企業法務のご相談も受付中。お気軽にお問合わせください。
登録無しで使える中小企業の権利とは?
1.はじめに
「下町ロケットに学べ-中小企業のアイデアを活かす」では知的財産権四権(特許権、実用新案権、意匠権、商標権、以下「知財四権」といいます)を取り上げ、中小企業においてもこうした権利=強力な武器の取得を目指すべきことを推奨しました。本稿では、それ以外の権利にも焦点を当ててみたいと思います。
ここで、比較のため知財四権の有用性を改めて認識してみましょう。
知財四権が強力な武器たる所以は、交通事故に代表される一般不法行為と比較すれば一目瞭然です。
一般不法行為の法理に基づき差止めによる救済を受けられるのは、公害や環境破壊、名誉棄損、プライバシー侵害、肖像権侵害或いはパブリシティーの利益侵害行為等の環境権や人格権を巡る分野であって、差止めによる救済の必要性が高くかつ有用な場合に限定されます。
更に、一般不法行為の場合、被害者が加害者に対し損害賠償を請求するには、加害者の故意又は過失及び損害額を立証しなければなりません。
知財四権は、その必要がありません。例えば、特許権侵害行為であれば、侵害者の故意又は過失の有無を問わず、侵害行為があれば差し止めることができます。
加えて、特許権侵害行為は過失が推定され(特許法第103条)、この推定を覆すのは事実上不可能なので、損害賠償責任を免れることはできませんし、損害額の推定規定まで設けられています(特許法第102条)。
このように強力な法定の権利は、およそ知財四権以外には見当たらないといえます(なお、実用新案及び秘密意匠には過失の推定規定はありません)。
しかしながら、知財四権を取得するには、特許庁による登録を必要とし、その過程で費用がかかります。
もちろん、費用を負担する価値があるからこそ、大企業は大量に知財四権を取得しているわけですが、中小企業は大変厳しい環境の中で生き残りを模索せざるを得ない状況に置かれていることも多く、せっかく知財四権に値するものを生み出しても、権利化を躊躇せざるを得ないことがあります。
それでは、知財四権無しには中小企業の成果は保護しようがないのでしょうか。
本稿では、小規模の木工業者A社がこれまでに無かった独特のデザインの木製イス(以下「本件イス」といいます)を製造、販売して好評を博していましたところ、これを見た別の木工業者B社がそっくりそのままの木製イス(以下「模倣イス」といいます)を製造、販売した事例を想定してみました。
2.意匠権
(1)意匠とは
意匠権は、「物品(物品の部分を含む)の形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合であって、視覚を通じて美感を起こさせるもの」(意匠法第2条第1項)を保護の対象として定めていて、まさにイスのような実用品(工業製品)のデザインを保護の対象としていることから、まずは意匠権による保護が頭に浮かぶでしょう。
意匠権は特許庁による登録を必要としますので、本稿の主題からは外れるように思われるかもしれませんが、模倣イスの販売が開始された時点では意匠登録は無かったという点において必ずしも外れていませんので、意匠権に言及する意味はあると考えます。
(2)新規性とは
意匠権を取得するには、基本的に意匠権の対象となる物品の形状等が販売等により公開される前に出願しなければなりません。これを新規性の要件といいます。
但し、新規性の例外規定として、自ら販売等で公開したとしても、公開日から1年間はなお意匠出願をすることが可能です(意匠法第4条第1項、第2項)。
従いまして、本件イスを販売する以前はA社に意匠権を取得するだけの資金的余裕がなかったとしても、その後本件イスの販売などを通じて資金的余裕ができていた場合、A社の最初の販売による公開から1年間が経過していなければ、本件イスの意匠出願をして意匠権を取得することができ、当該意匠権に基づき、B社に対し、模倣イスの販売の差止め、損害賠償請求をすることが考えられます。
(3)先使用権は適用されるか
本件では、B社は、A社の出願前に模倣イスの製造、販売を開始していることになります。
この点、A社の出願を知らずにB社が製造、販売をしていた場合等には、いわゆる先使用権があるものとしてA社の意匠権の侵害とならないことがあり得ます。
しかしながら、本件は、B社がA社のイスを見て販売した場合であり、意匠法第29条(先使用による通常実施権)は、「意匠登録出願に係る意匠を知らないで自らその意匠若しくはこれに類似する意匠の創作をし、又は意匠登録出願に係る意匠を知らないでその意匠若しくはこれに類似する意匠の創作をした者から知得して、意匠登録出願の際(……)現に日本国内においてその意匠又はこれに類似する意匠の実施である事業をしている者又はその事業の準備をしている者は、その実施又は準備をしている意匠及び事業の目的の範囲内において、その意匠登録出願に係る意匠権について通常実施権を有する」と定めていますので、この場合にB社に先使用権による保護が与えられることはありません。
3.著作権
(1)美術の著作物
著作権法は、著作物を「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいう」(著作権法第2条第1項)と定め、同条第2項は、「この法律にいう『美術の著作物』には、美術工芸品を含むものとする」と定めています。
一点物として創作された絵画、版画、彫刻のような純粋美術が美術工芸品即ち美術の著作物として著作権法による保護の対象となることに異論はありません。
著作権が意匠権と決定的に異なるところは、意匠権は特許庁による審査を経て登録を認められることを要するのに対し、著作権は著作物が創作された時点で成立し、特許庁による登録を要さず、権利を取得するのに必要な費用負担もない点です。
この点で、著作権は、知財四権を取得する余裕のない中小企業の強力な武器になり得るのです。
例えば、プログラムの著作権などは相応の利益をもたらす可能性があります。以下では、本件イスのような実用品にも著作権を認め得るか否かについて検討したいと思います。
(2)応用美術
①応用美術とは
実用品は量産されるものであり、一点物の純粋美術とは当然異なりますが、その中には、意匠権の要件である「視覚を通じて美感を起こさせる」形状や模様を備えていると認め得るものがあります。こうした実用品は応用美術と呼ばれ、本件イスもこのようなカテゴリーに該当します。応用美術に著作物性を認め得るか否かは著作権法上の難題の一つで、見解が分かれるところです。
②通説的見解
そもそも実用品は意匠登録による保護を想定されており、著作権による保護は想定されていません。
但し、裁判例においては、実用品であっても、純粋美術と同様の美的創作性があれば著作物として認められると判示する例が比較的多く見られ、これが通説的見解です。
この見解に従えば、本件イスが純粋美術と同様の美的創作性を備えていれば著作物として保護されるわけですが、余程の創意工夫がなければ、そのようなイスと認めることは困難でしょう。
③反対説
しかしながら、誰かが何気なく撮った写真や小学生の作文にも著作物性を認め得るのに、何故実用品にだけそうした高度の創作性が求められるのか、その根拠は必ずしも著作権法の条文から読み解くことはできないという反対説があります。
実際に、近時、「応用美術につき、他の表現物と同様に、表現に作成者の何らかの個性が発揮されていれば、創作性があるものとして著作物性を認め」るべきであるとして、子供用椅子「TRIPP TRAPP」に著作物性を認めた判決(「TRIPP TRAPP事件」/知的財産高等裁判所平成27年4月14日判決)が表れ、大いに注目されました。
④結論
以上からすると、通説的見解によれは、模倣イスが本件イスの著作権を侵害しているという主張は困難であるといえるでしょう。
反対説によれば、作成者の何らかの個性が発揮されていれば良いわけですから、本件イスは著作物と認められ、著作権侵害を主張することができそうですが、反対説は未だ判例の積み重ねがなく、これに依拠できるとはいい難い段階です。従いまして、結論としては、著作権侵害については否定的に解せざるを得ないということになるでしょう。
4.不正競争防止法(不競法)に基づく権利
(1)不競法第2条第1項第3号
それでは、意匠権を取得しておらず、著作権侵害を主張できないとすると、模倣イスに対して打つ手はないのでしょうか。
この点、不競法第2条第1項第3号は、「他人の商品の形態(当該商品の機能を確保するために不可欠な形態を除く。)を模倣した商品を譲渡し、貸し渡し、譲渡若しくは貸渡しのために展示し、輸出し、又は輸入する行為」を不正競争行為と定めています。「商品の形態」とは、「需要者が通常の用法に従った使用に際して知覚によって認識することができる商品の外部及び内部の形状並びにその形状に結合した模様、色彩、光沢及び質感」(同条第4項)をいい、「模倣する」とは、「他人の商品の形態に依拠して、これと実質的に同一の形態の商品を作り出すこと」(同条第5項)をいいます。
法律の条文そのものはなかなか分かり難いものですが、端的にいえば、何らかの形態的特徴を有する商品を開発、販売したとして、当該商品と実質的に同一の形態の商品を販売したりすることは不正競争行為になるということです。
意匠権は設定登録日から20年の存続期間がありますが、全部が全部それ程ライフサイクルの長い商品ではありませんし、意匠権取得のためのコストの問題もありますから、敢えて意匠権の取得を選択しない場合も多々あり、そのような場合に本条項を用いることができます。
B社は、本件イスを見て模倣イスの製造、販売を開始したものですから、本条項に定める形態模倣行為を行ったということができ、A社は、B社に対し、本条項に基づき、模倣イスの販売の差止め、損害賠償の請求ができます。
但し、本件イスが、「日本国内において最初に販売された日から起算して三年を経過した商品」に該当するに至っている場合は、もはや本条項は適用できません(同法第19条第1項第5号イ)。
(2)不競法第2条第1項第1号
それでは、本件イスの販売から3年経過した以降に模倣イスの販売が開始された場合にはもはや打つ手はないのでしょうか。
仮に、本件イスが好評を博し、模倣イスの販売が開始されるより前にその形態的特徴が広く知れ渡り、本件イスに接した一般需要者が、これはA社のイスであると認識し得る状況に至っている場合即ち形態周知の場合は、本件イスの形態的特徴はA社の商品等表示と評価できるので、B社による模倣イスの販売は、「他人の商品等表示(人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するものをいう。以下同じ。)として需要者の間に広く認識されているものと同一若しくは類似の商品等表示を使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供して、他人の商品又は営業と混同を生じさせる行為」として不正競争行為に該当します。
これも法律の条文そのものは分かり難いのですが、端的にいえば、ある者が特徴的な形態を持つ商品を開発、販売したとして、その形態が一般需要者の間に周知化し、当該形態を有する商品はその者の商品であると一般需要者が認識し得るに至った場合は、当該形態と同一又は類似する形態を備えた商品を販売したりすることは不正競争行為になるということです。
例えば、現時点ではヤクルトの容器は立体商標として登録されていますが(登録第5384525号)、立体商標として登録される前であれば、ヤクルトの容器の形態と同一又は類似する形態の商品を販売する行為は、本条項に基づき、不正競争行為として差止め及び損害賠償請求の対象となったことでしょう。
このように、形態周知による不正競争行為が成立するには、①特定の商品の形態が独自の特徴を有すること及び②その形態が特定の者の商品であることを示す表示であると一般需要者の間で広く認識されるようになったことが必要です。
そして、②の立証のためには、本件イスの販売数量、A社が費やした宣伝広告費、本件イスが露出した種々の広告媒体、本件イスの出所に関する消費者向けアンケートの結果等を裁判所に提示することになります。ただ、このような立証は時に膨大な数の文書、資料の収集、提出を要し、必ずしも容易なことではありません。
5.まとめ
A社がかかる立証に成功した場合は、A社は、B社に対して、本条項に基づき、模倣イスの販売の差止め及び損害賠償を請求することができます。
新規な形態的特徴を備えた商品の保護要件 | |
意匠権 | ○ 但し、販売等で公開してから1年を経過した場合は× |
著作権 | × 但し、保護対象商品に高度の美的創作性を認め得るのであれば○ |
不競法第2条第1項第3号 | ○ 但し、保護対象商品が国内で販売されてから3年を経過した場合は× |
不競法第2条第1項第1号 | × 但し、模倣商品の販売開始より前に、保護対象商品の形態的特徴がある特定の者の商品であることを示す表示であると一般需要者の間で広く認識されるようになった事実を立証できれば○ |
形態的特徴を備えた実用品の保護は、本来的に意匠権による保護を前提としているので、意匠権を取得できれば、それが最も望ましいといえます。
諸般の事情により、意匠権の利用ができない場合は、著作権に基づく保護は困難を伴いますので、まずは不競法第2条第1項第3号による救済を検討し、販売から3年を経過している場合においては、自社の商品として一般需要者間に周知化しているか否か即ち不競法第2条第1項第1号による救済が可能か否かを検討することになります。
※この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています