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M&Aにおけるリスクと法務DD
1.法務DDを実施する意味~法務DDを実施しないことにより発生するリスク~
(1)買収が無効となり、または撤回すべきレベルのリスク
一定のコストをかけてまで法務DDを実施する意味はどこにあるのか。
まずはこの点を、逆の視点で、法務DDを実施しないことにより発生するリスクとしてご説明します。
①株式の譲渡が無効
株式譲渡による企業買収を検討している場合、当然、真実の株主から譲渡を受ける必要があります。
注意すべきは、株主名簿に記載されている、すなわち現在対象会社が把握している株主が真実の株主であるとは限らないことです。
特に、近時は減少しておりますが、株券発行会社である場合には、株式譲渡に当たって株券の交付が必要であるところ、株券が発行されていないとか、発行されていても譲渡人が株券を交付していない等で、株式の譲受人と称する者が真実の株主であるとはいえない事例が頻発していました。
設立後現在に至るまでの株式の取得過程のどこかに瑕疵がある場合、当該瑕疵がある株式譲渡とそれ以後の譲渡が無効となり、その結果、株式の譲渡を受けたはずが当該譲渡により真正に株式の譲渡を受けることができないリスクが生じる場合があります。
真正に株式の譲渡を受けることができなければ、当該買収は不成功となり、それまでの交渉、労力、費用がすべて無駄になります。
そのため、最低限、買収の実施に当たっては、法務DDにより、可能な限り真実の株主が誰かを確認すべきです。
②許認可が承継できない
買収の対象会社が保有する許認可が、買収後の事業において必要である場合、当該許認可が買収後も利用可能かを確認する必要があります。
買収の方法(株式譲渡か、事業譲渡か、等)、許認可の種類によって、買収後も当該許認可が継続できるか、継続のためにいかなる手続きが必要かは千差万別です。
対象会社の許認可が事業継続のために必要なケースでは、法務DDの実施により、対象会社が保有する許認可の種類、買収スキームに照らしてそれらの許認可が継続可能かを確認することは必須といえます。
③重要な取引先との契約が打ち切られる
買収の対象会社の重要な取引先との契約において、買収により対象会社の支配権が変更した場合は契約が解除されたり(いわゆる、チェンジオブコントロール条項)、買収がなされた事実を取引先に通知したりする必要がある場合があります。
対象会社の思いもよらぬ契約にこれらの義務を定めた条項が存在するケースがあり、また、検討している買収方法が当該条項に該当するか否かについて法律解釈が必要となることも多く、それによって買収の再考を余儀なくされることもあります。
対象会社の取引先との関係継続を前提に買収を行う場合には、法務DDの実施により、これらの確認を行っておく必要があります。
(2)買収価格を下げるリスク要因
法務リスクが発見された場合、そのリスクの大小にもよりますが、買収価格に影響を与える可能性があります。
たとえば、買収の対象会社が保有する知的財産権に価値を見出して買収を行うケースで、法務DDを実施した結果、当該知的財産権が第三者からの無効主張により無効となるリスクが発見されることがあります。
この場合、無効となるリスクが高ければ、そもそも買収を中止するべきでしょうし、リスクが低い場合も、リスクに見合った買収価格の減額を求めることができるでしょう。
他の実務上見られる例としては、買収の対象会社の従業員に多額の未払残業代が存在することが判明する場合があります。
たとえば、従業員が30人の会社を買収するケースで、従業員1名ごとに100万円の未払残業代が存在する場合、買収により対象会社を取得した後、各従業員から残業代が請求されれば、最大で合計100万円×30人=3000万円の支払いを余儀なくされることになりますから、これは当然、買収価格の大きな減額要因となります。
このように多額の未払残業代が存在するケースでは、従業員の勤務意欲にも悪影響が出ていることが多いでしょうから、統合後の退職リスクも大きく、統合により発生するシナジーの予想にも大きく影響し、法務DDを実施した結果として買収を中止すべきこともあり得ます。
これ以外にも、買収価格を下げる要因となる事項は無数に存在しています。
売り手としては、減額要因を積極的には明らかにしないケースが多いため、これら減額要因は、買収交渉の過程では一見して発見できず、法務DDを実施することではじめて発見し得るのです。
詳細は後述の2.に譲りますが、隠された減額要因に気づかずに買収を実行してしまい多額の損失を被ることがないように、法務DDは重要な役割を担います。
(3)表明保証ではカバーしきれない
買収実行後にリスクが顕在化した場合に備えて、一般的に、買収にかかる契約において、表明保証条項を設けます。
しかし、たとえば株式の譲渡による買収実行のケースでは、「対象会社の〇月〇日付け株式名簿に記載されている株主は、全て対象会社の正当な株主である」等の表明保証条項を設けていようと、真実の株主でなければ株式の譲渡を受けることができないことに変わりはなく、損害賠償でどこまで損失を補うことができるかも相手の資力等に左右され、不透明な現実があります。
表明保証条項を設ければ当然にリスクをカバーできるわけではありません。
2.法務DDにより明らかになる代表的なリスク
以下、法務DDにより明らかになる代表的なリスク、買収価格の減額要因をご紹介します。
これ以外にも、対象会社の事業種別、事業内容、規模などによって様々なリスクがありますので、御留意下さい。
(1)株式
リスクの大小 | 買収可否 | 買収価格への影響 | 対応 | |
①設立後現在に至るまでの株式の移転過程に瑕疵があるリスク | 大
買収が不可能となり、損害賠償を巡り紛争化する可能性
|
×
瑕疵の程度により、買収自体不可能となる可能性 |
瑕疵の程度により、減額要因 | 瑕疵の程度により、移転過程の瑕疵がある部分について当事者の追認を得るなど可能な限りの事後的手当て
|
②株券発行会社である場合に、譲渡に伴い発行、交付がなされていないリスク | 大
買収が不可能となり、損害賠償を巡り紛争化する可能性 |
×
治癒ができないと、不可能となる可能性 |
事後的にでも対応ができるか否かにより、減額要因 | 事後的にでも株券を発行、交付するなど可能な限りの事後的手当て |
(2)組織
リスクの大小 | 買収可否 | 買収価格への影響 | 対応 | |
①役員の選任、解任過程に瑕疵があるリスク | 中~大
対象会社の株主総会決議、取締役会決議の無効、役員からの損害賠償請求を招くなどの可能性あり |
△
株主総会決議、取締役会決議が無効であり、その瑕疵の治癒もできない場合には、買収自体不可能となる可能性
|
瑕疵の程度により、減額要因 | 瑕疵の事後的治癒が可能である場合は実行 |
(3)取引関係
リスクの大小 | 買収可否 | 買収価格への影響 | 対応 | |
①重要な取引先との契約について、買収に伴いその継続に制約が生じるリスク | 中~大
重要な契約が解約や遂行不能に陥る可能性、そうなったときの対象会社の価値の減少 |
○
買収自体は可能 |
大きな減額要因 | 当該契約の取引先から買収に伴う承継について同意を得ることをクロージング条件とする、或いは買収価格の減額
|
②重要な契約について会社法または定款上必要な手続きを経ていないリスク | 中~大
重要な契約が無効で承継できないリスク、そうなったときの対象会社の価値減少 |
○
買収自体は可能 |
大きな減額要因 | 必要な手続きの事後的治癒が可能かどうか検討 |
(4)資産、負債
リスクの大小 | 買収可否 | 買収価格への影響 | 対応 | |
①対象会社の事業で使用している賃貸不動産の契約について、買収に伴いその継続に制約が生じるリスク | 中~大
賃貸不動産を使用できないリスク たとえば賃貸不動産に工場が設置されている場合、当該不動産の賃貸借契約が解約されると、工場経営が不可能となる可能性がある |
○
買収自体は可能 |
大きな減額要因 | 必要な手続きの事後的治癒が可能かどうか検討 |
(5)労務
リスクの大小 | 買収可否 | 買収価格への影響 | 対応 | |
①残業代が発生しているリスク | 小~大
残業代の発生、不発生及びその多寡は、労働法に関する一定の専門的知識を要するため、DDを行わなければ判明しないことが多く、買収者が残業代の支払い義務を負うリスクがある |
○
買収自体は可能 |
発生している場合はそれに応じて買収価格を減額する必要 | 必要な範囲の残業代の支払い、労働時間管理体制の構築等 |
②解雇された元従業員の解雇理由が不当であるリスク | 小~大
解雇無効に基づく労働者としての地位確認請求や金員請求がなされるリスク |
○
買収自体は可能 |
リスクに応じた減額 | 過去に実施済みの解雇については抜本的な対応は困難だが、解雇に至る経緯の詳細な事情確認によるリスク判断と、復職を受け入れざるを得なくなった場合の対応策検討 |
(6)知的財産
リスクの大小 | 買収可否 | 買収価格への影響 | 対応 | |
①対象会社の名称や事業名、事業内容が他人の権利を侵害しているリスク | 小~大
侵害の内容により事業の継続困難となる場合もある |
△
買収自体は一般に可能だが、侵害の内容によっては買収を撤回する必要が生じる可能性
|
侵害の可能性、程度に応じて買収価格の減額 | 侵害状態の解消(当該事業名等の変更等)と変更に伴う影響の事前検討 |
(7)許認可
リスクの大小 | 買収可否 | 買収価格への影響 | 対応 | |
①買収後必要な許認可の承継ができないリスク | 大
許認可の内容、買収スキームにより、承継できるケースとできないケースがある |
△
買収自体無意味となる可能性、影響度に応じた買収価格の減額 |
許認可の重要性及び承継不可の可能性、程度に応じて買収価格の減額 | 買収前に許認可の内容、承継方法を精査、買収後に承継に必要な手続きを履行 |
(8)紛争
リスクの大小 | 買収可否 | 買収価格への影響 | 対応 | |
①潜在的な紛争が存在するリスク | 小~大
紛争の内容により、賠償義務を負うなどのリスク |
○
買収自体は可能 |
当該紛争が顕在化した場合の影響度に応じた買収価格の減額 | クロージング条件の調整 |
②顕在的な紛争が買収後の会社経営に重大な悪影響を与えるリスク | 大
紛争の内容により重大なリスクとなる可能性 |
○
買収自体は可能、ただし買収を撤回するべきケースもある |
リスクに応じた買収価格の減額 | 紛争の法律論からの見立ては弁護士でなければ困難。法務DD実施弁護士が評価した上で、買収の停止を含む検討 |
3.法務DDに要するコストと実施範囲
これまでご説明したとおり、買収の実施に当たっては、買収の可否そのものに影響する大きな法務リスクが複数存在しますので、法務DDは必ず実施すべきです。
特に、法務DDを実施しないで買収を実行した結果、買収対象会社のリスクを見落としたために買収実施会社が損害を被った場合には、買収実施会社の取締役は善管注意義務違反を問われる場合があることに留意すべきです。
しかし、法務DDの実施にはコストがかかり、コストを懸念して実施されないケースが実務上しばしばみられるようです。
確かに、法務DDのコストは、買収規模によって異なるものの、一般に、少なくとも数百万円単位となることが多いと言われています。
しかし、対象会社の事業内容等、買収実施前に判明している情報を元に、法務DDの実施範囲を、リスクが生じている可能性が高い事項に限定することが可能です。
ベリーベスト法律事務所では、M&A専門チームに所属する弁護士の豊富な経験をもとに、案件ごとに、法務DDにおいて重点的に確認すべき事項の見立てや実施すべき範囲を無料でご案内しています。
調査対象を最大限絞って短期間で法務DDを実施したケースでは、最低額で弁護士報酬10万円とした例もあります。
法務DDは、結果として実施しない場合も、実施すべきか否かを弁護士からの助言によって決定すべきです。
買収をご検討の際は、お気軽にお問い合わせください。
※この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています