利行使の年間の合計額が1,200万円以下であること。
(4) 権利行使価額が株式の付与契約締結時の時価以上であること。
(5) 新株予約権の譲渡ができないこと。
(6) 権利行使による株式の交付が会社法上の決議事項に反しないこと。
(7) 新株予約権の行使により取得する株式について、会社と金融商品取引業者等との間で予め締結されるに取り決めに従い、取得後直ちに振替口座簿への記載等がなされること。
(8) 大口株主及びその家族や配偶者でない旨誓約していること
(9) 付与する対象者が新株予約権の発行会社、またはその会社が直接または間接に50%超の株式を保有する子会社等の取締役、執行役または使用人(相続人を含む)であること。
上記の税制適格ストック・オプションの要件のいずれかを満たさないストック・オプションは、税制非適格ストック・オプションとなります。
次に、会社側の税務関係です。
税制適格ストック・オプションを付与された役員に所得が生じるのは、上記のとおり、④株式の譲渡時の譲渡所得であり、それまでは所得が発生しません。従って、会社に損金は発生しません(法法54条の2第2項)。
3) 会計処理
上記2.(3)③ 会計処理のとおり、ストック・オプション(SO。自社株購入権)の会計処理については、企業会計基準委員会がSO会計基準およびSO会計指針を定めています。
よって、税制適格ストック・オプションの会計処理は、税制非適格ストック・オプションについて以下の3.(1)2)3) で説明します会計処理とほぼ同じです。
ただ、上記税制適格ストック・オプションの要件(2)のとおり、「権利行使が付与決議日から2年を経過すること」が要件とされており、その点が税制非適格ストックオプションと異なります。つまり、その他の権利確定条件が付された場合、税制適格ストック・オプションの付与日から権利行使の要件を満たし権利が確定する日までにわたり費用計上します(SO会計基準4項)。
また、3.(1)2)3) で説明しますように、権利確定日はどのような権利確定条件が付されたかにより異なりますので、SO会計指針17条が場合ごとに処理を規定し、権利確定の条件が定められていない場合は、ストック・オプション付与日に一括で費用計上します(SO会計指針18条1項)。
2)税制非適格ストック・オプション
1) インセンティブ
ストック・オプションは株式を予め決められた権利行使価額で取得できる権利であり、「値上がり益還元型」のインセンティブ役員報酬です。ストック・オプションの権利行使価額と権利行使により取得した株式の株価との差額である値上がり益がストック・オプション付与対象者の利益ですから、ストック・オプションを付与された役員には権利行使価額を上回る株価にするように企業価値を高めるインセンティブが強く働きます。
一方、株価が権利行使価額を大きく下回り、企業価値を向上させて権利行使価額を上回る可能性がないような状況ではモチベーションはなくなります。逆インセンティブと呼ばれることもあります。
2) 税務
税制適格ストック・オプションに当たる新株予約権を付与された役員に対する課税は④株式の売却時まで繰り延べられるのに対して、税制非適正ストック・オプションを付与された役員に対しては、③権利行使時に、そのときの株価と権利行使価額との差額が総合課税[17]の対象となります(所得税法施行令(以下、所令)84条2項3号)。詳細については、後述の3.(1)3)2) の一円ストック・オプションの税務を参照下さい。
次に、会社側の税務関係です。
ストック・オプション(新株予約権)を役員に付与した会社は、ストック・オプションを付与された役員に役務提供により給与所得・退職所得・事業所得・雑所得のいずれかの所得(給与等課税事由)が生じた日に、損金算入が認められます(法法54条の2、1項、法令111条の3、1項)。基本報酬(定期同額給与、法法34条1項2号)ではありませんので、上記の事前確定届出給与(同項2号)または利益連動給与(同項3号)に当たる場合には損金処理が可能です。
3) 会計処理
ストック・オプション(SO。自社株購入権)の会計処理については、企業会計基準委員会がSO会計基準およびSO会計指針を定めており、その処理は以下のようになります。
会社はストック・オプションを付与対象者に付与することにより、一定期間、その対価として追加的サービスを受けて消費する、というのがSO会計基準やSO会計指針の基本的な考え方です。従って、会社は、ストック・オプションの付与日の価値[18]を、付与対象者がサービスを提供する期間(対象勤務期間)にわたり費用計上します(SO会計基準4項前段)。[19]
つまり、ストック・オプションを①付与する場合、通常、一定の期間継続的に勤務することなどを③権利行使の条件とします。この一定期間が「対象勤務期間」(SO会計基準2項(9))となります。この期間が経過すると権利が確定しますので、対象勤務期間が満了した日が②「権利確定日」となり、③権利行使ができるようになります。ストック・オプションの①付与日から②権利確定日までの「対象勤務期間」にわたり費用計上します。
なお、権利確定日はどのような権利確定条件が付されたかにより異なりますので、SO会計指針17条は以下のように定めています。
(1) 勤務条件が付されている場合:勤務条件を満たした権利確定日(同条1号)
(2) 勤務条件は明示されていないが、権利行使期間の開始日が明示されており、かつ、それ以前にストック・オプションを付与された従業員等が自己都合で退職した場合に権利行使ができなくなる場合:権利行使期間の開始日の前日(SO会計基準2項 (7))とする。この場合には、勤務条件が付されているものとみなす(同条2号)。
(3) 条件の達成に要する期間が固定的ではない権利確定条件が付されている場合:権利確定日として合理的に予測される日(同条3号)[20]
一方、権利確定の条件が定められていない場合は、ストック・オプション付与日に一括で費用計上します(SO会計指針18条1項)。
3)一円ストック・オプション(株式報酬型ストック・オプション)
一円ストック・オプションとは、ストック・オプション(新株予約権)を①付与し、③権利行使価額を1円に設定したストック・オプションです。付与対象者は権利行使することで実質的に株式を付与されるのと同じです。2000年代に入り、各役員の業績などを考慮せず、単に勤務年数や役職により算出した金額が支払われていた役員退職慰労金に代わって導入され始めました。
1) インセンティブ
ここまで読んで来た方は説明するまでもなく理解されたと思いますが、一円ストック・オプション(株式報酬型ストック・オプション、フルバリュー型ストック・オプション)は、株価が上昇すればその分の価値が得られますが[21]、1円払えば株式の価値を得られるので企業価値を高めて株価を上昇させようという強いインセンティブは働きません。しかし、株価が大きく下落しているときでも、権利行使すればそれなりの利益を得られるので、有償ストック・オプションのような値上がり益還元型ストック・オプションと異なり、インセンティブの低下はそれ程大きくありません。
2) 税務
まず、一円ストック・オプションは、権利行使価格が株式の付与契約締結時の時価以上であること(上記3.(1)、1)、2)、(4)。租法29条の2、1項、2項、租令19条の3)の要件を満たしませんので、税制適格ストック・オプションには当たりません。従って、税制非適格ストック・オプションですから、③権利行使時に、そのときの株価と権利行使価額との差額が総合課税[22]されます(所得税法施行令(以下、所令)84条2項3号)。[23]
なお、付与対象者が役員の場合、所得税法基本通達23~35共-6(2)、6-2、7、8が適用されます。同通達23~35共-6(2)は、原則として一時所得(雑所得)、地位や職務に関連して付与された場合は給与所得、退職に基因して付与された場合は退職所得と規定しています。
以上、一円ストック・オプションは、④株式の譲渡時ではなく、その前のストック・オプションの③権利行使時に課税されます。役員の皆さんは、この点に十分留意する必要があります。つまり、株式の④売却時に課税される場合、売却代金を納税資金に充てることができますが、ストック・オプションの③権利行使時に課税される場合には納税資金を別途事前に準備しておく必要があります。納税資金捻出のために役員任期中に株式を売却することについてはインサイダー取引規制がある点に注意が必要です。
さらに、一円ストック・オプションを③行使して取得した(上場)株式を市場で④売却した場合、譲渡価額と権利行使価額との差額が譲渡益(キャピタル・ゲイン)として、税率20%の申告分離課税の対象となります(租法37条の11)。インサイダー取引規制に注意することは上記のとおりです。退職後も、1年以内はインサイダー取引規制の対象となります(金取法166条1項本文第2文)。
次に、会社側の税務を見てみましょう。
会社は役員に役務提供の対価としてストック・オプションを付与した場合、上記の3.(1)、1)、2)の税制適格ストック・オプションの税務の説明のとおり、役員に給与所得や退職所得が生じた日に、役務提供の対価に相当する額の損金算入ができます(法法54条の2、1項、法令111条の3、1項)。これを一円ストック・オプションについて見ると、③権利行使時に役務提供の対価である給与所得や退職所得が発生じますので、そのときに(権利行使価額の1円ではなく)役務提供の対価に相当する発行時の公正価額の金額について会社に損金が発生します。
3) 会計処理
上記税制適格ストック・オプションおよび税制非適格ストック・オプションの3)税務(それぞれ3.(1)、1)、2)及び3.(1)、2)、2))、において記載した内容と同様です。
即ち、権利確定条件が付された場合、ストック・オプションの付与日から権利行使の要件を満たし権利が確定する日までにわたり費用計上します(SO会計基準4項)。また、権利確定日はどのような権利確定条件が付されたかにより異なりますので、上記のとおり、SO会計指針17条は条件により権利確定日を定めています。
そして、権利確定の条件が定められていない場合は、ストック・オプション付与日に一括で費用計上します(SO会計指針18条1項、56項第1文)。[24]
なお、付与された条件では合理的に権利確定日を予測できない場合、同様に、ストック・オプション付与日に一括で費用計上します(同条2項、56項第2文)。[25]
4)有償ストック・オプション(値上がり益還元型ストック・オプション)
有償ストック・オプションは、オプション評価モデルで算出した公正な発行価額(時価)の払込みと引き換えに①付与するストック・オプションです。そのため、時価発行新株予約権とも言います。通常、売上高や経常利益の目標値達成に応じた新株予約権の③権利行使の条件を付け、付与時の[26]時価を基準としてオプション評価モデルで算出した新株引受権の価額を算出し、その付与時の時価を出資して新株予約権の③権利行使ができます。従って、ストック・オプション(新株予約権)の発行時の株式の時価が③権利行使価額となりますので、役員報酬というよりも、投資機会の提供の性質を持ちます。
有償ストック・オプションに付される条件は、通常、以下のようなものです。
なお、(かつ経常利益が〇〇億円)との要件は付ける場合と付けない場合があります。
例1.2020年〇月期から2025年〇月期までのいずれかの期における売上高が500億円(かつ経常利益が50億円)を達成した場合に権利行使が可能
例2.2020年〇月期から2025年〇月期までのいずれかの期における
(1) 売上高が200億円(かつ経常利益が20億円)を達成した場合に30%の権利行使が可能
(2) 売上高が300億円(かつ経常利益が30億円)を達成した場合に50%の権利行使が可能
(3) 売上高が500億円(かつ経常利益が50億円)を達成した場合に100%の権利行使が可能
1) インセンティブ
有償ストック・オプション(値上がり益還元型ストック・オプション)は、企業価値を高めて新株予約権の付与を受けるときに既に支払った払込み金額と権利行使価額との合計額を超えて株価を上昇させないと利益を得ませんので、企業価値向上の強いインセンティブが働きます。他方、株価が大きく下落し、上記合計額を回復する見込みがないような状況では企業価値を高めて株価を上昇させて利益を得ようというモチベーションはかなり低下します。
2) 税務
有償ストック・オプションについては、ストック・オプションの①付与時は、公正な対価を支払って新株予約権を購入していると言えるので、課税されません。また、譲渡制限その他の特別の条件は付されていませんので、所令84条2項の適用はなく、ストック・オプション(新株予約権)の③権利行使時には課税は発生しません。権利行使によって取得した株式を④譲渡した場合、譲渡益(キャピタル・ゲイン)に課税されます。その場合、株式の譲渡原価(取得価格)は、③権利行使価額と①有償ストック・オプション付与時の払込み価額の合計額となります(所令109条1項1号)。譲渡価額からこの合計額を控除した譲渡益に課税されます。
次に、会社側の税務関係を見てみましょう。
有償ストック・オプションを付与された役員に所得が生じるのは、上記のとおり、④株式の譲渡時の譲渡所得であり、それまでは所得が発生しません。従って、会社に損金は発生しません(法法54条の2、2項)。
3) 会計処理
ストック・オプションの会計処理については、上記のとおり、企業会計基準委員会が平成17年(2005年)12月17日に公表しましたSO会計基準およびSO会計指針」が定めています。しかし、この公表当時には有償ストック・オプションは想定されていなかったため、これらの基準および指針が有償ストック・オプションに適用されるか判然としませんでした。そこで、多くの会社では、新株予約権に関する会計基準を定める企業会計基準適用指針第17号「払込資本を増加させる可能性のある部分を含む複合金融商品に関する会計処理」(複合金融商品適用指針)が適用されるとの解釈に従い、費用計上していませんでした。
そこで、企業会計基準委員会は、平成29年(2017年)のパブコメを経て、平成30年(2018年)1月12日に有償ストック・オプションの実務対応報告第36条「従業員等に対して権利確定条件等付き有償新株予約権を付与する取引に関する取扱い」を発表しました。これにより有償ストック・オプション(権利確定条件付き新株予約権)は、権利確定条件として勤務条件または業績条件が付されていることを条件として、SO会計基準のストック・オプションに該当し、従って、同基準や指針の適用があることを明らかにしました[27]。平成30年(2018年)4月1日から有償ストック・オプションに適用されています。
なお、本記事では、紙面の都合上、SO会計基準・指針の有償ストック・オプションへの適用条件や会計処理の詳細については言及できませんので、実務対応報告第36条をご参照下さい。[28]
(2)株式交付信託
株式交付信託は、信託を通じて役員に株式を付与するものです。欧米では、新株予約権を付与するストック・オプションよりも、この株式交付信託や次に説明する株式制限付株式(リストリクテッド・ストック)、業績条件付株式(パフォーマンス・シェア)の方が多く利用されるようになっています。
日本でも、いわゆる日本版ESOP(Employee Stock Ownership Plan)を導入する企業が出て来ましたが、会計処理について明確な基準がありませんでした。そこで、前出の企業会計基準委員会は平成25年(2013年)にパブコメを経て、同年12月25日に実務対応報告第30号「従業員等に信託を通じて自社の株式を交付する取引に関する実務上の取り扱い」を公表しました。平成26年(2014年)4月1日から適用されています。[29]
実務対応報告書第30号は、①従業員への福利厚生を目的として従業員持株会に信託を通じて自社の株式を交付する取引(3項。従業員持株会発展型)、および、②従業員への福利厚生を目的として自社の株式を受け取ることができる権利(受給権)を付与された銃教員等に信託を通じて自社の株式を交付する取引(4項。株式給付型)の類型のスキームに適用される。
役員に対する株式交付信託は、上記②の株式給付型を発展させたものです。一般的なスキーム[30]は、以下のとおりです。
① 会社(委託者)は、信託銀行に金銭を信託して、株式交付信託を設定する。
② 信託銀行(受託者)は、①の資金で、会社(自己株式)または市場から株式を購入(取得)する。
③ 会社は、信託期間中、役員に対して、その業績目標の達成程度に基づきポイントを割り当てる。
④ 信託銀行(受託者)は、役員(受益者)に対して、③のポイントに応じて、株式を付与する。[31]
⑤ 役員は、付与された株式を売却する。
なお、上記ステップを踏む前に、会社は、株主総会または取締役会の決議を経て、役員向けの株式交付規程を制定し、役位、在籍年数、業績達成度などに基づく役員へのポイント付与の基準を定めます。
信託を利用するスキームですから、ポイントの割り当て条件などを自由に設定できるというメリットがあります。信託設定時の役員だけでなく、信託の受益者確定時に役員である者にも株式を付与するスキームの設計も可能です。一方、信託銀行への信託報酬などコストが発生します。
1) インセンティブ
株式交付信託は、付与対象者(信託の受益者)が株式価値全体を得ますので、フルバリュー型(株式報酬型)です。従って、値上がり益還元型のような企業価値を高めて株価を上昇させようという強力なインセンティブはありません。しかし、株価が大幅に下落した場合でも、株価が上昇するように企業価値を高めようというインセンティブは然程弱まりません。
株式交付信託の基本的なスキームとしては、値上がり益還元型のような強力なインセンティブはないとしても、ポイントの割り当て条件を自由に設定してスキームを設計できますから、業績目標の達成程度と割り当てポイントの増加の連動や相関関係などを工夫することにより、強いインセンティブのある設計も可能です。
2) 税務
上記①の信託設定時点では、仮に信託契約書で役員が受益者と規定されていたとしても業績達成条件等が付されていればまだ株式を取得する権利を有しておらず、信託法上の受益者がいません(相続税法基本通達(以下、相基通)9条の2-1)。実際にポイントを割り当てられて株式を付与されるか否かが未だ不明だからです。一方、会社は委託者で信託の変更権限を現に持っていますので、税務上信託の受益者とみなされます(所得税法(以下、所法)13条2項、所令52条1項、3項、所基通13条-1、法法12条2項、法令15条1項、3項、法基通14条-4-8、相続税法(以下、相法)9条の2、1項、5項、相続税法施行令1条の7、1項、相基通9条の2-2)。このように受益者とみなされる者を所法および法法上「みなし受益者」と言い、相法上は「特定委託者」と言います。
信託における課税では、受益者として確定した時点(その財産の実質的な所有権が適正対価を負担せずに移転した時点)で課税されます(相法第3節、信託に対する特例、9条の2、1項)。④の株式がポイントに応じて役員に付与された時点で、信託銀行が株式交付信託として保有する株式が役員に確定的に帰属しますので、その役員が株式交付信託の受益者として確定します。従って、この時点で、在任中であれば給与所得、退職に伴って確定した場合原則として退職所得として課税されます。この時点での納税に備えて資金を準備しておく必要があります。役員ですから、インサイダー取引規制の関係で直ちに④自社株を売却できませんし、退職後も、1年以内はインサイダー取引規制の対象となります(金取法166条1項本文第2文)。
そして、④の株式売却(市場での売却を前提)の時点で、譲渡価額と株式付与時の株価との差額が譲渡益(キャピタル・ゲイン)として課税されます。税率20%の申告分離課税となります(措法37条の11)。
次に、会社側の税務処理について見てみましょう。
上記のとおり、①の信託設定時には、会社がみなし受益者となりますが、自己取引なり、自己信託と同様、課税関係は発生しません。
④の株式付与時については、その役員が任期中の場合、損金算入はできないと考えられています。というのは、役員給与について損金算入が認められるのは、原則として、上記2.(3)2)のとおり、1) 定期同額給与、2) 事前確定届出給与、および、3) 利益連動給与の3つに限定されるからです(法法34条1項各号)。
一方、その役員の退職に伴って株式を付与した場合、退職給与として相当な範囲であれば損金算入が認められます((法法34条、法令70条1項2号、法基通9条-2-28~29)。[32]
3) 会計処理
前述の平成25年(2013年)12月25日に企業会計基準委員会が公表した実務対応報告第30号によると、③の会社が役員にポイントを割り当てた時点で、ポイントに応じた株数に信託銀行が会社の自社株を取得した時の株価を乗じた金額を基礎に、費用を計上してこれに対応する引当金を計上し、④の信託銀行による役員への株式付与の時点で、この引当金を取り崩すことになります(同実務対応報告12項、13項)。
(3)株式制限付株式(リストリクテッド・ストック)
株式制限付株式(リストリクテッド・ストック)と業績条件付/業績連動型株式(パフォーマンス・シェア)は、欧米では一般的に利用されているインセンティブ役員報酬制度ですが、日本ではまだそれ程利用されていません。
譲渡制限付株式(リストリクテッド・ストック、RS。初年度発行型)とは、役員に対して一定期間の譲渡制限が付された株式を付与するものです。具体的な手順としては、会社は役員に対して役員報酬として金銭報酬債権等を交付し、役員は会社に対してその金銭報酬債権等を現物出資して譲渡制限付き株式の交付を受けます。このような構成を取るのは、以下の理由です。
会社法は、会社が株式発行に際し現物出資を受ける場合、当該財産の内容と価額を定めなければならないと規定しています(会社法199条1項3号)。このため会社に対する労務の提供を出資の目的とすることはできないのではないかという問題がありました。そこで、経済産業省に設置された「コーポレート・ガバナンス・システムの在り方に関する研究会」の平成27年(2015年)7月24日報告書「コーポレート・ガバナンスの実線~企業価値向上に向けたインセンティブと改革~」は、会社が役員に金銭報酬債権等を付与し、役員がその金銭報酬債権等を払い込む(出資する)という方法を提示しました[33]。これによって、株式制限付株式(リストリクテッド・ストック)や業績条件付/業績連動型株式(パフォーマンス・シェア)など、会社が役員に付与した金銭報酬債権を現物出資して株式を交付するインセンティブ報酬を選択することができるようになりました。
よって、株式制限付株式(リストリクテッド・ストック)のステップは、以下のようになります。
① 会社は、役員に対して、金銭報酬債権を付与する。
② 役員は、その金銭報酬債権を現物出資財産として出資する。
③ 会社は、その役員に対して、一定期間の継続勤務要件を譲渡制限解除条件とした譲渡制限付株式を付与する。
④ 会社は、一定期間の継続勤務要件を満たしたときは、譲渡制限を解除する。これにより、その株式は譲渡可能となる。
⑤ 役員は株式を譲渡する。
なお、上記①~③のステップについて具体的な手続を説明しますと、まず、株主総会において譲渡制限付株式(リストリクテッド・ストック、RS)の報酬制度を設定し、対象となる役員へ金銭報酬債権等を付与することにつき決議をします。そして、対象役員は会社との間で、「譲渡制限付株式割り当て契約」を締結します。[34] ④の譲渡制限の解除がなされなかった対象役員については、通常、会社がその株式を無償で取得する条件設定になっています。
1) インセンティブ
譲渡制限付株式(リストリクテッド・ストック、RS)は、一円ストック・オプションや株式交付信託と同じく、付与対象者が株式価値全体を取得する株式報酬型(フルバリュー型)のインセンティブ報酬ですから、値上がり益還元型のような企業価値を高めて株価を上昇させようという強力なインセンティブはありません。ただ、業績目標値や達成度による付与株式数などの条件設定を工夫することにより、インセンティブを調整することができます。
さらに、譲渡制限付株式の譲渡制限期間は、一定期間の継続勤務要件という条件設定[35]により行います。従って、役員としては、株式は保有していても、一定期間の継続勤務の要件を満たさないと売却できませんので[36]、この間の継続勤務のモチベーションとなります。会社から見ると、この間の人材流出の防止を期待できますし、この期間を長くすると中長期のインセンティブを設定できます。[37]
2) 税務
譲渡制限付株式(RS)や業績連動型株式(PS)についての会社の損金算入については、上記2.(3)2) 税務の1) 平成28年度(2016年)税制改革および2) 平成29年(2017年)税制改革を参照して下さい。
以下の要件を満たす譲渡制限付株式(特定譲渡制限付株式)は、①株式を付与された時点では課税されず、③株式の譲渡制限が解除されて譲渡可能となった時点まで繰り延べられます(所令84条1項、所得税法施行規則(以下、所規)19条の4、所基通23~24共-5の3、法法54条1項)。
(a) 役員から役務の提供を受ける会社またはその完全子会社の株式を付与する。
(b) 一定期間の譲渡制限が設けられている。
(c) 会社が株式を没収(無償取得)する事由として、勤務条件が達成されないことや勤務実績が良好でないことなどが定められている。
(d) 役務提供の対価として役員に生じる債権の給付と引換えに交付される。
従って、会社が役員に譲渡制限付株式を①付与する条件として一定期間の継続勤務要件を譲渡制限解除条件とした場合、条件を満たして③譲渡可能となった時点で、役員の給与所得となります。一方、継続勤務期間を要件とせず、退職を要件とした場合、退職の時点で③譲渡可能となり、退職所得となります。
一円ストック・オプションおよび株式交付信託につき指摘しましたように、④株式売却時点の前に、③株式が付与された時点で課税される場合、株式を売却して納税資金に充てることができませんので、事前に納税資金を準備する必要があります。そして、上記の各役員報酬制度で指摘しましたように、インサイダー取引規制に注意しなければなりません。
その後、④株式を譲渡した場合、売却時点で、譲渡解除時点(継続勤務要件期間の満了時または退職時)の時価を取得価額として、売却価額との差額が譲渡所得となり課税されます。
会社の税務としては、事前確定届出給与(法法第34条1項2号イ)または退職給与(法法34条1項、法令70条1項2号、法基通9条-2-28~29)に該当する場合、損金処理ができます。
3) 会計処理
譲渡制限付株式は、会社が役員に対して役員報酬として金銭債権等を交付し、役員は会社に対してその金銭報酬債権等を現物出資して一定期間の譲渡制限が付いた株式の交付を受け、その後、その期間の満了時に株式の譲渡制限が解除されて譲渡可能となり、役員は株式を譲渡する、というステップを取ります。
まず、役員に付与した金銭報酬債権相当額を前払費用などの科目で資産計上して、当期に発生したと認められる額を譲渡制限期間である対象勤務期間を基礎とする方法などの合理的な方法によって算定して費用計上(前払い費用の取り崩し)します(209年3月経済産業省報告書Q44)。
(4)リストリクテッド・ストック・ユニット
譲渡制限付き株式(リストリクテッド・ストック、RS。初年度発行型)のユニット型として、リストリクテッド・ストック・ユニット(RSU。事後交付型リストリクテッド・ストック)があります。譲渡制限付き株式と異なり、一定期間の継続勤務要件などの条件を満たした場合に株式を①付与するものです。従って、この待機期間中は株主ではないので、議決権行使や配当を受ける権利はありません。
よって、リストリクテッド・ストック・ユニット(RSU)のステップは、以下のようになります。なお、以下の②の一旦譲渡制限付株式を付与するステップを入れることもあります。
① 会社は、役員らに対して、リストリクティド・ストック・ユニット。Unit)[40]を付与する(取締役会決議)。
(② 会社は、在籍要件等の条件を満たす役員ら(権利確定)に対して、(譲渡制限付)株式を付与する。(取締役会決議))
③ 会社は、上記株式を付与された役員が会社から支給された金銭報酬債権を以って現物出資することと引換えに、(譲渡制限等のない)株式を交付する。
④ 役員は株式を売却する。
我が国では殆ど事例がありませんが、以下はメルカリの従業員等に対するリストリクティド・ストック・ユニット(RSU)の導入のスケジュールと権利算定期間(継続勤務期間)および譲渡制限期間です。
① 2018年12月18日 (全従業員等に対する)
リストリクティド・ストック・ユニット(RSU)の付与(RSU導入の取締役会決議)
(2018年7月1日~2018年12月31日 権利算定期間(継続勤務期間))
② 2019年1月17日 (条件を満たす従業員等に対する)
新株発行(譲渡制限付株式の付与)(新株発行の取締役決議)
(2019年1月17日~2019年2月21日 RSU譲渡制限期間)
③ 2019年2月21日 (会社から支給された金銭報酬債権の現物出資と引換えに)
新株発行(譲渡制限のない株式の付与)
本報酬制度導入の取締役会決議(2018年12月18日)の13日後に権利算定期間(継続勤務期間)は満了し、譲渡制限付株式の付与(2019年1月17日)の34日後に譲渡制限のない株式が発行されています。
1) インセンティブ
リストリクテッド・ストック・ユニット(RSU。事後交付型リストリクテッド・ストック)のインセンティブ効果は基本的に(初年度交付型)譲渡制限付株式(リストリクテッド・ストック、RS)とほぼ同じです。
2) 税務
リストリクテッド・ストック・ユニット(RSU)の場合、一定期間の継続勤務要件などの条件を満たし株式を①付与された時点で、役員の給与所得となり課税されます。その後、その株式を④売却した時点で、①株式付与時点の時価と譲渡価額との差額である譲渡益に譲渡益課税されます。
3) 会計処理
リストリクテッド・ストック・ユニット(RSU)については、事例が殆どないことからその会計処理についての明確な会計基準がありません。恐らく、後述しますパフォーマンス・シェア・ユニット(PSU。業績連動発行型パフォーマンス・シェア)3.(6)3) で述べる会計処理と類似した考え方になるものと思います。
(5)業績条件付/業績連動型株式(パフォーマンス・シェア)
業績条件付/業績連動型株式(パフォーマンス・シェア、PS。初年度発行型パフォーマンス・シェア)とは、中長期の業績目標を設定し、その目標の達成を条件として株式を付与し(業績条件付株式)、または、達成度合いに応じて付与する株式数が変動する(業績連動型株式)役員報酬制度です。具体的な手順としては、まず会社は中長期の業績目標を設定し、その時点で役員に対して一定数量の譲渡制限付株式が付与します。業績計画の期間経過時点での業績目標達成の有無、または、達成度合いによって保有株式の譲渡制限が解除されます。
業績条件を付けたり業績連動による付与株式数の変動の点を除くと、基本的なスキームは、事前交付型譲渡制限付株式(リストリクテッド・ストック、RS)と同じです。
つまり、初年度発行型パフォーマンス・シェアは、RS同様、役員等が役務提供に対応する金銭報酬債権等を会社に現物出資する方式を採用することで、会社が株式発行に際し現物出資を受ける場合には当該財産の内容と価額を定めなければならないと規定する会社法199条1項3号の課題をクリアして我が国で活用できます。この点は以下で説明する業績連動発行型業績連動型株式(パフォーマンス・シェア・ユニット。業績連動発行型パフォーマンス・シェア)も同じです。
1) インセンティブ
業績条件付/業績連動型株式(パフォーマンス・シェア、PS)は、業績目標の達成を条件とする(業績条件付株式)、または、その達成度合いに応じて付与する株式数が変動する(業績連動型株式)役員報酬制度ですから、一定の継続勤務期間の経過によって株式の譲渡制限が解除さる譲渡制限付株式(リストリクテッド・ストック、RS)や株式が付与されるリストリクテッド・ストック・ユニット(RSU)と比較すると、企業価値を高めるインセンティブは強く働きます。
このように業績を上げて企業価値を高め、株価(株主価値)を向上させるインセンティブが強く働くことは、「持続的な企業価値の向上」と「中長期的投資の促進」に向けてインセンティブが機能することを意味し、コーポレートガバナンスの観点からは望ましい報酬制度と言えます。
2) 税務
上記の平成28年(2016年)税制改革で、業績条件付/業績連動型株式(パフォーマンス・シェア、PS。初年度発行型パフォーマンス・シェア)については、損金算入が認められるようになりました。
業績条件付/業績連動型株式(パフォーマンス・シェア、PS)の場合、会社が中長期の業績目標を設定し、役員に対して①一定数量の譲渡制限付株式を付与した時点では課税されず、業績計画の期間経過時点での業績目標達成の有無、または、達成度合いによって保有株式の譲渡制限が解除され③譲渡可能となった時点で、給与所得となり課税されます。納税資金の事前の準備が必要です。
その後、譲渡可能となった株式を④売却した時点で、譲渡制限解除時点の時価を取得価額として譲渡価額との差額が譲渡所得となり、譲渡益課税がなされます。
3) 会計処理
上記3.(3)3) の譲渡制限付株式の会計処理と同様です。
最後に、初年度発行型パフォーマンス・シェア(PS)については、業績計画期間満了前に株式が付与され、議決権行使や配当の交付が行われることから、欧米では Pay for Performance の考え方に反するとの見解(ISSのVoting Policiesなど)があります。よって、欧米の株主の賛成を得られない可能性があり、事前説明を準備しておく必要があります。
(6)パフォーマンス・シェア・ユニット
業績条件付/業績連動型株式(パフォーマンス・シェア、PS)のユニット型として、パフォーマンス・シェア・ユニット(PSU。業績連動発行型パフォーマンス・シェア)があります。上記のリストリクテッド・ストック・ユニット(RSU)同様、譲渡制限付株式を付与するのではなく、条件を満たしたときに株式を付与する役員報酬制度です。つまり、会社は中長期の業績目標を設定した時点では役員に対してUnitを付与するのみで譲渡制限付株式を付与せず、業績計画の期間経過時点での業績目標達成の有無、または、達成度合いによって株式を付与します。
よって、パフォーマンス・シェア・ユニット(PSU。業績連動発行型パフォーマンス・シェア)のステップは、以下のようになります。
① 会社は、パフォーマンス・シェア・ユニットの報酬制度を導入し、役員らに対して、同ユニットを付与し、一定期間の業績など状況に連動して金銭報酬債権等を付与し株式を交付することを株主総会または取締役会で決議する。
この金銭報酬債権の額は、業績の達成度と付与する株式数が連動する条件(計算式)に基づき付与することになる株式数に足りる払込金額相当額とします。[41]
② 会社は、上記一定期間の業績等連動期間が経過したときは、業績目標の達成等の条件を満たした役員らに、出資の払込期間を定めて、金銭報酬債権等を付与する。
③ 上記役員らは、払込期間内に、上記金銭報酬債権等を現物出資財産(会社法199条1項3号)[42]として払い込み、会社はこの払込みをした役員に対して株式を発行(交付)する。
④ 役員が株式を売却する。
なお、上記①の業績と付与株式数との相関関係については、例えば、以下のような条件を設けます。
2020年度の営業利益が5億円以上10億円未満の場合は、1,000株
10億円以上15億円未満の場合は、1,500株
15億円以上の場合は、2,000株
1) インセンティブ
パフォーマンス・シェア・ユニット(PSU。業績連動発行型パフォーマンス・シェア)は、業績条件付/業績連動型株式(パフォーマンス・シェア、PS)と同様、一定の継続勤務期間の経過によって株式の譲渡制限が解除さる譲渡制限付株式(リストリクテッド・ストック、RS)や株式が付与されるリストリクテッド・ストック・ユニット(RSU)と比較すると、企業価値を高めるインセンティブは強く働きます。従って、「持続的な企業価値の向上」と「中長期的投資の促進」に向けてインセンティブが機能し、コーポレートガバナンスの観点からは望ましい報酬制度と言えます。
2) 税務
上記のとおり、平成28年(2016年)税制改革ではパフォーマンス・シェア、PS(初年度発行型パフォーマンス・シェア)については、損金算入が認められるようになりました。パフォーマンス・シェア・ユニット(PSU。業績連動発行型パフォーマンス・シェア)については、翌年の平成29年(2017年)税制改革で損金算入が認められるようになりました。
パフォーマンス・シェア・ユニット(PSU)の場合、業績計画の期間経過時点での業績目標達成の有無、または、達成度合いによって①株式を付与した時点で、給与所得として課税されます。
その後、その株式を④売却した時点で、①株式付与時点の時価と譲渡価額との差額である譲渡益に課税されます。
3) 会計処理
パフォーマンス・シェア・ユニット(業績連動発行型パフォーマンス・シェア)は事例が非常に少なく、その会計処理については、現在、明確な会計基準がない状況です。①会社が中長期の業績目標を設定し、役員がその業績目標を達成または達成度合いに応じて株式を付与する旨を株主総会または取締役会で決議した時点では、株式の発行等はなく、また、会社側にその義務は発生していないので、なんらの会計処理(仕分け)は行わないものと思います。
その後、業績等連動期間が経過したときに、②会社が業績目標の達成等の条件を満たした役員らに、出資の払込期間を定めて金銭報酬債権等を付与した時点で、業績等連動期間にわたり、株式報酬費用等およびそれに対応する負債(引当金等)を計上することになるものと思います。というのは、会社がそれら役員らに付与する金銭報酬債権は、業績等連動期間中の役務提供に対応して事後的に付与されるものだからです。そして、③それら役員らが金銭報酬債権等を現物出資として払い込むと、会社は役員らに株式を発行(付与)し、負債から払込資本に振り替えられます。なお、金銭報酬債権を現物出資財産として振り込んだ場合は、会社の債務は混同により消滅します。
4.まとめ
以上、多少長い記事になりましたが、紙面の都合上、詳細な点については説明ができませんでした。具体的にインセンティブ役員報酬制度を設計する場合には、この分野の経験と実績のある弁護士、税理士、公認会計士など専門家のアドバイスを受けるべきです。
インセンティブ役員報酬制度については何が正解というものはなく、複数の制度を上手に組み合わせるのも良いでしょう。まずは自社の実態を把握し、インセンティブ役員報酬制度導入の目的を協議し共有した上で各報酬制度を検討するのが良いでしょう。その際、本記事が参考になれば幸いです。
[1] 日本では、役員、特に社外取締役などにつき、自社株保有に反対する見解もあります。社外役員については、業績向上を優先し事業リスクや法的リスクを指摘するというブレーキを踏まなくなり社外役員としての役目に反するという意見があります。一方、そのようなリスクの指摘をしないことによる業績低下や不正発覚による株価の下落を防止するという中長期的なコーポレートガバナンスの視点から見ると、自社株保有を一概に否定することもできないのではないかと思います。
[2] インセンティブ役員報酬制度としては株式報酬の外、「金銭報酬」があります。金銭報酬には①パフォーマンス・キャッシュ:業績連動型金銭報酬、②ファントム・キャッシュ:株価連動型金銭報酬(株式を付与したと仮定して(幻の株式を付与)株価相当額の金銭を支給、③ストック・アプリシエーション・ライト:株価が予め定めた価額を上回ったときに、差額相当額の金銭を支給)があります。
[3] 同族会社を除く。同族会社とは、会社(投資会社を含む)の株主等の3人以下およびこれらの同族関係者の有する株式数または出資金の合計額がその会社の発行済株式(議決権制限株式など議決権のない株式を除く)または出資の総数または総額の50%を超える数または金額の株式または出資を有する場合、その会社の社員または業務執行社員の過半数を占める場合におけるその会社を言います。但し、平成29年改正により、同族会社でも非同族会社の完全子会社であれば法人税法第34条1項3号は適用されます。
[4] ROE(Return On Equity)株主資本比率。純利益÷株主資本。いかに株主資本を活用し利益を上げているか、企業の成長性を図る指標。 ROA(Return On Asset)総資本利益率。当期純利益÷総資産(株主資本+負債)。いかに株主資産および負債を含めた総資産を活用して利益を上げているか、企業の収益性を図る指標。 EPS(Earnings Per Share)1株あたり利益。当期純利益÷期末の発行済株式数。1株あたりいくら稼いでいるのか、企業の収益性を図る指標。 EBITDA(Earnings Before Interest, Taxes, Depreciation and Amortization)税引前利益に支払利息、減価償却費を加えて算出される利益で、企業の収益力を図る指標。国ごとに異なる項目を足し戻すので国際比較に便利。
[5] 退職給与は基本的に損金算入されるものであり(法人税法第34条1項本文括弧書き)、業績連動の場合には1項3号の役員給与税制として損金算入されるには要件を満たす必要があります。
[6] 2015年の「有価証券の取引等の規制に関する内閣府令」の改正によって、知る前契約・計画によるインサイダー取引規制の適用除外の範囲が拡大されました。
[7] 企業会計基準委員会(ASBJ. Accounting Standards Board of Japan)は、公益財団法人 財務会計基準機構(FASF. Financial Accounting Standards Foundation)の委員会。
[8] https://jicpa.or.jp/specialized_field/20190527zix.html
[9] 自社および完全子会社の役員や従業員等に付与する場合に限られます。
[10] 会社法361条1項は定款の規定または株主総会の決議と規定しますが、定款に規定されることは極めて稀です。なお、定期同額給与など金額が確定した報酬等は報酬等の金額(同項1号)を、業績連動給与など金額が確定していない報酬等は、報酬等の具体的な算出方法(2号)を、ストック・オプションなど金銭でない報酬等は、報酬等の具体的な内容(3号)を株主総会で決議するひつようがあります。
[11] 株主総会の決議を経ずに変更した役員報酬を支払ってしまった場合でも、事後的に追認の決議を行えば、お手盛り防止という会社法の趣旨を達成するので、役員報酬の支払は有効となります(最高裁平成17年2月15日判決)。
[12] 役員インセンティブ報酬制度を導入する場合には、役員報酬規程または株式交付規程のような名称の規程を作成し、取締役会または報酬委員会で決議することになります。
[13] 経済産業省、「コーポレート・ガバナンス・システムの在り方に関する研究会」2015年7月報告書。「コーポレート・ガバナンスの実践~企業価値向上に向けたインセンティブと改革~」
[14] 譲渡制限付き株式の場合、この②のステップはなく、譲渡制限が③解除されて売却可能となります。
[15] 行使価額が0円のものを含みます。
[16] 大口株主であれば、既に会社業績を向上させることについてインセンティブあるといえるためです。
[17] 例えば、課税総所得税額が4,000万円超の場合、所得税率は45%で、住民税率10%との合計税率は55%となり、これに復興特別所得税2.1%が加算されます。
[18] 各会計期間における費用計上金額は、ブラック・ショールズ方程式などを利用してストック・オプション付与日の価値を評価してストック・オプションの評価額(公正な評価単価にストック・オプションの数を乗じる)を算出し、勤務期間を基礎とする方法その他の合理的な方法に基づき当期に発生したと認められる額を算出します(SO会計基準5項)。
[19] そして、この費用計上額に対応する金額を貸借対照表の純資産の部に新株予約権として計上します(SO会計基準4項後段)。
[20] 権利確定日を合理的に予測できない場合、ストック・オプション付与日に一括費用計上します(SO会計指針18条2項)。
[21] 一円ストック・オプションは役員退職慰労金制度に代わって導入されたことから、役員退職慰労金制度の原資確保の部分を引きずっている会社もあり、一定の固定額を原資としている場合、業績が良くなり株価が上がり新株予約権の価値が上がった場合、原資が固定しているので発行する株数を減少させるしかなく、このような制度設計ではインセンティブが働きません。
[22] 例えば、課税総所得税額が4,000万円超の場合、所得税率は45%で、住民税率10%との合計税率は55%となり、これに復興特別所得税2.1%が加算されます。
[23] 税制適格ストック・オプションの場合、④株式を(市場で)売却したときに、譲渡益(譲渡価額と権利行使価額の差額が税率20%の申告分離課税の対象となります(租税特別措置法(以下、租法)37条の11)。
[24] 費用計上額に相当する額を純資産額の部に新株予約権として計上します。
[25] 任期途中で退任した場合も退職後一定期間権利行使できる旨を定めたストック・オプションの場合、任期満了までの勤務が権利確定条件とはなっていませんので、ストック・オプション付与時に一括費用計上することになると思われます。一方、権利行使期間の開始日は明示されているが、任期途中で自己都合退職した場合にはストック・オプションの権利行使の権利を失う旨を定めたストック・オプションの場合、SO会計指針17条2号が適用され、権利行使期間の開始日の前日が権利確定日となります。
[26] 具体的には決議した取締役会の前日の終値。
[27] なお、信託を通じて有償ストック・オプションを付与するスキームにつき言及する条項はありませんが、企業会計基準委員会事務局のコメントによると、適用はありません。
[28] 同実務対応報告(会計処理)4(該当性)、5(権利確定前の経理処理)、6(権利確定後の経理処理)、7(権利確定日)など参照。
[29] この実務対応報告第30号は、その取引が法律上有効であることを前提に、その会計処理について、当面、必要と思われる実務上の取り扱いを明らかにすることを目的とする点に注意。
[30] 委託者(会社)→ 信託銀行(受託者)→ 会社役員(受益者)
[31] 信託管理人は、信託内の株式の議決権につき不行使の指図を行います。
[32] 退職給与のうち損金算入されない金額として、「当該役員のその内国法人の業務に従事した期間、その退職の事情、その内国法人と同種の事業を営む法人でその事業規模が類似するものの役員に対する退職給与の支給の状況等に照らし、その退職した役員に対する退職給与として相当であると認められる金額を超える場合におけるその超える部分の金額」(法令70条1項2号)と規定。
[33] この平成27年(2015年)研究会報告書を受けて、前述の平成28年(2016年)税制改革で、譲渡制限付株式についての課税について整備されました。
[34] 譲渡制限付株式割当契約に代わり、株主総会で決議した内容の種類株式として譲渡制限付株式を発行する方法もありますが、煩雑です。
[35] 役員がこの継続勤務期間中に退職したなど譲渡制限解除要件を満たさない場合、会社が無償で譲り受ける条件設定を行います。
[36] 但し、株式は保有していますので、配当金は受けられます。
[37] 譲渡制限期間内の譲渡を防止するために専用口座で管理することもあります。
[38] 注8(会計制度委員会研究報告第15号)参照。
[39] 注26参照。
[40] Unitとは単位、ポイントなどを意味し、株式ではありません。単位やポイントを付与した上で、権利確定までの一定の待機期間(vesting period)を経過した場合に株式を付与する報酬制度です。従って、会社(委託者)が役員に対してその業績目標の達成度に応じてポイントを付与し、それに基づき信託銀行(受託者)が役員に株式を交付する株式交付信託や、役員に対してUnit(ユニット。単位)を付与した上で、業績計画の期間経過時点での業績目標達成度に応じて株式を付与するパフォーマンス・シェア・ユニットは、リストリクティド・シェア・ユニットの一種です。
[41] 金銭報酬債権の額は、業績目標の達成度により変動する株式数だけでなく、株価の変動によって変動する一株の株価によっても変動します。業績等連動期間の末日の株価を掛ける計算式にするのが通常です。当所決議の前日の終値とすれば、株価を固定できます。
[42] 役員は金銭報酬債権等を現物出資財産(会社法199条1項3号)として払い込む代わりに、払込金額相当額を金銭で(同項2号)で払い込むことも出来ます。
※この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています