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取締役が責任限定契約を締結するメリットとは?要件・効果と手続き上の注意点について
現在、社外取締役に多様な人材を登用したいという要望が高まっています。
しかし、その一方で、取締役などの役員に就任すると、任務懈怠責任が発生した場合に多額の損害賠償を請求されるというリスクが存在するという点を見落としてはいけません。
つまり、「社外取締役として活躍したいが、任務懈怠責任追及のリスクを考慮すると、就任することに抵抗感を覚える」という事態が発生するということです。
この点、社外取締役の積極的な就任を促すために、会社法では「責任限定契約」という制度が設計されています。
そこで今回は、取締役の責任限定契約の内容や要件、締結時の注意点について解説します。
1.取締役が締結する責任限定契約とは
責任限定契約とは、「取締役などの役員が負担する任務懈怠行為に基づく損害賠償責任について、一定の要件を充たす場合に限ってその一部を免除する」ことを旨とする契約のことです(会社法第427条)。
1項 第424条の規定にかかわらず、株式会社は、取締役(業務執行取締役等であるものを除く。)、会計参与、監査役又は会計監査人(以下この条及び第911条第3項第25号において「非業務執行取締役等」という。)の第423条第1項の責任について、当該非業務執行取締役等が職務を行うにつき善意でかつ重大な過失がないときは、定款で定めた額の範囲であらかじめ株式会社が定めた額と最低責任限度額のいずれか高い額を限度とする旨の契約を非業務執行取締役等と締結することができる旨を定款で定めることができる。
本来、取締役などの役員は、その任務を怠って株式会社に損害を生ぜしめた場合には、任務懈怠に基づく損害賠償責任を負担しなければいけません(会社法第423条)。
しかし、任務懈怠責任によって多額の賠償金を追及されるリスクがあると、優秀な人材や多様なバックボーンを有する人材が経営参画に抵抗感を抱いてしまいます。
責任限定契約で損害賠償責任の範囲を限定すれば、株式会社の役員になるためのハードルが下がるため、会社役員になることに対して前向きになる人が増えるはずです。
したがって、会社法における責任限定契約とは、役員等の損害賠償責任を一部制限することによって人材確保の実効性を高める制度だと言えるでしょう。
2.取締役の責任限定契約の要件4つ
責任限定契約は当事者間で自由に締結できるものではありません。
会社・株主が想定外の不利益を被るのを防止するために、次の4つの要件を充たす必要があります。
- 責任主体要件を充たすこと
- 任務懈怠につき善意・無重過失であること
- 責任限定契約を締結できる旨を定款で定めていること
- 有効な責任限定契約を締結していること
(1)責任限定契約の主体(非業務執行取締役など)要件を充たすこと
株式会社との間で責任限定契約を締結できるのは、以下に該当する「非業務執行取締役等」だけです。
- 取締役(業務執行取締役等を除く)
- 会計参与
- 監査役
- 会計監査人
そもそも、責任限定契約は、事前に株式会社との間で契約をすることによって、役員等が任務懈怠責任による多額の賠償金を負担するリスクを回避するものです。
これは、多様な人材を確保する点で役員等にとって大きなメリットである反面、会社・株主側にとっては「役員等の賠償責任が制限されると、会社に生じた損害の全額を補填できない可能性がある」というデメリットがあることを意味します。
このメリット・デメリットを勘案した結果、業務執行に従事する取締役は責任限定契約の主体から除外し、「責任限定契約を締結できる主体は非業務執行取締役等に限る」という制度設計が採られています。
(2)善意・無重過失であること
責任限定契約の内容通りに任務懈怠責任が免除されるのは、当該非業務執行取締役等が職務執行につき「善意・無重過失であること」という要件を充たさなければいけません。
人材確保の観点からは免責の要件を緩和すべきですが、悪意や重過失が認められる態様で会社に損害を生じた場合にまで責任を免除すると、会社・株主に不測の損害を生じるおそれがあるからです。
(3)責任限定契約について定款の定めがあること
有効な責任限定契約を締結するためには、会社の定款に責任限定契約についての定めがあり、かつ、その旨の登記がなされていなければいけません。
なぜなら、責任限定契約は会社・株主にとって不利益を生じる可能性があるものである以上、事前に株主総会の特別決議を経ることによって会社・株主側の了承を得ておく必要があると考えられるからです。
定款に定めがない場合や登記未了の場合、責任限定契約は無効です。
なお、監査役設置会社または委員会型の会社の場合、責任限定契約を締結できる旨の定款変更議案を株主総会に提出するには、監査役設置会社では監査役(2人以上ある場合には各監査役)、監査等委員会設置会社では各監査等委員、指名委員会等設置会社では各監査委員の同意が必要とされています(会社法第427条3項)。
(4)責任限定契約を締結していること
非業務執行取締役等が責任限定契約の恩恵を受けるには、就任時に締結する委任契約とは別に、責任限定を旨とする契約を締結する必要があります。
後にトラブルにならないよう、弁護士などの専門家に相談し、個々の事案に即した適切な契約書を取り交わしておくべきでしょう。
責任限定契約書
〇〇(以下「甲」と言う。)と株式会社△△(以下「乙」と言う。)は、非業務執行取締役甲の責任について、以下の通りの契約を締結する。
第1条(目的)
本契約は,会社の定款及び会社法第427条その他の法令に従い、甲が乙の非業務執行取締役として職務を行うにつき会社に対して損害を与えた場合における損害賠償責任に関して限度を定めることを目的とする。
第2条(責任限定)
甲の会社法第423条第1項の責任について、甲が職務を行うにつき善意でかつ重大な過失がないときは、甲の責任は、金〇万円と会社法第425条第1項で定める最低責任限度額のいずれか高い金額を限度とする。
第3条(効力)
第4条(責任限定手続)
~以下省略~
3.取締役の責任限定契約の効果
非業務執行取締役等が責任限定契約を締結すると、任務懈怠責任が発生した場合でも以下1,2のいずれか高いほう金額まで賠償責任が制限されます。
- 定款で定めた金額の範囲内であらかじめ会社が定めた額
- 最低責任限度額
つまり、当該人物が非業務執行取締役等に就任する前に、任務懈怠責任発生時の最大損害賠償額が明確になると言うことです。
これにより、役職就任への萎縮性が緩和されると考えられるので、多様な人材確保を実現しやすくなるでしょう。
4.取締役の責任限定契約に関する注意点4つ
非業務執行取締役等の責任限定契約については、以下4つの注意点が存在します。
- 原始定款に規定がなければ定款変更手続きが必要
- 責任限定契約の締結には取締役会もしくは取締役の過半数の賛成が必要
- 責任限定契約に基づいて賠償額を一部免除する際には株主総会における情報開示が必要
- 責任限定契約以外にも賠償額が免除または補償される方法が存在する
特に重要なポイントが、4つ目の「責任限定契約以外の方法」です。
具体的な方法として、次のような手法が存在します。
- 総株主の同意に基づく全部免除(会社法第424条)
- 株主総会決議に基づく一部免除(会社法第425条)
- 取締役会決議に基づく一部免除(会社法第426条)
- 会社補償(会社法第430条の2)
- D&O保険(役員等賠償責任保険契約)による補償(会社法第430条の3)
株式会社との間で事前に責任限定契約を締結するのが難しい場合には、これらの方法もあわせてご検討ください。
まとめ
社外取締役就任への抵抗感を払拭するなら、責任限定契約制度の活用は有効な手段です。
ただし、責任限定契約を締結する前には定款変更などの手続きが必要ですし、責任限定契約に基づいて賠償額を一部免除する際にも株主総会への情報開示などのプロセスが求められます。
手続きに瑕疵があると、責任限定契約に基づく免責の有効性自体に問題が生じかねません。
そこで、今後新規人材を積極的に登用したいのなら、弁護士などの専門家に相談しながら責任限定契約制度を確立するのがポイントとなります。
御社の将来的な発展のために、今の段階から社内体制の整備に尽力しましょう。
※この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています