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英文契約解説~紛争解決①裁判

2020年5月19日
英文契約解説~紛争解決①裁判

1.紛争解決-裁判

渉外契約では、準拠法と紛争解決についての条項が置かれることが一般的です。
この点、日本当事者同士の契約でも、「両当事者は、本契約に関連する紛争については、東京地方裁判所を第一審の専属管轄裁判所とすることに合意する。」などとの規定がしばしば見られるところです。

紛争解決条項は、大きく裁判と仲裁とに分かれますが、本稿では裁判について解説致します。

2.記載例

東京地方裁判所の専属管轄合意条項の一例を以下に示します。

The parties hereto agree to submit to the exclusive jurisdiction of the Tokyo District Court of Japan (or in any appellate
courts thereof) with respect to all disputes, controversies or differences which may arise between the parties hereto,
out of or in relation to or in connection with this Agreement.
(両当事者は、本契約に起因又は関連して両当事者間に生じ得るあらゆる紛争、論争又は見解の相違について、日本国の東京地方裁判所(又はそれらの上級裁判所)の専属管轄権に服することに合意する。)

米国ニューヨーク州の連邦裁判所又は州裁判所の専属管轄合意条項の一例を以下に示します。
上記の条項例の東京地方裁判所の個所をNY州の裁判所に置き換えるだけでも足りることは足りますが、ここでは、英文契約でしばしば見られる詳細な裁判管轄合意条項を記載してみました。

All actions arising out of or relating to this Agreement shall be heard and determined exclusively in any state or federal court
located in New York, New York (or in any appellate courts thereof) (the “Specified Courts”). Each party hereto hereby
(i) submits to the exclusive jurisdiction of any Specified Court for the purpose of any action arising out of or relating to
this Agreement brought by any party hereto and (ii) irrevocably waives, and agrees not to assert by way of motion,
defense or otherwise, in any such action, any claim that it is not subject personally to the jurisdiction of
the Specified Courts, that its property is exempt or immune from attachment or execution, that the action is brought
in an inconvenient forum, that the venue of the action is improper, or that this Agreement or the transactions
contemplated hereby may not be enforced in or by any Specified Court.
(本契約に起因又は関連するあらゆる訴訟は、ニューヨーク州、ニューヨーク市に所在する何れかの州裁判所又は連邦裁判所(又はそれらの上級裁判所)(以下「指定裁判所」という)で審理判断される。本契約の各当事者は、(i)本契約当事者により提起された本契約に起因又は関連する訴訟の目的のために指定裁判所の専属管轄権に服するとともに、(ii)当該訴訟において、申立て、抗弁の手段によるかその他の態様を問わず、自らが指定裁判所の人的管轄に服さない、その資産が差押え又は強制執行を免除されている、訴訟が不便な法廷地で提起された、訴訟の法廷地が不適当である、或いは本契約又は本契約によって企図される取引が指定裁判所において又は指定裁判所により強制され得ない旨の主張を撤回不能として放棄し、主張しないことに同意する。)

何故このような詳細な内容になるのでしょうか。
日本でも北海道や沖縄の人々が東京地方裁判所に出廷するのは骨の折れることでしょう。
ましてや、広大な米国では、裁判地をどこに定めるのかは日本とは比較にならない程大きな問題です。
そのため、一旦専属的合意管轄を定めたら、それが覆される余地のないように念には念を入れた規定ぶりになるというわけです。

3.訴状送達と強制執行の問題

訴状送達と強制執行の問題

(1)訴状送達

さて、上記のとおり、仮に東京地方裁判所又は米国NY州の裁判所を紛争解決機関として採用したとして、それが日本当事者と米国当事者間の契約中に定められたものとしましょう。
そうすると、前者では、米国当事者は、東京地方裁判所で日本当事者に対し訴訟提起することになりますが、これは容易である反面、日本当事者は、東京地方裁判所で米国当事者に対し訴訟提起しなければならず、後者では、その逆になります。

この点、日本当事者が東京地方裁判所で米国当事者に対し訴訟提起する又は米国当事者がNY州の裁判所で日本当事者に対し訴訟提起するに際しては、まず訴状送達の壁が立ちはだかります。
この訴状送達の問題については、別稿「英文契約解説~準拠法と非準拠法に関する知っておくと役立つお話」
をご参照ください。
加えて、米国の当事者が日本の当事者に訴状を送達するに当たり、外交ルートを経由せずに直接郵送することがあった問題については、「日本政府、ハーグ送達条約による郵送送達に拒否宣言-日本企業が注意する必要のある点」
をご参照ください。

訴状送達の問題を避けるために採り得る選択肢は二つあります。

一つは、non-exclusive(非専属的合意管轄)とすることです。
非専属的合意管轄にすれば、その他の裁判所に訴訟提起できる可能性があります。

もう一つは、被告地主義を採用することです。
被告地主義とは、日本当事者が米国当事者に対し訴訟提起する場合には米国の裁判所で、逆に米国当事者が日本当事者に対し訴訟提起する場合には日本の裁判所で行うという方法です。

最もシンプルな被告地主義の例文を以下に示します。

All disputes, controversies or differences which may arise between the parties hereto, out of or in relation to or in
connection with this Agreement shall be heard and determined by any court of competent jurisdiction in
the judicial district where the defendant is located.
(本契約に起因又は関連して両当事者間に生じ得るあらゆる紛争、論争又は見解の相違は、被告が所在する司法管轄区における有効な管轄権のある裁判所で審理判断される。)

この他、日本当事者が米国当事者に対し訴訟を提起する場合は米国NY州の裁判所で、米国当事者が訴訟を提起する場合は東京地方裁判所でなどとより具体的に特定して記載することもよく見られます。

これにより訴状送達の問題はとりあえず避けることができますが、なお準拠法との関係で問題は残ります。
この問題については、上記別稿「英文契約解説~準拠法と非準拠法に関する知っておくと役立つお話」
をご参照ください。

(2)強制執行

また、日本当事者が日本の裁判所で外国当事者相手に訴状を送達でき、その結果訴訟が開始し、首尾よく勝訴して確定判決を得たとしても、当該外国当事者の財産が存在する当該外国当事者の所在国において日本の裁判所の確定判決を強制執行できるのかという問題もあります。

この論点に対処するには、当該外国当事者の国の法令、判例、先例等をあらかじめ確認しておくことが必要になりますが、上記被告地主義を採用すれば、この問題を避けることができます。
被告となる外国当事者の国の裁判所において勝訴判決を得た場合、その国の裁判所は、その国にいる被告とその国にある被告の財産に対しては当該判決を強制執行してくれるはずだからです。

4.陪審裁判とする権利の放棄

米国の裁判所を紛争解決機関とした場合には、厄介な問題が二つあります。

一つは、ディスカバリー制度に基づく広範な証拠開示請求です。
これにより、日本当事者は、弁護士と依頼者間の秘匿特権(attorney-client privilege)等数少ない例外に該当しない限り、事件に関連するありとあらゆる情報の開示を要求されます。
ディスカバリー対応には膨大な時間、労力とコストがかかります。

もう一つは、陪審裁判の問題です。
陪審裁判については、米国人である陪審員の日本当事者に対する偏見の可能性もさることながら、これも多大な時間、労力とコストを要するという問題があります。
場合によっては、原告側も被告側も、陪審員役はもちろんのこと、裁判官役、証人役、相手方弁護士役、速記者(コートリポーター)役等全ての参加者を手配して本番さながらの模擬裁判をしたりすることもあるのです。
しかし、幸いなことに、陪審裁判とする権利の放棄は契約当事者間で合意できますので、米国の裁判所を紛争解決機関とした場合には是非とも設けたい合意です。
以下に一例を示します。

Each of the parties hereto hereby irrevocably waives, to the fullest extent permitted by applicable law, any and all right
to trial by jury in any legal proceeding arising out of or relating to this Agreement or the transactions contemplated hereby.
(本契約当事者は、本契約により、本契約又は本契約に基づき企図される取引に起因又は関連する法的手続において、法により最大限許容される範囲で、陪審裁判とする権利を撤回不能として放棄する。)

5.まとめ

外国当事者との契約では、紛争解決手段の選択は極めて重大な問題です。
この点、実務に従事していて懸念するのは、日本当事者には未だにとりあえず日本法準拠法かつ日本での裁判にしておけと考えている法務担当者が少なからず存在するということです。

外国当事者との契約で日本の裁判所を紛争解決機関とするのであれば、そもそも外交ルートを利用して当該外国当事者に対する訴状送達ができるのか、日本の裁判所の確定勝訴判決を得ても当該外国当事者に対し強制執行できるのかにつき予め当該外国当事者の所在国の法令、先例、判例等を調査しなければなりません。
この点、日本と正式な国交がない国、例えば台湾の当事者との契約で日本の裁判所にしてしまうと、正式な国交がないために訴状を送達するのに必要な外交ルートが利用できず、お手上げ状態になってしまいます。

このような致命的なミスをしないように、外国当事者との契約交渉では、紛争解決手段に細心の注意を払い、必要に応じ渉外契約に精通した弁護士に相談することをお勧め致します。

※この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています

弁護士折田 忠仁
ベリーベスト法律事務所パートナー。1986年に早稲田大学法学部を卒業し、同年司法試験合格。1989年に最高裁判所司法研修所修了後、主に知財案件を扱う特許法律事務所に入所。1994年に米国ロースクールに留学し、LL.M.修了。1995年にNY州司法試験に合格し、同年NY州弁護士登録。帰国後、米国法律事務所との外国法共同事業事務所、大手渉外事務所を経て、2018年9月にベリーベスト法律事務所に参画。帰国以来、外国企業との商取引、内国企業による外国企業及び外国企業による内国企業の買収、外国企業と内国企業との合弁事業の組成・解消等に係る契約審査を中心に、国内一般民商事案件や内外紛争案件も加え、幅広い経験を積んでおります。
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