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取引基本契約における債務不履行による損害賠償について解説 ~ 債権法改正を踏まえて
1.はじめに
改正民法(改正債権法)は2020年4月1日に施行されることが決まっています。
民法改正(債権法改正)により、とりわけ、諸々の契約類型に一般的に適用される債権総則及び契約総則が大幅に改正されました。
本記事では、企業間でなされる取引基本契約に対して民法改正(債権法改正)が与える影響につきまして、まず取引基本契約の意義について触れた上で、契約の履行遅滞その他の債務不履行による損害賠償に関する民法の改正点を踏まえて取引基本契約に与え得る影響を解説します。
2.取引基本契約とは
民法(改正前も改正後も)には、取引基本契約の定義について特に規定があるわけではありません。
ですが、企業間取引において、例えば特定の商品を将来にわたって、継続的に売買することが予定されている場合に、その1回1回の売買ごとに、毎回売買契約を結ばなければならないとすると、非常に煩雑であり、企業間において、商品がスピーディーに流通しにくくなります。
そこで、民法上は特に規定はありませんが、企業間において、継続的に取引することが予定されている場合には、あらかじめ予定されている取引の全てに共通して適用される契約内容を合意しておくことがあります。
これによって、その後の個々の取引をスピーディーに、かつ簡便に進めていくことができます。
このように、企業間における継続的取引において、今後、反復継続してなされる個々の取引に共通して適用される契約条項をあらかじめ企業間で合意しておく契約のことを指して、一般的に、取引基本契約と呼んでいます。
3.代金支払い債務と商品引渡し債務の発生時期(個別契約の成立時期)
(1)取引基本契約における代金支払い債務と商品引渡し債務の発生時期
売買の取引基本契約を例にして説明しますと、取引基本契約自体は、売買契約そのものではありません。
つまり、取引基本契約を結んだだけでは、商品を引き渡す義務は発生しませんし、商品の代金を支払う義務も発生しません。
取引基本契約を結んだ後に、個別契約が成立することにより、売買契約が成立し、商品引渡し義務と代金支払い義務が発生しますので、債務不履行の有無を検討する前提として、いつどのような売買契約が成立したのかを確定する必要があります。
そこで、取引基本契約においては、どのような場合に個別の売買契約が成立するのか(成立条件、成立時期、成立した場合の契約内容)を定めておくことになります。
例えば、次のような条項を定めておくことが考えられます。
【条項例】
(個別契約の成立)
1.個別契約は、買主が所定の注文書により発注し、売主がこれに承諾した時に成立する。 2.売主が、前項の発注内容に異議がある場合には、発注書を受けてから1週間以内に買主に異議を申し出るものとする。 3.売主が、第1項の発注書を受け取ってから1週間以内に請書を交付せず、異議も申し出なかった場合、第1項の発注内容のとおりに承諾したものとみなす。 |
(2)個別契約の成立時期に関する民法改正点
個別契約の成立時期については、「承諾」に関して、「発信主義」から「到達主義」へ改正されました。
現行民法は「隔地者間の契約は、承諾の通知を発した時に成立する」と定めていて、発信主義が採用されています(現行民法526条1項)。
今回の民法改正で、この隔地者間の契約における発信主義の規定は削除され、承諾の意思表示は相手方に到達した時に効力が生じることになりました(改正民法97条)。
そのため、承諾において発信主義を採用する場合には、取引基本契約に明確に定めておく必要があります。
また、現行民法522条は、契約の承諾が、承諾期間の経過後に到達した場合であっても、通常の場合にはその期間内に到達すべき時に発送したものであることを知ることができる時は、申込者は、遅滞なく、相手方に対してその延着の通知を発しなければならず、申込者がこれを怠った時は、相手方からの承諾の通知は承諾期間内に到達したものとみなすと規定していますが、今回の改正で削除されました。
これは、改正民法が契約の承諾について、発信主義を廃止し、到達主義を採用することにしたため、到達主義の下では、承諾期間内に到達しなかった場合のリスクは承諾者が負担すべきとの考えを前提としています。
ですが、何らかの事情で承諾の意思表示が到達するのが遅くなることもあり得ますので、承諾者側(売主)の立場からは、到達が遅延する場合に備えて、取引基本契約において現行民法522条と同様の定めをしておくことも望ましいです。
その場合、次のような条項を定めておくことが考えられます。
【条項例】
(承諾の通知の延着)
第〇項に定める申込みに対する承諾の通知が、同項所定の期間経過後に到達した場合であっても、通常の場合にはその期間内に到達するべき時に発送したものであることを知ることができるときは、買主(申込者)が、売主(承諾者)に対して、承諾の通知の到達前に承諾通知が遅延している旨の通知を発し、又は承諾の通知の到達後遅滞なく、承諾の通知が延着した旨の通知を発した場合でない限り、承諾の通知は同項所定の期間内に到達したものとみなす。 |
なお、契約の申込みに対して、何の回答もしなかった場合の規律は現行民法のとおりです。
民法上は、承諾期間内に何も回答が無かった場合は、申込みは効力を失います(契約は成立しない)(現行民法521条2項、改正民法523条2項)。
しかし、「平常取引」を行う関係にある商人間の取引においては、申込みに対して何も回答が無かった場合は、承諾したものとみなされます(商法509条2項)。
取引基本契約を締結している企業間は、「平常取引」を行う関係にある商人となるのが通常ですので、取引基本契約書において、申込みに対して何も回答が無かった場合の取決めを定めていなければ、商法509条2項が適用されます。
4.代金支払い債務の遅延損害金について
(1)遅延損害利率の民法改正点
売買契約が成立し、売主側が商品を納品したにもかかわらず、代金が支払われない場合、売主は買主に対して、代金の支払いに加えて、遅延損害金を請求することができます。
遅延損害金の利率について当事者間で合意していなければ、法定利率によって計算することになります。
法定利率について、現行民法においては「固定利率」が定めてありましたが、改正民法においては3年ごとに利率が変動し得る「変動利率」へと改正されました。
現行民法において、代金の利率や遅延損害金の利率は、
- 民法上は年5%(現行民法404条)
- 商法上は年6%(現行商法514条)
と定められています。
商事法定利率が適用されるのは、債権者と債務者のどちらか一方または双方にとっての商行為によって生じた債務についてです。
取引基本契約に基づいて発生する債務は通常は商行為によって生じる債務です。
そのため、現行民法のもとでは、取引基本契約を締結する企業間において発生する債務や遅延損害金の利率は、商法514条が適用され、年6%になります。
取引基本契約において利率に関する合意をしていなければ代金債務や遅延損害金の利率は年6%になります。
改正民法に伴い、商事法定利率を定めた商法514条は削除され、商取引における法定利率は、改正民法の規律に統一されることになりました。
では、商取引にも適用されることになった改正民法における法定利率はどのようになったのかというと、改正民法の施行時(2020年4月1日)における法定利率は年3%となりました。
その後、3年を一期として、一期ごとに、市場金利の動向等に連動して法定利率が変動し得ることになりました。
変動利率制において、どの時点の法定利率が適用されるかが問題となり得ますが、その利息が生じた最初の時点における法定利率が適用されることになりました(改正民法404条1項)。
最初に利息が発生した時以降に法定利率が変動しても、その元本に適用される法定利率はあくまでも最初に利率が発生した時の法定利率になります。
(2)取引基本契約に遅延損害利率を明記しておく必要性
取引基本契約において遅延損害金の利率を定めていない場合、現行民法の下では、遅延損害利率は商事法定利率の年6%で計算すれば足りますが、改正民法の下では、最初に遅延損害金が発生した時点の法定利率が適用されますので、いつ最初の遅滞が発生するのかによって適用される法定利率が変わる可能性があります。
また、取引基本契約のもとにおける個々の個別取引ごとに法定利率が異なってくる可能性もあります。
そのため、取引基本契約書において、遅延損害金の利率を明記しておく必要性は高まったと言えます。
その場合、次のような条項を定めておくことが考えられます。
【条項例】
(代金の支払い条件および代金の遅延損害金)
1.買主は、本契約により発注した目的物の代金を、毎月末日締切りとして、翌月20日に売主に支払う。 2.買主が、前項に定める代金の支払いを怠ったときは、支払日の翌日から支払い済みに至るまで年6%の割合による遅延損害金を売主に支払う。 |
5.商品引渡し債務の不履行による損害賠償について
(1)債務不履行による損害賠償に関する民法改正点
売買契約の取引基本契約を締結し、その後、継続的な売買を行っている企業間において、売主が期限に商品を引き渡せなかったり、商品が滅失して引渡しが不能になったりする場面が発生することがあります。
その場合、買主は売主に対して損害賠償を求めることができます。
今回の民法改正により、この損害賠償に関して定めた民法の条文も改正されました。改正ポイントは次のとおりです。
① 履行不能以外の債務不履行責任の免責事由の明記
現行民法415条は、前段で債務者が本旨に従った履行をしない時は、債権者はこれによって生じた損害の賠償請求をできることを定め、後段で債務者の責めに帰すべき事由によって履行不能となった場合も同様であると定められています。
この条文では、履行不能以外の債務不履行(前段)の損害賠償請求に債務者の帰責事由が要件となっているのか不明確でした。
しかし、判例上は、債務者の帰責事由が要件であると解釈していました。
今回の民法改正では、そのことを明記しました。
② 債務不履行責任の免責事由の立証責任
また、現行民法415条後段は「債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなった」と定めていることから、損賠償請求をする際には、債権者側が「債務者の帰責事由」を立証しなければならないように読めます。
しかし、判例では、債務者に履行義務があることから、債権者側は債務不履行の事実を証明すれば十分で、債務者側が「債務者に帰責事由がないこと」を証明するべきであると解釈されていました。
そこで、今回の民法改正では、債権者側は債務不履行の事実の立証責任のみを負い、損害賠償責任を免れたい債務者側が「債務者に帰責事由がないこと」の立証責任を負うと読めるような条文構造にしました。
③ 履行に代わる損害賠償
債務不履行による損害賠償請求が認められる場合に、一定の要件のもとに、「契約上の物を引き渡す義務」が「物の価額を賠償する義務」になります。
この損害賠償を填補賠償(履行に代わる損害賠償)と言います。
現行民法の下では、解釈上、履行不能の場合には填補賠償が認められていますが、現行民法には填補賠償の規定そのものはありません。
また、履行不能以外にどのような場合に填補賠償が認められるのかが明らかではありません。
そこで、今回の民法改正で、填補賠償を明記するとともに、どのような場合に填補賠償できるのかという要件も明記しました。
具体的には次の3つの場合に填補賠償が認められています。
- 債務が履行不能であるとき
- 債務者が債務の履行を拒否する意思を明確に表示したとき
- 契約が解除され、又は債務不履行による契約の解除権が発生したとき
④ 履行遅滞中の履行不能
債務者の責めに帰すべき事由により履行不能となった場合に債務者は損害賠償責任を負いますが、履行不能が債務者の責めに帰すべき事由によらない場合は損害賠償責任を負いません。
他方で、現行民法のもとでは、債務者の責めに帰すべき事由により履行遅滞となっている間に、債務者の責めに帰すべき事由によらないで履行不能となった場合は、「債務者の責めに帰すべき事由による履行不能」なのか否かは明確ではありませんでした。
ですが、判例上は、このような場合には、債務者の責めに帰すべき事由による履行不能であると判断しているため、今回の民法改正では、そのことを明記しました。
⑤ 原始的不能の場合の損害賠償
現行民法のもとでは、契約成立時に既に債務の履行が不能であった場合(原始的不能)の契約の効力がどのようになるのかが明確ではありません。
判例では、傍論で「一般に契約の履行がその契約締結の当初において客観的に不能であれば、その契約は不可能な事項を目的とするものとして無効とせられる」と述べられたことがあり(最判昭和25年10月26日民集第4巻10号497頁)、学説では原始的不能の契約は無効とする有力な見解もありました。
しかし、原始的な不能であろうと、債権者側に不測の損害を与える場合があり、そのような不測の損害を、契約締結前の不能か契約締結後の不能かという偶然の事情により、債権者側に負担させる合理的な理由が無いとする見解もありました。
そこで、今回の民法改正により、原始的不能であっても契約は有効として、後発的不能と同様に、債務者の責めに帰すべき事由があれば、損害賠償請求することができることになりました。
⑥ 損害賠償の範囲
債務不履行による損害賠償請求ができる場合に、債務者はどの範囲の損害を賠償する責任を負うのかについては、現行民法416条1項は「これによって通常生ずべき損害」を賠償する義務を負うことを定めています。
また現行民法416条2項は「特別な事情によって生じた損害」であったとしても「その事情を予見し、又は予見することができたとき」はその賠償義務も負うことを定めています。
改正民法においても、416条1項において「これによって通常生ずべき損害」を賠償する義務を負うことを定めていることに変わりはありません。
他方で、416条2項は「特別な事情によって生じた損害」について、「その事情を予見し、又は予見することができたとき」という要件を、改正民法においては「その事情を予見すべきであったとき」と規定しています。
これは、単に、債務者が債権者から、特別事情を告げられていた場合であっても直ちに特別損害すべてに責任を負わされるのではなく、債務者が予見すべきであったと規範的に評価される特別の事情によって通常生ずべき損害のみが賠償の範囲に含まれるという解釈をすることを可能とするための改正です。
民法416条2項の意味につきましては、具体例を交えて説明した方が分かりやすいと思いますので、後記(3)で詳述します。
⑦ 賠償額の予定
債務不履行による損害賠償請求が認められる場合であっても、損害額がいくらであるのか、どこまでの範囲の損害を賠償請求することができるのかが、争いになることがあります。
そこで、損害額に関する紛争を予防するために、債務不履行によってどのような損害が発生したのかに関わらず、契約において、あらかじめ損害賠償額を定めておくことが考えられます。
この点については、現行民法420条1項に規定に「当事者は、債務の不履行について損害賠償の額を予定することができる。
この場合において、裁判所は、その額を増減することができない。」との定めがあり、賠償額の予定と呼ばれるものです。
契約において、あらかじめ賠償額の予定の定めがある場合、債権者は、債務不履行の事実を立証すれば、損害の有無及び損害額を立証しなくても、予定された損害賠償額を請求することができます。
もっとも、現行民法420条1項後段で、上記の通り「この場合において、裁判所は、その額を増減ることができない。」と定められていますが、契約上定められた賠償額の予定の金額があまりにも過大な金額の場合には、判例上、公序良俗違反(民法90条)を理由に、そのような過大な損害賠償額の予定の全部又は一部を無効として減額を認めたケースがあり、逆に契約上定められた賠償額の予定の金額があまりにも少額な金額場合にも、公序良俗違反(民法90条)を理由に、そのような過少の損害賠償額の予定を無効として増額を認めた判例もあります。
したがいまして、契約上、賠償額が予定されている場合であっても、あまりに過大な賠償額が予定されている場合には、減額される可能性がありますし、あまりに少額な賠償額しか予定されていない場合には、増額される可能性があります。
これらの判例を踏まえて、今回の民法改正において、現行民法420条1項後段の「この場合において、裁判所は、その額を増減することができない。」という部分だけが削除されました。
(2)取引基本契約に与える影響
上記(1)の①~④は、これまでの判例を明文化したものです。
また上記(1)の⑥も、現行民法の下においても、債務者が予見していたか又は予見できたという事実の有無だけでなく、予見すべきだったかという規範的な評価を問題にしていましたので、これらの改正点は、取引基本契約に与える影響はさほどないと考えられます。
さらに上記(1)の⑦も、これまでの判例を反映させたものといえます。
これに対して、上記(1)の⑤は、判例及び有力な学説と異なる見解を明文化したということができます。
したがいまして、債務不履行に基づく損害賠償請求に関する以上の民法改正は、上記(1)の⑤を除くと、これまでの判例上の見解を明文化したものですので、取引基本契約に与える影響はさほどなく、上記(1)の⑤のみが、これまでの判例と異なる見解を明文化したものといえますので、その限度で影響を与え得ると言えます。
(3)民法416条2項の解釈論について
以上のように、債務不履行に基づく損害賠償請求に関する民法上の規定は、これまでの判例上の解釈を明文化したものが多数あり、条文上不明確であった部分の多くを明確化したものといえます。
他方で、現行民法において解釈論が分かれており、今回の民法改正においても明確化されなかった点があります。
具体的には、現行民法416条2項は、上記(1)の⑥の通りの改正がありましたが、そのほかに、現行民法416条2項の解釈論として、ア.予見の対象は何か、イ.誰の予見可能性を検討するべきか、ウ.どの時点での予見可能性を検討するべきか、という対立点がありました(※判例・通説は、「債務者が債務不履行時において特別の事情を予見し又は予見可能だったか」を検討するべきとする見解ですが、これに対しては、「契約の両当事者が契約締結時において当該損害を予見し又は予見可能だったか」を検討するべきとする反対有力説があります)。
この対立点については、今回の民法改正では、明文化されませんでした。
また、改正民法施行後においても、特別の事情によって生じた損害が発生した場合に、特別の事情を「予見すべきであったか」などについては、争いになり得ます。
上記で述べた、今回の民法改正では明文化されなかった対立点や、今回の民法改正で明文化された「予見すべきであった」か否かという点が、どのような場面で争いとなり得るか、次の事例を交えて説明します。
【事例】
商品甲をAがBに100万円で売却する契約を結び、BがそれをCに転売する契約を結んでいました。そのBC間の転売契約の中には違約金の定めがありました。
AB間の売買契約の成立後に、BがAに対して、「商品甲を転売する契約を結んでおり、その転売契約の中に50万円の違約金の定めがある」と告げていましたが、その後、Aは商品甲をBに引き渡すことができなかったために、BもCに商品を引き渡すことができませんでした。これにより、転売契約において定められていた違約金50万円をBがCに支払いました。 Bは、Cに支払った違約金相当額を、Aに対して賠償請求できるでしょうか。 |
BC間の違約金の合意は、Aにとっては通常予見できないものと考えられますので、特別の事情になります。この場合、BがあらかじめAに対して違約金の合意の存在を告げていたら、違約金を予見すべきであったということになり得ます。
上記の具体例では、AB間の売買契約成立後に、BがAに対して転売契約の違約金を告げていました。
この場合、反対有力説(「契約の両当事者が契約締結時において当該損害を予見し又は予見可能だったか」を検討するべきとする見解)によれば、Bが違約金50万円の存在をAに告げたのはAB間の売買契約成立後ですので、AB間の売買契約成立時点では、Aは違約金の存在を知りませんので、Aの債務不履行によりBがCに違約金50万円を支払わざるを得なくなること(特別の損害)を予見することはできません。
そのため、「契約締結時に、特別の損害を両当事者が予見すべきであった」ということはできません。
したがいまして、BはAに対して違約金相当額を賠償請求することができません。
これに対して、判例・通説(「債務者が債務不履行時において特別の事情を予見し又は予見可能だったか」を検討するべきとする見解)によれば、債務不履行時には、Aは、BC間の転売契約における50万円の違約金の存在(特別の事情)を予見すべきであったということができますし、BがCに支払った違約金50万円は、特別の事情により通常生ずべき損害ということができますので、BはAに対して違約金相当額を賠償請求することができます。
ただし、BC間の違約金の金額が高額な場合、例えば、商品甲が100万円の価値であるのに対して、500万円の違約金の合意をしていたケースでは、500万円の違約金の合意をBがAに告げていたらAは全て賠償するべきでしょうか。
改正民法では、このような高額な違約金を「予見すべきであったかどうか」という規範的な評価を入れることで、特別な事情を予見できたとしても、その特別の事情から通常生ずる損害の限度で賠償責任を負うという解釈が、条文上可能になりました。
しかしながら、100万円の商品に対して、500万円の違約金は高額すぎるから、「予見すべきであった」とは言えないとしても、違約金の金額が150万円や200万円程度であったとしたら、その違約金の合意によるBの損害を「予見すべきであった」といえるかどうかは明確に判断し難いところであり、BがAに損害賠償請求することができるかどうかは争いになり得ます。
以上の通り、改正民法下においても、どこまでの範囲の損害を賠償請求することができるかが争いになり得ます。
そこで、損害額に関する紛争を予防するために、債務不履行によってどのような損害が発生したのかに関わらず、取引基本契約において、あらかじめ賠償額を予定しておくことが考えられます(改正民法420条1項)。
この定めがある場合、債権者は、債務不履行の事実を立証すれば、損害の有無及び損害額を立証しなくても、予定された損害賠償額を請求することができます。
ただし、上記(1)の⑦で述べた通り、あらかじめ損害賠償の予定額を取り決めておく場合には、過大な金額あるいは過少な金額にならないように取り決めておくのが良いでしょう。
取引基本契約において、賠償額の予定を定める場合、次のような条項を定めておくことが考えられます。
【条項例】
(違約金)
売主は、個別契約上の義務に違反して買主に損害を与えたときは、買主に対して、違 約金として金50万円を支払う。 |
6.最後に
今回は、債権法改正を念頭に置きつつ、取引基本契約における債務不履行による損害賠償をテーマに解説しました。
2020年4月1日から施行される改正民法は、債務不履行による損害賠償の条文だけではなく、債権法全体を大幅に改正しました。
債権法改正を踏まえて、これまで定型的に利用してきた取引基本契約書を見直す必要があります。
後の紛争を予防するために、債権法改正を踏まえて、取引基本契約の締結や改訂にご不明点や不安点がある場合は、企業法務の経験豊富な法律事務所にご相談されることをお勧めします。
※この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています