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特許侵害訴訟における損害額の算定について解説―特許法改正を踏まえて―
特許法の一部を改正する法律が、令和元年5月17日に公布され、令和2年4月1日から一部を除き施行されています。
今回の改正では、
- 査証制度の創設
- 損害賠償算定方法の見直し
が、主要な改正点です。
このうち、損害賠償額算定方法の見直しについては既に施行されており、対応を迫られている経営者や法務部の担当の方々も多いのではないでしょうか。
そこで、今回は、損害賠償算定方法の見直しについて、詳しく解説します。
1.改正の概要|損害賠償額の算定方法見直し
今回の改正により、以下の2つの場面で損害賠償額の算定方法が見直されることになりました。
・権利者の実施の能力を超える部分の損害を認定
・ライセンス料相当額の増額
(1)前提知識
権利が侵害された場合、権利者は、民法709条に基づいて侵害者に損害賠償請求をすることになります。
民法709条の原則によると、特許権の侵害があった場合、故意・過失、損害の発生、因果関係、損害額等についての主張・立証責任は、特許権者が負うことになります。
しかし、特許は、高度な専門的知識が要求されるうえ、侵害の全容を把握することも困難であり、民法の原則を貫くと、特許権者にとって酷な結果となってしまいます。
そこで、特許法は、民法709条の原則を修正し、損害額の推定・算定(102条)、過失の推定(103条)等の規定を設けることで、特許権者の主張・立証責任を軽減しています。
(2)改正の対象
今回の改正で、特許法102条1項が改正され、102条4項が新設されました。
内容については後程詳しく説明します。
(3)特許法102条とは
改正された特許法102条は、特許侵害によって特許権者の販売が減少したことを理由とする損害の算定について定めた規定です。
2.改正の経緯
改正の経緯について理解しておくことは、その内容を理解するうえで非常に有益です。
そこで、今回102条が改正されるに至った経緯について解説します。
従来の特許法における損害額についての問題点
今回、特許法改正にあたり、特許庁の審議会で検討・報告がされました。
(参照1 特許庁:実効的な権利保護に向けた知財紛争処理システムの在り方-産業構造審議会知的財産分科会特許制度小委員会-)
同審議会では、従来の損害額について、以下のような議論がされました。
(1)ユーザーの納得感の低さ
特許庁は、平成27年度に、特許侵害の損害額の納得感について調査を行いました。
その結果、従来の損害額の算定方法について、被疑侵害者側(特許を侵害している側)は不満と納得の回答に差異がみられないのに対して、特許権者側は、不満が納得を大きく上回りました。
つまり、多くの特許権者は、現状の損害賠償額が低いと感じていた、ということです。
(2)認められる損害額が訴訟費用に見合っていないこと
特許侵害訴訟には、弁護士費用をはじめ、多くの費用がかかります。
特に中小企業にとっては、せっかく勝訴しても費用倒れになってしまう見込みが高いならば、特許権を取得する意義がなくなってしまいます。
こうした問題点を解決するため、今回の特許法改正において、損害額の算定方法の見直しが検討されました。
3.改正の詳細
(1)権利者の実施の能力を超える部分の損害を認定
従来の特許法102条1項は、侵害者の譲渡数量×特許権者の単位数量あたりの利益額を損害額として算定していました。
もっとも、102条1項は、損害の算定額について「特許権者又は専用実施権者の実施の能力に応じた額を超えない限度」という上限を定めていました。
また、侵害者側が、「特許権者又は専用実施権者が販売することができないとする事情」を立証すれば、その部分は損害額から控除されました(102条1項ただし書)。
一方、102条3項によれば、侵害行為全体を実施料相当額(いわゆるライセンス料相当額)で評価し、損害賠償請求することもできます(最低限度の保証と呼ばれています)。
1項と3項のどちらかを選択して、または主位的、予備的と順位をつけて請求することは従来から認められていました。
もっとも、そのような請求だと、実施能力を超える部分や、102条1項ただし書で控除される部分については請求を諦めるか、全体をライセンス料相当額で評価して請求するしかないことになります。
そこで、侵害者の侵害行為について、特許権者の実施能力を超える部分や、102条1項ただし書で控除された数量について、102条3項(ライセンス料相当額)で計算し、これを102条1項の額に加算できるか問題となっていました(102条1項と3項の併用の可否)。
そして、従前の特許法・裁判例のもとでは、椅子式マッサージ機事件(知財高判平成18年9月25日)判決以降、併用が否定されていました。
参考 |
旧特許法第102条1項 特許権者又は専用実施権者が故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為を組成した物を譲渡したときは、その譲渡した物の数量(以下この項において「譲渡数量」という。)に、特許権者又は専用実施権者がその侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額を乗じて得た額を、特許権者又は専用実施権者の実施の能力に応じた額を超えない限度において、特許権者又は専用実施権者が受けた損害の額とすることができる。ただし、譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を特許権者又は専用実施権者が販売することができないとする事情があるときは、当該事情に相当する数量に応じた額を控除するものとする。 |
旧特許法第102条3項 特許権者又は専用実施権者は、故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対し、その特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額の金銭を、自己が受けた損害の額としてその賠償を請求することができる。 |
今回の改正によって、特許権者の実施能力を超えた部分も、損害額の算定に含まれる可能性が生じました。
また、102条1項ただし書の「販売することができないとする事情」として控除された部分についても、損害賠償額の算定に含まれる可能性が出てきました。
第102条 特許権者又は専用実施権者が故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為を組成した物を譲渡したときは、次の各号に掲げる額の合計額を、特許権者又は専用実施権者が受けた損害の額とすることができる。
一 特許権者又は専用実施権者がその侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額に、自己の特許権又は専用実施権を侵害した者が譲渡した物の数量(次号において「譲渡数量」という。)のうち当該特許権者又は専用実施権者の実施の能力に応じた数量(同号において「実施相応数量」という。)を超えない部分(その全部又は一部に相当する数量を当該特許権者又は専用実施権者が販売することができないとする事情があるときは、当該事情に相当する数量(同号において「特定数量」という。)を控除した数量)を乗じて得た額
二 譲渡数量のうち実施相応数量を超える数量又は特定数量がある場合(特許権者又は専用実施権者が、当該特許権者の特許権についての専用実施権の設定若しくは通常実施権の許諾又は当該専用実施権者の専用実施権についての通常実施権の許諾をし得たと認められない場合を除く。)におけるこれらの数量に応じた当該特許権又は専用実施権に係る特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額
引用元:特許法
102条1項2号が今回の改正により算定に含まれることになった部分になります。
今回の改正で、特許権者は、特許権者の実施能力を超える数量がある場合、または「販売することができない事情」(条文上、「特定数量」と定義されています)がある場合には、その数量に応じたライセンス料相当額(「特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額」)を請求できることになります。
なお、102条1項2号の適用が問題となる場面(「譲渡数量のうち実施相応数量を超える数量又は特定数量がある場合」)として、具体的には次のような場合が想定されています。(参照2(特許庁:令和元年度特許法等改正説明会テキスト)
①権利者の製造能力を超える数量が存在する場合
権利者の製造能力不足のため実施相応数(特許権者の生産能力)に含まれない数量があった場合、その数量については、旧法下では「実施の能力」を超えるとして算定に含まれませんでした。
改正法では、当該数量について侵害者にライセンスし得たと観念することで、ライセンス料相当額を請求し得ることになります。
②侵害者の営業努力が存在する場合
侵害者の営業努力がある場合、その営業努力によって販売できた数量ついては、旧法下の「販売することができない事情」として、損害賠償額から控除され得るものでした。
改正法では、この数量(「特定数量」)について、侵害者にライセンスしたとみなして、ライセンス相当量を請求し得ることになります。
③競合品が存在する場合
権利者の特許権を侵害しない競合品が存在していた場合、旧法下では「販売することができない事情」として、控除の事情となり得ました。
改正法では、侵害者がいなければ、権利者とその競合他社で侵害者の利益を分け合っていたと考えられる場合には、権利者は侵害者にライセンスしたとみなすことが可能であるため、ライセンス相当額を請求し得ることになります。
④特許発明が侵害製品の付加価値全体の一部にのみ寄与している場合
この場合には、寄与が否定された部分については、改正法102条1項2号による損害の認定は認めないとされています。
(2)ライセンス料相当額の増額
今回の改正で、102条4項に以下の規定が新設されました。
この規定は、ライセンス料相当額(「特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額」)の算定を拡充したものです。
4 裁判所は、第一項第二号及び前項に規定する特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額を認定するに当たっては、特許権者又は専用実施権者が、自己の特許権又は専用実施権に係る特許発明の実施の対価について、当該特許権又は専用実施権の侵害があつたことを前提として当該特許権又は専用実施権を侵害した者との間で合意をするとしたならば、当該特許権者又は専用実施権者が得ることとなるその対価を考慮することができる。
引用元:特許法
内容を要約すると、裁判所は、ライセンス相当額の算定にあたって、特許権侵害があったことを前提として交渉した場合に決まるであろう額を考慮できる、ということです。
この規定が措置されたことによって、ライセンス料相当額は増額することが見込まれます。
「受けるべき金銭の額」の考慮要素としては、従来から、当該特許の実施許諾例、業界相場、特許発明の内容、他の構成の代替性、特許発明の寄与度、侵害品の販売価格、販売数量、販売期間、権利者の姿勢・侵害者の姿勢等が挙げられています(髙部眞規子編『特許訴訟の実務(第2版)』商事法務 2017 226頁)。
さらに、これらの要素に加え、増額に働く考慮要素として、以下の要素が挙げられています。
①特許権侵害の事実
特許権侵害訴訟において、有効な特許が侵害されたことや、特許権の保護範囲内であることが判明した場合には、より高いライセンス料相当額を認めるべきだからです。
②特許権者の許諾機会の喪失
特許侵害がある場合、侵害者は、特許権者の許諾なくして特許を実施していることになります。つまり、特許権者は、特許の実施を許諾するか否かの機会を失っているといえます。
そこで、こうした事情もライセンス料増額の要素として考慮すべきであるとされています。
③侵害者が契約上の制約なく特許権を実施したこと
ライセンス契約をする際には、当事者間で契約上、様々な制約を設けることが通常です。
このような制約を受けずに侵害者が特許を実施しているという事実も、増額の考慮要素になります。
これら①~③の考慮要素は、審議会による検討結果(参照1)の中で、増額に働き得る考慮要素として挙げられており、今後、実際の訴訟において、上記要素が考慮されることが予想されます。
ただし、以上に上げた要素の一つでもあれば増額されるというわけではなく、これらの要素が相互に関連するものとして考えられているようです。(参照3 特許庁:特許制度小委員会報告書案「実効的な権利保護に向けた知財紛争処理システムの在り方(案)」に寄せられた御意見の概要と御意見に対する考え方)
※今回の改正法の考え方に沿う裁判例として、知財高判令和元年6月7日(平成30年(ネ)第10063号 特許権侵害差止等請求控訴事件)があります。
<判決文URL>
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/717/088717_hanrei.pdf
4.まとめ
今回の改正で、これまで算定に含まれなかったものが考慮されるようになります。また、これまで必ずしも明確にされていなかった要素が算定対象になるものとして明らかにされました。
したがって、改正前と比べて、特許権者が、より多くの損害額を得られる可能性があります。
ただし、今回の改正は、アメリカで採用されているような懲罰的賠償制度や、利益掃き出し型賠償制度のように、実際の損失の範囲を超える賠償額を認めたものではありません。
審議会でも検討はされたようですが、どちらについても、「引き続き議論を深めていくべきである」として、採用は見送られています。
なお、今回の特許法等の一部を改正する法律案に対する衆参両議院の附帯決議においても、引き続き、「懲罰的賠償制度」の導入について、検討が行われる旨が示されています。
今回の特許法改正によって、納得感の低さが改善されたり、中小企業がより積極的に特許制度を利用したりすることが期待されています。
改正を踏まえて,ご不明点や不安点がある場合は,特許訴訟・企業法務の経験豊富な法律事務所にご相談されることをお勧めします。
参照
参照1:(特許庁:実効的な権利保護に向けた知財紛争処理システムの在り方-産業構造審議会知的財産分科会特許制度小委員会-)
参照2:(特許庁:令和元年度特許法等改正説明会テキスト)
参照3:(特許庁:特許制度小委員会報告書案「実効的な権利保護に向けた知財紛争処理システムの在り方(案)」に寄せられた御意見の概要と御意見に対する考え方)
※この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています