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民法改正で新設された諾成的消費貸借契約の契約書作成の注意点
平成29年6月2日に公布された民法の改正法が、いよいよ2020年4月1日から施行されます。
ここでは、改正された契約類型の一つである消費貸借契約について解説します。
第1回は、消費貸借契約の中で、新たに定められた諾成的消費貸借契約について、その内容と契約書作成の際の注意点について解説します。
1.通常の消費貸借契約と諾成的消費貸借契約の違い
消費貸借契約 | 当事者の一方が種類、品質及び数量の同じ物をもって返還する |
諾成的消費貸借契約 | 物の受け渡しが不要であり、当事者の合意だけで成立する契約 |
消費貸借契約は、当事者の一方が種類、品質及び数量の同じ物をもって返還することを約して相手方から金銭その他の物を受け取ることによって、その効力を生ずる(民法587条)とされています。
例えば、お金のように、代替性のあるものを、後日返すことを約束して借り、期限までに返済するというものです。このように金銭を対象とする場合、特に金銭消費貸借契約と呼びます。
このように消費貸借契約は、金銭その他の物を「受け取ることによって」効力が生じるとされています。
つまり、効力が生じるためには対象物の受け渡しが必要となっています。
このような契約を要物契約といいます。
これに対して、契約の効力が生じるために、このような物の受け渡しが不要であり、当事者の合意だけで成立する契約を諾成契約といいます。
改正民法は、書面でする消費貸借は、当事者の一方が金銭その他の物を引き渡すことを約し、相手方がその受け取った物と種類、品質、数量の同じ物をもって返還をすることを約することによって、その効力を生ずる(改正民法587条の2第1項)と規定し、物の受け渡しがなくても効力が生じる諾成的消費貸借契約を定めたのです。
民法の改正前も、民法には規定されていない契約として、いわゆる諾成的消費貸借は判例(最判昭和48・3・16)上認められていました。
ただし、新たに定められた諾成的消費貸借契約は、通常の消費貸借契約と違い、口頭で締結することはできず、書面で行わなければならないという違いがあります。
もっとも、消費貸借の詳細な内容まで記載されている必要はなく、金銭その他の物を貸す旨の貸主の意思とそれを借りる旨の借主の意思の両方が表れていれば足りることとなっています。
また、これについては電磁的記録によって行うことも可能(同条4項)ですので、例えばメールでのやり取りでも締結することが可能です。
もっとも、メールの場合は、簡便なやりとりであることから、合意するつもりがなかったのに、意図せずに、あるいは意図とは異なる内容の消費貸借契約が締結されたという紛争にならないように注意が必要です。
以下では、金銭消費貸借契約を前提に説明します。
2.諾成的消費貸借契約の解除について
諾成的消費貸借契約の場合、借主は、貸主から目的物を受け取るまでの間は、契約の解除をすることができます(同条2項)。
目的物を受け取る前に、借主が目的物を借りる理由がなくなってしまう場合がありうるからです。
3.解除の場合の借主の責任
(1)ただし、この場合、貸主は借主の解除によって受けた損害の賠償を借主に対して請求できることとなっています(同項但書)。
ここでいう損害としては、例えば、目的物を調達するために支出したコストなどが考えられます。
(2)もっとも、具体的に個々の事案で生じた損害の内容や因果関係の主張立証責任は貸主が負うものとされています。
そうすると、貸主としては、借主による解除による貸主の損害の賠償について、損害賠償額の予定の合意をしておくことが考えられます。
他方で、借主側としては、解除の場合の損害賠償責任について、これを回避又は制限する方向での規定を設けるということが考えられます。
(3)諾成的金銭消費貸借契約の場合、貸主側としては、以下のような規定を設けることが考えられます。
①借主は、貸主から金銭を受け取るまで契約の解除をすることができる。
②借主は、前項の解除により貸主に損害を与えた場合には、貸主に対し、金●●円を支払う。ただし、実際に生じた損害が上記金額を上回る場合には、実際に生じた損害の賠償を請求できる。 |
また、借主側としては、以下のような規定を定めることが考えられます。
①借主は、貸主から金銭を受け取るまで契約の解除をすることができる。
②借主は、当該解除について貸主に対し何らの損害賠償責任を負わないものとする。 |
①借主は、貸主から金銭を受け取るまで契約の解除をすることができる。
②当該解除について借主が貸主に対して負う損害賠償の金額は、金●●円を超えないものとする。 |
4.貸付前に一方当事者が破産した場合
諾成的金銭消費貸借契約の貸主は、貸付の実行前に「貸す義務」が、借主には「借りる権利」が発生します。
そうすると、例えば貸付の実行前に、貸主または借主が破産してしまうという事態があり得ます。
貸主破産の場合には、そもそも貸付ける金銭がないか、あっても貸付予定であった金銭を含む貸主の総資産は破産管財人の管理下に入り、債権者のための配当原資になりますし、また、借主破産の場合には、貸主に返済能力のない借主に貸す義務を負わせることになって不合理ですし、破産の手続きが煩雑になってしまうことから、借主が貸主から金銭を受け取る前に当事者の一方が破産手続開始の決定を受けたときは、その効力を失う(改正民法587条の2第3項)ものとされました。
5.その他借主の信用力に不安が生じた場合
(1)信用不安については貸す義務は消滅しない
先ほどのとおり、借主が破産した場合は、民法上、契約は当然に失効するため、貸主は金銭の交付義務を負わなくなります。
しかし、その他の民事再生手続や会社更生手続等の信用不安については、民法に規定されていませんから、貸主の貸す義務は消滅しません。
そこで、貸主としては、これらの手続開始の申立てにより、諾成的消費貸借契約が失効事由や解除事由となることを契約書に規定しておくということが考えられます。
(2)貸付の実行の前提条件として定めておくということも
また、貸主が融資を実行する前提条件として、借主に信用不安が生じていないこと、借主の財務状況等の資料など、貸主の求める一定の書類が借主その他第三者から提出されること、借主の借りる権利について、無断譲渡や差押等の事由が生じていないこと等を貸付の実行の前提条件として定めておくということも考えられます。
例えば、以下のような条項が考えられます。
第○条(貸付実行の前提条件)
貸主は、次の各号に定める条件が実行日において全て充足されることを条件に貸付を実行する。 ① 天災・戦争・テロ攻撃の勃発、電気・通信・各種決済システムの不通・障害、その他貸主の責によらない事由のうち、これにより貸主による本貸付の全部または一部の実行が不可能となる事由がないこと。 ② 第×条各号記載の事項がいずれも真実かつ正確であること。 ③ 借主が本契約の各条項に違反しておらず、また、実行日以降においてかかる違反が生じるおそれのないこと。 ④ ・・・・・・ |
第×条(借主による表明及び保証)
借主は、貸主に対し、本契約の実行日において、次の各号に記載された事項が真実に相違ないことを表明及び保証する。 ① 借主が作成する報告書等は、日本国において一般に公正妥当と認められている会計基準に照らして正確で、かつ、適法に作成されており、法令等により当該報告書等について監査を受ける義務がある場合については、必要な監査を受けていること。 ② 令和●年●月決算終了以降、当該決算期に係る借主が作成した報告書等に示された借主の事業、財産または財政状態を低下させ、借主の本契約に基づく義務の履行に重大な影響を与える可能性がある重要な変更は発生していないこと。 ③ 借主に関して、本契約上の義務の履行に重大な悪影響を及ぼす、または及ぼす可能性のあるいかなる訴訟、仲裁、行政手続その他の紛争も開始されておらず、開始されるおそれのないこと。 ④ 支払の停止または破産手続開始、民亊再生手続開始、会社更生手続開始、特別清算手続開始その他これに類似する法的整理手続開始の申立がされておらず、またはされるおそれのないこと。 ⑤ ・・・・・ |
6.契約書の作成にあたっては、専門家によるチェックを
いかがでしょうか。
諾成的消費貸借契約は、通常の消費貸借契約よりも契約がし易い反面、種々の問題発生のリスクを孕んでいます。
それらを予防するためにどのような契約条項を設けるべきか、予防のために設けた条項が、果たして意味があるのか、あるいは後に無効であると争われないか等を検討することが望まれます。
その判断のためには、過去の事例やそれに対する裁判所の判断等の専門的な知識が不可欠となります。
せっかく作成した契約書が有効に紛争を予防し、また、仮に紛争になった場合にも有効に防御できるようにするためにも、専門家に相談し、法的なチェックをしてもらうことをお勧めいたします。
※この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています